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ペルー

2009年07月15日
XML
カテゴリ:ペルー
 
さて、ようやくペルー最後の日。
私たちは、ちょっとしたトラブルがあって、
予定より早くクスコを出発して、リマへと向かいました。

というのは、私がペルーに入った後、出入国カードをなくしてしまったのです ほえー
通常は、このカードは、入国の際に、パスポートにホッチキスでとめられるのですが
ペルーでは、パスポートの間にはさむだけなので、
なくしてしまう人が多いのだそう。
(ペルーへ行かれる方、ご注意くださいね)

あちこちのホテルで「それがないとペルーを出国できないよ」とおどされ
ペルーの日本領事館に電話したら、リマの移民局に行く必要があるとのこと。
ということで、夕方リマに行く予定を早めて、朝一番にリマに行ったのでした。

結局、リマの空港で、ペルーを出国する際に
イミグレーションで、5ドルの罰金を払えばいいということがわかり
移民局に行く必要はなかったので、よかったのですけどね。

でも、そのおかげで、予定にはなかったリマで1日観光することができました。

こちらは、リマの旧市街。

CSC_0955 のコピー.JPG




ミラフローレンスという海のすぐそばの街でランチを食べます。
昨日まで、標高3700メートルのクスコにいたのに
海沿いの街、リマはまるで違う雰囲気。

街の人たちも、普通のアメリカで見るような感じで
ポンチョや民族衣装を着ている人が多いクスコと
同じ国だとはとても思えません。

ランチを食べた後、海岸に沿って歩きます。
さすがは南米のモニュメント♪大胆。

DSC_0870 のコピー.JPG DSC_0873 のコピー.JPG



その上をハングライダーが飛んできました。
わ~♪こんな街の上でやれるのね~と思いつつ
そちらに向かって歩いていると、
広場にハングライダーをやっている人たちが集まっていました。

近づいてゆくと、一人の方が来て説明してくれて
一人1回50ドルで乗せてくれるといいます。
もちろん、操縦する人が、後ろにいるので
何もしなくていいし、安全だそう。

ということで、早速私たちもハングライダーに乗ってみることにしましたグッド



きゃ~♪飛んだ~~星
(これはおさむの方なんだけど)

CSC_0913 のコピー.JPG


操縦の人と一緒にたったた~~と走ったら、
あっという間に空に浮かんでいました。
けっこう、簡単に空に舞い上がるものなのですね。


ああ、気持ちいい~~~ 目がハート

空から撮った写真(飛びながらなので、なかなか上手くは撮れないのだけど)

DSC_0874 のコピー.JPG


DSC_0878 のコピー.JPG


まるで鳥になったみたい~~ ダブルハート



海岸線の街の上を飛ぶのですが、
ビルの1メートル横ぐらいをぎりぎりに飛んでいきます。

DSC_0892 のコピー.JPG


わ~~雫ぶつかる~という感じなのですが
操縦の方は、ぶつからずに、上手くコントロールしていくのですよね。


こちらは別のハングライダーに乗っているおさむ。

DSC_0886 のコピー.JPG



後で操縦士の方にお話を伺ったら
こんな海岸線と街の境の上を飛ぶことができるのは
世界広しといえども、ここリマぐらいなものなんだそう。
空を飛びながら、リマの街を見学することができるなんて
思いもしませんでしたが、本当によかったです~ ハート(手書き)


最後の日の夜は、この日までずっと控えていたお酒を飲むことにして
ピスコサワーを頂きました。
カルピスみたいでおいしい
食事も存分に頂きましたスマイル

もちろん肉体や精神の浄化も大事ですが、
日々の生活を楽しむことも大事ですものね 音符

こうして、私たちのペルーへの旅は終わりました。
(今日でこのペルー日記もやっと終わりだ~~OK

いろいろあったけど、ほんと全部楽しかった~~ ダブルハート

こんな素敵な体験ができたことに本当に感謝です ピンクハート


読んでくださった方々

ありがとうございます赤ハート

みなさまにも素敵なことがたくさん起こりますように きらきら


LOVE & LIGHT & PEACE

のりこ


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最終更新日  2009年07月15日 23時52分24秒
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2009年07月14日
カテゴリ:ペルー
 
