先日、久しぶりに箸墓古墳や山辺の道付近など桜井市を巡って来た。
雨上がりということでもあったか、「水脈(みを)し絶えずは」の泊瀬(はつせ)川や「川音(かはと)高しも」の穴師川は水量タップリ。「雲立ち渡る」弓月が嶽、「雲だにも情(こころ)あらなも隠さふべしや」の三輪山。ほのかに流れ来る梅の香に、見やれば白梅、紅梅が今を盛りと咲き匂っている。遠くを望めば、香具山、畝傍山、耳成山の大和三山のたたずまい。
(箸墓古墳)
(箸墓古墳は第七代孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫の墓とされているが、卑弥呼の墓とも云われ、邪馬台国畿内説の象徴的な存在となっている、初期巨大前方後円墳である。)
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日本書紀巻5崇神天皇十年九月の条
(岩波文庫「日本書紀(一)」より)
是の後に、倭迹迹日百襲姫命、大物主神の妻と為る。然れども其の神常に昼は見えずして、夜のみ来す。倭迹迹姫命、夫に語りて曰く、「君常に昼は見えたまはねば、分明に其の尊顔を視ることを得ず。願はくは暫留りたまへ。明旦に、仰ぎて美麗しき威儀を覲たてまつらむと欲ふ」といふ。大神対へて曰はく、「言理灼然なり。吾明旦に汝が櫛笥に入りて居らむ。願はくは吾が形にな驚きましそ」とのたまふ。爰に倭迹跡姫命、心の裏に密に異ぶ。明くるを待ちて櫛笥を見れば、遂に美麗しき小蛇有り。其の長さ太さ衣紐の如し。則ち驚きて叫啼ぶ。時に大神恥ぢて、忽に人の形と化りたまふ。其の妻に謂りて曰はく、「汝、忍びずして吾に羞せつ。吾還りて汝に羞せむ」とのたまふ。仍りて大虚を践みて、御諸山に登ります。爰に倭迹迹姫命仰ぎ見て、悔いて急居。則ち箸に陰を撞きて薨りましぬ。乃ち大市に葬りまつる。故、時人、其の墓を号けて、箸墓と謂ふ。是の墓は、日は人作り、夜は神作る。
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山辺の道は、高校生の頃、犬養孝先生の著書「万葉の旅」上巻を手に、最初に訪れた万葉故地でもある。その後も何度となく、一人で、或いは友人や家族や色んな人と歩いたり、自転車で走ったりしていて、色んな思い出がそこかしこにある地であるが、この処しばらく何故かご無沙汰していた。山辺の道は歩くのには適しているが、自転車だと、石畳や狭い野道や段差などがあって 走りにくい、というのが、この処の銀輪散歩中心の偐家持が寄り付かなかった理由かも知れない。まあ、万葉の道は本来歩くべきものにて、自転車で走ろうというのはやはり邪道なのであろうか。
読書会の友人たちと山辺の道をレンタル自転車で走ったのはもう10余年前のことになるだろうか。その頃は智麻呂氏もお元気で自力で自転車に乗ることもお出来になっていたので、全員で楽しいサイクリングをしたものだった。登りの坂道では自転車の智麻呂氏を後から押して走り上がり、はあーはあー息を切らし、汗だくになったことなんかも懐かしく思い出される。
この地、巻向(纏向)は大和朝廷の発祥の地でもあるが、偐家持の万葉歌との出会いの原点の地でもある。そう言えば、この地を流れる泊瀬(初瀬)川は、大和川の上流、源流であるのだ。もっとも、今は泊瀬川とは呼ばないのか、川にかかる橋には大和川と表示されている。そして、初瀬と言えば、「こもよ みこもち このをかに なつますこ いへきかな なのらさね・・」のあの万葉集巻頭の雄略天皇の歌の舞台でもあるのだ。
山辺の道は桜井市朝倉の泊瀬川畔、三輪山麓から、山裾を縫うようにして天理市経由、奈良市に到る古代の道である。前述の箸墓古墳を始め、第10代崇神天皇陵古墳、第12代景行天皇陵古墳などの巨大古墳がある。今回は時間の関係もあり、南コースの一部を回っただけであるが、何とかぼけずに写っている写真で、その風景の一部を紹介してみましょう。
(白梅、蝋梅)
白梅の 枝垂(しだ)れ咲きぬる 巻向の
風のやさしみ 春べなるらし (偐家持)
(穴師川と梅)
世間(よのなか)の 女(をみな)にしあらば わが渡る
痛背(あなせ)の河を 渡りかねめや
(紀女郎 万葉集巻4-643)
痛足河(あなしがは) 河波立ちぬ 巻目(まきもく)の
斎槻(ゆつき)が嶽に 雲ゐ立てるらし (万葉集巻7-1087)
巻向(まきむく)の 痛足(あなし)の川ゆ 往(ゆ)く水の
絶ゆること無く また反(かへ)り見む (万葉集巻7-1100)
(穴師川、棟方志功筆万葉歌碑)
ぬばたまの 夜さり来れば 巻向(まきむく)の
川音(かはと)高しも 嵐かも疾(と)き (万葉集巻7-1101)
あしひきの 山川の瀬の 響(な)るなべに
弓月(ゆつき)が嶽に 雲立ち渡る (万葉集巻7-1088)
(車谷の梅)
車谷 見むとし来れば 君に恋ひ 咲きか散るらむ 白梅の花 (偐家持)
(三輪山)
三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情(こころ)あらなも 隠さふべしや
(額田王 万葉集巻1-18)
(平等寺)
(玉列神社)
(阿弥陀堂)
(阿弥陀堂前のケヤキ)
(仏教伝来の碑)
(初瀬川<泊瀬川>)
三諸の 神の帯ばせる 泊瀬河 水脈(みを)し絶えずは 吾(われ)忘れめや
(大神大夫 万葉集巻9-1770)
泊瀬川 速(はや)み早瀬を むすび上げて 飽かずや妹と 問ひし君はも
(万葉集巻11-2706)
泊瀬川 白ゆふ花に 落ちたぎつ 瀬を清(さや)けみと 見に来し吾を
(万葉集巻7-1107)