映画と出会う・世界が変わる

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映画監督

2011年08月28日
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カテゴリ:映画監督

ジョン・フランケンハイマー監督は、60年代には「新しいアメリカ映画」
をリードする監督のひとりであったことは明らか。
1970年にキネマ旬報社から出た「世界の映画作家シリーズ」の第2巻は
「ジョン・フランケンハイマー、スタンリー・キューブリック、アーサ
ー・ペン」なのである。当時、どれほど注目されていたかよく判る。
そのフランケンハイマーが次第に失速するのは、大傑作「ブラック・サ
ンデー」の前後の時期である。
実は、アメリカン・ニューシネマが登場して、その斬新さがうすれてき
てはいたようだ。
フランケンハイマーが何故、失速したのかは、ファンにとって極めて興
味深いテーマである。

彼のフィルモグラフィーを見ると、「ブラック・サンデー」が最後の話
題作である。これ以降、「RONIN」で復活したと言われるまで、映
画界で話題の監督ではない。
日本でも、もし、「ブラック・サンデー」があの時点で上映中止になら
なければ、映画興行の状況やフランケンハイマーへの注目度は、大きく
変わっていたのではなかろうか?

あらゆる角度から、彼の失速について考えてみたい。

 







最終更新日  2011年08月28日 08時06分14秒
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2011年08月24日
テーマ:ニュース(77505)
カテゴリ:映画監督

島田紳助が芸能界引退だそうで。
この人には監督作品として「風、スローダウン」という映画が
あり、これは青春映画としてなかなかの傑作だった。
島田紳助の芸能界引退であるが、原因が原因だけに、この映画
まで埋没してしまわないようにと思ったのである。

 







最終更新日  2011年08月24日 09時09分08秒
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2011年07月25日
カテゴリ:映画監督

73年から75年にかけては原田芳雄が頭角を現してきた時期で
ある。具体的には次の作品で確かにその通りである。

赤い鳥逃げた?(1973年)
竜馬暗殺(1974年)
田園に死す(1974年)
祭りの準備(1975年)

この時期は「仁義なき戦い」シリーズが圧倒した時期でもある。
「仁義なき戦い」が1973年で、完結編が1974年である。
1975年は「仁義の墓場」と「県警対組織暴力」であり、まさに
深作欣二が日本映画を制圧した時期。
そんな時期に原田芳雄が「仁義なき戦い」シリーズにキャステ
ィングされなかったことが奇異に感じられる。もし、彼がキャ
スティングされていたら、どの人物を演じたのであろうか?
「仁義なき戦い」シリーズだけでなく、原田芳雄と深作欣二は
意外なほどに縁がない。出演作としては「柳生一族の陰謀」と
「いつかギラギラする日」があるが、小さい役である。
これは一体、どういうことなのか?
原田芳雄と深作欣二という、最も相応しいコンビになりそうな
二人が、ほとんど顔を合わせていないことは実に不思議なこと
である。
これは単に、たまたまの出来事なのか?
それとも・・・?

 







最終更新日  2011年07月25日 00時01分53秒
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2011年07月22日
テーマ:ニュース(77505)
カテゴリ:映画監督
7月14日に貞永方久という映画監督が亡くなったことに
どれくらいの人が注目したであろうか。
松竹の監督で、「球形の荒野」、「黒の斜面」、「流れ
の譜」などがあるが、実はそれほど目立った存在ではな
い。
貞方監督のデビュー作は、山根成之との共同監督による
「復讐の歌が聞こえる」。これは原田芳雄の映画デビュ
ー作でもある。
それから数日後に、その原田芳雄が亡くなった。
まるでフランソワ・トリュフォーの後を追うように亡く
なったオスカー・ウェルナーのようだ。
この二人は「華氏451」撮影中に不仲となったが、
貞永方久と原田芳雄はどうであったのだろうか?






最終更新日  2011年07月22日 00時02分34秒
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2011年02月08日
カテゴリ:映画監督
監督の深川栄洋は1976年生まれである。
推定するに、この「白夜行」の主人公たちとほぼ同年代である。
つまりこの物語の進行と共に育った世代である。
それだけに、深川監督にとっては感情移入しやすい題材であった
のかも知れないが、それが色調など映像表現の上での工夫になって
いるようだ。
この監督の作品は初めてであるが、若手ながら職人の腕を持ってい
るようだ。
前作「60歳のラブレター」は、あまりにもくさい題材で見る気が起
きなかったが、もしかしたら、見逃したことが後悔される作品で
あったか。
「洋菓子店コアンドル」は是非、見ておこう。