まず

先日の続き、アワヤワスカのセレモニーの詳しい模様について
ここでアップするつもりだったのですが
先日、ミキシィの方にアップして、みなさんからのコメントを
読んでいるうちに、いろんな気づきがあり
アップするのをやめることにしましたほえー


ごめんなさい!ダッシュ


実名で書いているブログで、一般公開しているということや
内容が誤解を招きやすいものであること、
また、今回の経験だけでは、アヤワスカ体験の本当のところを
報告できないこと、などなどの理由です。


ここまで書いておいて、ずるい?


すみません雫


簡単に説明すると、今回のアヤワスカのセレモニーは
私たちにとって、けして素晴らしい体験だったとは言えませんでした。
サンペドロの時のような幸せな気持ちにはなれなかったし
ビジョンもメッセージも得ることはできず、
また、身体的には、かなり辛いこととなりました。

エハンさんが
「君たちはアヤワスカには呼ばれていないけど、
サンペドロには呼ばれていると感じる」
と、事前に私たちにメールしてくれていたのが、
まさにその通りになってしまいました。

でも、今回、ミキシィで頂いたコメントの中に
アヤワスカを体験されていた方が数人いらっしゃって
いろいろとアドバイスして頂きました。

アヤワスカのセレモニーは、セッティングがすべてであること。
完全に電磁波のない自然の中で、
森の精霊たちとともにやるようなものであり、
けして都会の部屋の中でやるようなものではないこと
(私たちがやったのは、クスコの街の中の一室でした)
アヤワスカに熟練し、優れたシャーマンが不可欠であること
結界を張り、場を完全に浄化する必要があること、

などなど、とても参考になりました。

浄化に関しては、断食や食事制限や瞑想を含め
かなり私たちはやっていたので、これで不十分だったとは思わないのですが
やはりシャーマンや場所を選ぶ段階で、違っていたという可能性はあります。


また他にもアヤワスカのホメオパシーを経験された方から
アヤワスカのエネルギーは、
そもそも私たちのエネルギーには合わないと感じたとも
コメント頂きました。

アヤワスカのエネルギーは、かなり強力なものなので
繊細なエネルギーを持つ人には合わない人も多いだろうとのこと。
(日本人はそういう人が多いのだそう)


でも、いろんな原因を考えているうちに、
今回の結果はすべて必然だったということに気づきました。

もしも、私たちがサンペドロの時のようにアヤワスカでも素敵な体験をしていたら、
きっとその体験を、何の疑問も持たずにミキシィにもプログにも書いたでしょうし
そうすれば、もしかすると
「サンペドロもアヤワスカも素敵な体験ができるものなのね~」
という誤解を、どなたかに与えてしまった可能性もあるかもしれません。

それはそれでいいのかもしれませんが、
やはりこういうシャーマンワークは、危険をともなうものであることは確かですし
心から魂の探求をのぞみ、何が起こっても自分でコントロールできる人のみが
行うべきもの。
どんな体験になるかは人それぞれだし、また状況によっても変わるので
予測はつきません。
運良く、今回素敵な体験になりましたが、サンペドロだって、
状況が違えば、全く違った経験になったことでしょう。


ヒーリングや癒しを伝えていくものとして
今回の私たちのアヤワスカの経験は、
そういう安易な結論を導き出さないためにも必要だったのでしょうね。
おかげで、いろんなことを学ぶことができました。
これはまさにアヤワスカから、または天から与えられた経験でした。

でも、やっぱり人生は冒険赤ハート

これからも、結果を怖れず、いろんなことに挑戦していきたい!と思いますグッド


さて、セレモニーの次の日の朝。

私は、目覚めた時には、かなり回復して、起きました。
シャワーを浴びると、すっきり。
この日、もう一度、アヤワスカをやらなければならないというなら
できそうな勢いまで元気になっていましたうっしっし
この回復力は、われながらすごいのかも。

