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私のような無名の作曲家を信頼してくださいます貴女。
私と同じような境遇にある貴女。 お互いに、万難を排して、目的の貫徹を期して進んでいきましょう。 芸術家は、時代の先端を行かなければなりません。 私はアルノルト・シェーンベルクのような未来派の音楽を作っていきます。 貴女は、ただ歌うのではなく、語るように歌う歌い手になってください。 日本で語るように歌える方は、私が知る限り、ソプラノの萩野綾子氏ひとりだけです。 歌い方の根本を定め、語る歌い方をご自分のものにしてくださいますように、切望します。 私は貴女が想像されたような、完成した人間ではありません。 田舎者ですし、語学、音楽のこと、すべて独学でやってきました。 何より大切なのは熱です。 貴女も熱で、音楽に向かってください。 今、貴女からのお手紙が机の上にあります。 なんだかかすかに、かすかに、歌声が聞こえます。貴女の声のような。 白い、白い、花が咲いたよ からたちも 秋は実るよ 『からたちの花』です。私は夢を見ているのでしょうか。貴女は遠い遠い東京におられるのに。 貴女という本当に良い友を得たことを心からうれしく思います。 貴女に私の曲をいつか歌っていただきたいのです。 異性だから、交際してはいけないことはないと私は思います。 二人は清く、公明に、お互いを励まして、芸術の道を歩んでいきましょう。 追伸 貴女の声域を教えてください。 古関勇治 ※※※ アルノルト・シェーンベルクは、新しい音楽の表現形式を模索し続けているオーストリアの作曲家。無調音楽という世界を生み出したものの、ウィーンの一般聴衆に受け入れられなかったが、近年になって、十二音音楽を生み出したという。 従来の音楽では、たとえばハ長調なら主和音はドミソと決まっているが、無調音楽は、その規則に縛られない。また十二音音楽とはドレミファソラシの七音の間にある半音五音も含めて音階とする音楽だという。 シェーンベルクのことはよく知らなかったので、金子は声楽の大竹先生に手紙を書き、尋ねます。速達で、速達用の切手をはりつけた返信用の封筒まで同封されていたことに驚いたのか、大竹先生はすぐに返信してくれます。 それだけでも、どんな音楽なのか、ちょっと想像がつかない金子でしたが、音楽界を驚かせるような新しい音楽を作りたいという勇治の情熱に、金子の胸は躍ります。 萩野綾子が歌う『からたちの花』を金子も聴いたことがあります。声が美しいだけでなく、活舌が素晴らしく、歌詞が胸にすーっと入り込んでくる。歌を聴きながら、一面に咲く白い花や長く鋭い緑のとげが見えるような気がします。 福岡の名家に生まれた萩野は、東京音楽学校声楽科に入学。卒業後は山田耕筰の抜擢を受け、フランス歌曲を学んだ。シャンゼリゼ劇場で西洋歌曲とともに日本の古謡を歌い、パリの人々からも歌唱力が評価されたソプラノ歌手だった。 『からたちの花』は、山田耕筰が萩野綾子に捧げたといわれる曲でした。 ふたりは愛し合っていたといわれます。そして金子にとっては、生前、父がいい声だとほめてくれた思い出の歌です。 金子に自分の曲を歌ってほしいという勇治。自分たちも、山田耕筰と萩野綾子のようであると思ってくれているのだろうか。 金子はすぐに返事を書きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.05.19 22:23:41
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