カテゴリ:科学実験教室
教育は芸術だ、という言葉は、すんなり来る人が多いと思います。 (ま、トンチンカンな人もいますが。)
でも、教育は科学だって言葉は、寅さんは聞いたことがありません。
憤慨したり、嘆いているんではなくて、 それだけ、教育の幅と奥行きは深く、 科学というものの枠には収まらないものなんだと思います。
でも、ですよ。 私は、教育界には教育を科学するエネルギーが不足しているように 思えてなりません。
もちろん、教育というのは、生き方そのものと関連しています。 それを支えるのは、世界観です。 ですから、もう宇宙そのもの、 いわば、この世とあの世を貫くものを相手にしています。
こういうものは、ちょっとやそっとの科学的研究では、 捉えることができないのは、当然すぎるほど当然です。 大昔の未開人が、宇宙に思いをはせる状態を思い浮かべてください。
どんな未開人でも、神話や空想を素材にして、 宇宙観をもっていました。 それを土台に、毎日を生きていました。 だって、今日を生きていかなければならないんですから。 そこで、いろいろ考えたのが、哲学です。
そんな哲学の中で、みみっちいことを考えるものだと バカにされながら、育ってきたのが科学です。 その壮大な宇宙の探求には、遠く及ばなくても、 身近な小さな事物や出来事を、丹念に観察し、仮説を立て、 実験し、検証してきたのです。 そして、今の文明があります。
私たちの教育観も似たようなものです。 たしかに、教育学というものはあります。 今、目の前の子どもは、待ったなしなんですから。 不完全でも哲学をもって対処しなければなりません。
でも、これは、科学と言えるでしょうか? まだまだ百科事典のようなものじゃないかな? と思ってしまいます。
少なくとも、教育現場に、科学的に検証をする雰囲気は、 不足していると思います。(無いとは言いません。) 教育は、人生観やイデオロギー、社会・経済の影響をうけるゆえに、 測定不能、自己完結してしまうワナがいっぱいです。
でも、だからこそ、だからこそ、科学的な検証が重要なのです。 議論の土台が必要です。 そして、何を土台にするかも、議論が必要です。
私は、子どもの主観的な感想こそが、土台ではないかと思います。 でなければ、大人の価値観に基づき、判断しちゃうことになるからです。 (これは議論が分かれるところでしょうね。)
寅さん自身の反省を込めて、 教育の科学にちょっとでも貢献する、ちっちゃな研究を していこうと思います。
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