一方、おさむは、朝、かなり具合が悪かったので
私がレイキをしたり、リンパ点を刺激したりして
彼にヒーリングしました。
やっぱりこういう時はレイキですね~ハート(手書き)(って、こんな状況は滅多にないけど雫

おさむが
「のりこがヒーラーでほんとよかった」
としみじみと言ってくれます。
おさむも、それからしばらく眠って、すっかり回復しました。

それから、昼間はのんびりサクサイワマンの近くに行ったり
街で買い物したりして過ごします。
これはサクサイワマンのそばの丘の上のキリストの像。
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リボンをつけたリャマ君。
DSC_0844 のコピー.JPG

この日の夜は、クスコ最後の夜だし、アヤワスカも終わったことだし
ちょっといいレストランに行こうと、
GREEN ORGANICというオーガニックペルビアン料理のレストランで食事をしました。

ここは、ペルーでのレストランの中で一番おいしかった。
こちらは、ベジタブルセビーチェとペルーの伝統的なポテトの料理。

DSC_0855 のコピー.JPG DSC_0856 のコピー.JPG


正直、今は再びアヤワスカをやろう、という気持ちにはなりませんが
もし、私達にとって必要なものならば
これからやる機会もあるのかもしれません。

後でポールにこの日のことをメールで知らせたら
「次回は僕がセットアップして、
一緒にちゃんとしたアヤワスカセレモニーを受けれるようにするよ」
と言ってくれました。

本当にそんな日が来るのかどうかはわかりませんが
それまで、大地にしっかり足をつけて、
日々、今、自分ができることを、精一杯やっていこうと思います~ハート(手書き)


さて、次はペルーの最終日、リマへ向かいます~飛行機










最終更新日  2009年07月15日 12時36分45秒
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2009年07月11日
カテゴリ:ペルー
 
今日はアヤワスカについてお話したいと思いま~す。

南米の聖なる植物と言われるアヤワスカ。

ペルーでは合法的に認められていて、
あちらこちらで、シャーマンのもとアヤワスカの儀式が行われています。

☆アヤワスカについて

アヤワスカは、シャーマニックな儀式で用いられる向精神薬草。
サチャ・ルーナ(植物界の精霊たち)と交信ができ、
植物と薬草の深い知識を持っているシャーマンは、
ベジタリスタ(Vegetaliata)と呼ばれている。
ベジタリスタは、植物を人間と交信できる自然界の精霊達の聖体と見なす。
アヤワスカは、崇拝・尊敬されている聖なるクスリ(メディスン)であり、
精神的、生理的にも万能薬と見なされている。
アヤワスカを飲むと、嘔吐や下痢など、非常に強い浄化作用が起こり
その浄化の後で、聖なるものとつながり、
様々なビジョンを見ることができる。


アヤワスカで見るビジョンは、蛇やさまざま動物や精霊たち、
または自分の未来や過去の映像など、いろいろだそう。
以前、アヤワスカは五次元へのアクセスの方法だと
エハンデラヴィさんの本に書かれてありました。

この幻覚作用はLSDの50~100倍だと言われていて
かなり強烈だそうで、何を体験しても、人に頼らず
自分でコントロールできる人しかやってはいけないと言われていました。
(念のため、私はいわゆるドラッグには興味がありませんウィンク

ちなみに、こちらは船井幸雄さんのアヤワスカについての記事。


実は、私は最初に本を読んだ時には、それほどアヤワスカをやりたいという気はなく
今回、絶対にアヤワスカをやると言い出したのは、おさむなのですが
私もせっかくペルーに行くのだったらやってみよう、
という気持ちになっていました。

