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カテゴリ:福岡

 昨日はなかなかよい天気であった。ちょうど仕事も一段落つき、次の締め切りまでは、十分に余裕があるので、運動がてらちょいと離れた愛宕神社まで足を伸ばしてみた。

 愛宕神社というのは日本中あちこちにあるが、その大元は京都の愛宕神社なのだそうだ。なんでも火の神様を祀っているので、「火の用心」 に役立つのだそうだ。火の神というのは、古事記によれば、イザナギさんとイザナミさんの間にできた最後の神様で、イザナミさんはこの神様を産んだために火傷を負って死んじゃったということになっている。

 で、この火の神様は、「イザナミが死んだのはおまえのせいだー」 と怒り狂った実の親父のイザナギにいきなり首を切り落とされ、そっからまたいろんな神様が生まれ、さらにはイザナミ恋しや、とイザナギが黄泉の国に降っていくという、ギリシアのオルフェウス神話とそっくりの話につながっていく。

 そういうわけで、福岡の愛宕神社には火産霊神と伊耶那美尊、それともとは別の神社で祀られていた伊耶那岐尊と天忍穂耳尊が、明治末期の合祀によって1つにまとめられて祀られている。南方熊楠は全国で進められた合祀に強硬に反対したが、ここの場合は、イザナギさんとイザナミさんがまた一緒になれたのだから、一応はよいことなのかもしれない。

 福岡の愛宕神社は室見川河口付近の小高い丘の上にある。もとは、元の襲来に備えて北条時宗が建てた鷲尾城という小さな砦があったそうで、急な石段をえっちらおっちら登っていかなければならない。戦前までは、上まで登る小さなケーブルカーがあったそうだが、今はその跡も残っていない。

 うかつにも、登ってみて初めて気づいたのだが、ちょうど七五三の時期で、お宮さんの稼ぎ時にあたっていたのだった。わが家でも、子供が小さいときにいちおう七五三はやったのだが、それはたまたま、近所の別の神社にどんぐり拾いに出かけたら千歳飴が売られていて、娘が 「あれ買ってぇー」 と言い出し、買おうとしたところ 「お祓い受けないと売ってあげないよー」 と言われたので、やむなく神妙な顔で本殿に並んで神主さんからお祓いを受けたという、ずいぶん出鱈目な話なのであった。

 境内には、あちこちに 「日本三大愛宕」 という看板が出ているのだが、これを言っているのはここだけで、あまり根拠はないらしい。実際、丘のてっぺんにあるのは祠に毛が生えた程度の小さな本殿で、「日本三大愛宕」 というのにはちと無理がある。

 ただし、そこからの眺めは絶景である。右手からは海ノ中道が志賀島まで、入江を抱きかかえるようにずいずいと伸び、正面には陽水の歌にもある能古島が、左手には糸島半島の海に迫った山並みが、曙と小錦、武蔵丸が三人並んで寝そべっているかのように並んでいて、博多湾が一望の下に見渡せるのである。

 ちょうど湾内には白い客船や黒い貨物船が、ユーミンの歌詞のように何艘かぷかぷかと浮かんでいたが、元寇のさいには、この海いっぱいに元と高麗の軍船がひしめくように並んでいたのかと思うと、感慨ひとしきりである。

 帰りはひざをがくがくさせ、転げ落ちないように気をつけながら石段を下った。喉が渇いたので、目に付いた自動販売機で冷たいコーヒーを買おうとお金を入れてボタンを押したら、がらがらっと缶が転がり出てきて、「今日も一日頑張ってください」 と声をかけられてしまった。不意をつかれてしまったもので、不覚にも思わず 「はい、頑張ります」 と返事をして頭を下げてしまったのであった。

 ああ、それから、X X 党の名前を変えたらどうだとか、X X 党と X X 党が手を組んだらどうだとか、その手の床屋政談に付き合うつもりはないので、そこんとこよろしく。






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Last updated  2007.11.11 01:06:53
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