最終更新日  2011年02月08日 09時02分40秒
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2011年01月18日
カテゴリ:映画監督
昨日の日記にデビッド・リーンのテーマとして「異文化との遭遇・衝突」
があると書いたが、このテーマを描いた作品としては「地獄の黙示録」が
ある。
この作品の基となったのはコンラッドの「闇の奥」である。
リーンはコンラッドという作家、そしてその作品にも強い関心を寄せて
いたという。実際にコンラッドの「ノストロモ」を企画中に亡くなって
いる。
リーンがもし「地獄の黙示録」を撮ったとしたら、「ノストロモ」を完
成させていたら、どのような作品になったのであろうか。
リーン版「地獄の黙示録」は、コッポラ作品とはまた違った衝撃作になっ
たのではなかろうか。






最終更新日  2011年01月18日 08時34分07秒
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2010年12月18日
テーマ:ニュース(77505)
カテゴリ:映画監督
ブレイク・エドワーズ監督が亡くなられた。
作品としては「ティファニーで朝食を」、「ピンク・パンサー・
シリーズ」、あるいは「酒とバラの日々」が代表作としてあげら
れるが、私は「地上最大の脱出作戦」、「パーティー」、「夕陽
の挽歌」、「夕映え」といったそのジャンルから少しずれた内容
の作品に好きである。中でも、「地上最大の脱出作戦」はその勇
ましいタイトルとは正反対のずっこけた戦争映画である。これが
後の「マッシュ」や「素晴らしき戦争」といった戦争ブラックユ
ーモア映画を生み出すきっかけのひとつになったのではないかと
思う。オリジナルタイトルが「パパ、戦争で何してたの?」と
いうのが意味深である。
ブレイク・エドワーズの作品には、ある種の「狂気」が感じられ
る。そうした狂気がピーター・セラーズの資質と非常によくマッチ
したのではなかろうか。
それにしてもヤフートピックスの「ヘップバーン主演作の監督死去」
という表記はちとひどいのではないか!






最終更新日  2010年12月18日 10時57分33秒
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2010年03月12日
カテゴリ:映画監督
北野武がフランスの芸術文化勲章の最高賞コマンドール賞
を受賞したことは最近のうれしいニュースであろう。
北野作品はフランスでは非常に評価が高いので、これは当然
かと思っていたら、コメディアンとしての活躍も受賞理由に
あげられている。
このことはフランスと日本の物事に対する考え方の違いが、
あって面白いし、刺激的である。
日本ではコメディアンが映画監督にまで手を出してという趣
旨の批判めいたことが、フランスでは全く違うのではなかろ
うか。
彼の作品及び彼の活動についてのフランスでの評論特集が日
本で翻訳・出版されたら、これは面白いのではなかろうか。
北野の自伝「KITANO PAR KITANO(キタノによるキタノ)」が
フランスで発売されるという。フランス人ジャーナリストとの
共著という点に注目したい。
是非、翻訳・出版を!






最終更新日  2010年03月14日 15時40分03秒
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2010年02月17日
テーマ:ニュース(77505)
カテゴリ:映画監督

映画監督の井上梅次さんが亡くなられた。
新東宝をふり出しに邦画全社で作品を手がけ、日本映画が
不振になった60年代末からは香港映画界へ渡った。
彼の功績としては石原裕次郎の売り出しと日活アクション
映画の基礎を築いたことであり、アクション映画の職人監
督として香港映画隆盛の基礎を築いた。
考えてみれば、彼の存在は非常に大きいのであり、もっと
評価されてもいいのではないか。

日本映画の黄金時代を担った一人であり、同時に世界に通
用する映画術を持った人物は黒澤、小津だけではなく、こ
のようなプログラム・ピクチャーの職人もまた忘れてはい
けないのではないか。

 







最終更新日  2010年02月17日 11時59分48秒
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2010年01月13日
テーマ:ニュース(77505)
カテゴリ:映画監督
悲しい日であった。
朝、ヤフーのニュースでエリック・ロメールに死去を
知った。
正直なところ、信じられなかった。89歳という年齢で
あれば、大往生と言っても不思議ではないのであるが、
私にはロメールは不死身とでもいう存在であった。
作品は常に機知に富んだ内容で、若々しく、しなやかで
あった。年齢を感じさせず、いい意味で円熟味、枯淡の
境地というものを感じさせない作品であった。
最後の作品「我が至上の愛 アストレとセラドン」も、
これが80代の作家の作品かと思わせるものであった。
常に次の作品が期待される内容であった。
この作品も引退作という表明であったが、長編作品とし
ての引退作であり、また短編作品は撮り続けるようであ
り、私は今後の作品を期待していた。
ロメールは常に若いヌーヴェルヴァーグの代名詞であった。
心よりご冥福をお祈りする。






最終更新日  2010年01月13日 00時17分40秒
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