このシャーマンに関しては、誰かの紹介ではなく
おさむがネットで検索して決めていました。

エハンデラヴィさんが
「アヤワスカのシャーマンを選ぶのは充分に気をつけた方がいい」
と私たちに忠告してくださった時には、もうすでに料金を支払った後。

全てをおさむに任せていた私も悪いのですが
どちらにしても、サイトだけでは善し悪しはわかりませんでした。

そして、ポールが最終的には、実際に会った感覚で決めることを勧めてくれて
クスコでのアヤワスカセレモニーの日より数日前、
マヌーへ行く前日に
私たちは一度、アヤワスカを執り行うシャーマンと面談をしました。


インタヴューのため彼らの家を訪れた時、
彼らはまだ家に帰っておらず
隣のおばさんが鍵を開けてくれて、裏庭に通してくれました。

この裏庭が、まあひどい状態ショック
荒れ放題でゴミもたくさんあるし、
裏庭から見る家もボロボロ。

ここに来て、すぐに私たちは
「こんな場所でやるなんて、ありえないよ。
彼らが戻ってきたら、断ろう」

と、ほぼ断る気持ちになっていました。

質素であるのはよくても、こんなゴミゴミした場所でやるのは
何となく違うと感じたからです。

しばらくして、シャーマンであるエリックとその奥さんが戻ってきました。

一目見て、彼らがとてもいい人であるのがわかりました。

エリックは、髪とひげを長くのばしていて、
いかにもシャーマンという風貌なのですが
奥さんの方は、まるでどこかの会社の秘書のような雰囲気。
まるで、この場所にはふさわしくない人のように感じます。

そして部屋の中に通されて、インタビューが始まりました。
部屋の中は、裏庭に比べるときれいで
シピボのタペストリーが飾ってありました。

彼らは、とてもまじめにアヤワスカに取り組んでいる様子で
大きなノートにメモを取りながら、
いろいろと、私たちの精神的修練の経歴や
生活習慣、ヒーリングなどについて聞いてきます。

アヤワスカのセレモニーの前は、最低でも2週間は
肉食や飲酒はできません。
肉食やお酒を飲んでいる人がアヤワスカをすると
肉体の浄化だけに終わってしまい、とても苦しむだけなのだそう。
また、チーズや味噌などの発酵食品、乳製品も卵もだめ、
厳密にいえば、塩、砂糖、油、なども控えます。


私たちは、もともと肉や乳製品は食べないし、
ペルーに来てからは、なるべく油っぽいものや甘いものも避け、
サラダやスープなどを中心に食事をしていましたから
その点では大丈夫のように思われました。

またアヤワスカにのぞむものは何か?など
私たちの考え方についても、いろんな質問をしては、
その答えをノートに書き留めていきます。


聖なる植物、アヤワスカにのぞむこと?

それは肉体と精神の浄化なのか
神との一体感なのか、
自分の知られざる内なる世界への旅なのか、
はたまた、五次元世界へのアクセスなのか

実は、私は、それほど深く考えてはおらず雫
答えながら、私はアヤワスカに本当に何を望んでいるのかしら?
と自問自答していました。
私たちが歩くべき道を、明確に指し示してほしいということかしら?
でも、もうそれも既に私の中ではわかっていることとも言えます。

彼らは、アヤワスカは浄化であると言っていましたが、
私は浄化に関しては、わざわざアヤワスカでやる必要もないように
感じていました。
肉体の浄化は、コロンクレンジングや断食でできるし、
精神の浄化は、これまでも様々なヒーリングやスウェットロッジなどをやってきたのですから。
もちろん、エハンさんが書いているような
これまで見たこともないような五次元世界へ行ってみたいという
気持ちはありました。


また、あなたにとって神とは何か?
などのかなり哲学的とも言える質問もありました。

いかようにも答えられるし
何と答えていいものか、彼らが何を望んで
こんな質問をするのかが、つかめないので困りました。
(実際、セレモニーを終えてみても
このインタヴューでの質問が、果たしてどんな意味があったのが
なぜ、言葉にして説明する必要があったのか、疑問です^^:)

私は特別な宗教は持っていないこと
でも、神は信じていること
それは、私にとっては神とも言えるし、宇宙とも言えるし
大いなる自然とも言えること。
すべてのものの中に神は宿っていると感じていること

そんなことを答えたように思います。

彼らは一つ一つにうなづきながら、
真剣な面持ちで、メモを取っていました。
インタビューを終えて、どうやら私たちは彼らの
「アヤワスカを受けられる資格」に達したようでした。

って、とっくに料金は支払っているのですけど 雫
インタヴューでアヤワスカができないと言われる人もいるのかしらね~。

これまで一度も瞑想したことがないとか、
しばらくの間でも肉を食べるのをやめれないとか、
セレモニーの間の静寂がだめだとかいう人は、困るとのこと。
そんな人がアヤワスカを受けたいと思うのかしら?と思いますが
中にはそういう人もいるんだそう。

私達は、はじめに彼らの家に行った時に
「これはもう断ろう」と思っていたにも関わらず
彼らの真剣な態度に、すっかり気持ちを変えてしまい
インタヴューを終えた頃には
むしろ「彼らが私たちを気にいってくれてよかったね~」
という気持ちになっていました ほえー
また当日は、たまたまクスコに来ているシピボのシャーマンが
一人参加するということも、とても魅力でした。

さて、アヤワスカの当日。

この日は、エリックの言う通り、
朝から果物を少し食べただけ。
ピサックから戻った私たちは、彼らの家のすぐ近くのホテルに
チェックインします。
このホテルが、路地をずっと登り詰めた高いところにあるので
行くのが、とても大変でした。
でも、この日のホテルがクスコで泊まった中では一番よかった♪

ペルー滞在中、ずっと、安いホテルばっかり泊まっていたので、
狭かったり、お湯が出なかったり、シャワーとトイレの段差がなかったり
ドアの立て付けが悪かったり、何か必ず問題がありでしたが、
このホテルは明るくて、きれいで広々していて、バスルームもいいし
インターネットも常に使えました。
CSC_0972 のコピー.JPG DSC_0768 のコピー.JPG
 


この日の夜までは、なるべくゆっくり過ごします。
のんびり街を歩いたり、カフェに入ったり。
この日は6月22日。
クスコは、年に最大のお祭りである、24日のインティライミに向けて
ここ1週間、お祭りが続いていました。
いつも街中でパレード。
DSC_0827 のコピー.JPG


CSC_0970 のコピー.JPG

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消防士さんたちのパレード?
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ということで、そのセレモニーの日に関しては、また~ ダッシュ






最終更新日  2009年07月12日 08時33分02秒
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2009年07月09日
カテゴリ:ペルー
 
朝、ピサックのホテル、PAZ Y LUZに電話して予約を取った後
クスコのホテルを出て、アルマス広場に向かいます。

と、「osamu~~!!」と声をかけてくる人が 耳

振り返ると、先日サクサイワマンを回ってくれた
タクシーの運転手のおじさんでした。
おさむは、オサマビンラディンと名前が似ているので、どこでもすぐに
名前を覚えられるのですウィンク

人が多くて小さな路地が入り組んでいる、このクスコの街で、
また偶然出会うとは ハート(手書き)
(そして、また別の日にもこのおじさんに声をかけられるのです)

再会を喜んで、おじさんのタクシーで、ピサック行きのバス停まで行ってもらい
それからバスで、ピサックへと向かいます。

1時間半ほどで、再びピサックへと到着。
まずは、ブランチを食べようと、
前回、目をつけておいた感じのよさそうなレストランに入ります。

なんとそのレストランの名前は「アヤワスカ」ダブルハート
ベジタリアンメニューも充実しています。
DSC_0691 のコピー.JPG


中に入るとシピボ族の手描きのタペストリーが 数多く飾られていました。
DSC_0687 のコピー.JPG

以前の日記に書きましたが、シピボ族は、アマゾンのジャングルの民。
シピボのシャーマンたちは、アヤワスカセレモニーで有名なのですが、
アヤワスカでのビジョンを手描きで描いたり、
手縫いの刺繍で作っています。

ポールのところで、見てから、ずっと欲しいなあと思っていたので
ここで購入することにしました。
すべて手作りということで、それほど安くはならないのですが、
納得いく値段で購入 グッド
後でクスコの店でも同じようなものを見つけたのですが、
クスコは倍近い値段でした。
おさむは、オーナーの女性の手描きのサンペドロT シャツを購入。


このレストランで新鮮なフルーツやジュース、
焼きたてのパンやサラダの朝食を頂いて、
私たちは、もう昨日までの過酷な旅の疲れがすっかり 取れていましたオーケー


それからピサックの日曜市に出かけます。
毎週日曜には、ピサックでは、週に最も大きなマーケットが開かれているのです。

マーケットはとても広くて、いろんなものが売られています。
たくさんの観光客や地元の人で賑わっていました。

DSC_0725 のコピー.JPG

CSC_0711 のコピー.JPG


こちらは果物売り場。
DSC_0713 のコピー.JPG

先日、ポールが食べさせてくれたグラナディンを見つけて買いました。
このおいしさやみつきになりそう~ ハート(手書き)

こちらは、後でホテルで食べたもの。
(他の2つ果物の名前は忘れてしまいました雫
DSC_0735 のコピー.JPG


普段は、あまり買い物が好きではない私とおさむなのですが
ここに来ると楽しくなって、いろんなものを買ってしまいます。
陶器のカップ&ソーサーやスープ皿、飾り物などを買いました。

こちらは、パチャママ&パチャパパの置物。

CSC_0769 のコピー.JPG

おさむの購入した笛やオカリナ。
中央の小鳥のオカリナは、水を入れると、
本当の鳥の鳴き声みたいなかわいい音が出ます。

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すっかり満足して、カフェで休憩しようと
以前、ポールと待ち合わせたカフェに行くと、
「OH!」と声をかけて来た人が。
見ると、ポールその人でした ダブルハート


やっぱり会えた~~スマイル


何となく、ピサックに来れば、
またポールに会えるような気がしていたのです。


でも、数日前に別れる時は、こんなに早く再会できるとは
思っていませんでしたけどね。


ピサック滞在中に5、6回行ったカフェ
「Ulrike Simic」
DSC_0755 のコピー.JPG

しばらくカフェで過ごしてから
ポールと別れ、ホテルへと向かいます。


ああ、なんという幸せ~~どきどきハート


この美しく、のどかで、安心していられる場所にいると
昨日の旅がまるでうそみたいに感じます。


それから、ロビーにおいてあった、ダイアンの書いた本
『CUSCO』を読みました。

ダイアンは、このホテルの経営者であり、アンデスのヒーラー。
ダイアンは、昔はニューヨークで、劇団のプロデュースをしていた人ですが
それから牧師となり、南アフリカで過ごした後、
導かれてペルーにやってきます。
そして、アンデスのヒーラーとなり、伝統的なアンデスのヒーリングや
ペルーの文化についての本、CUSCOを書きます。
この本を書いたことがきっかけで、このピサックの広大な土地を融資してもらい
ここにヒーリングセンター兼ホテルを設立するのです。

この本は、彼女の体験した、数々の不思議な出来事や
アンデスのヒーリングの他に
各章ごとに、読んだ人がすぐに実践できるワークが載っています。

途中まで読んでいて、
「Moving Beyond Your comfort zone」
(あなたの心地よい場所から、動くこと)
という章がありました。

それは、まさに、私たちの今回のペルーの旅。
ペルーへの旅は、これまでの心地よい旅とは、全く違った旅でした。
そして、この本は、母なる大地パチャママへの祈りと感謝が
込められていました。
私にとって、ここで出会った、この本は、何か特別な意味のある本であると
感じられました。



次の日の朝。

PAZ Y LUZの芝生の上で、この本に載っていた、
願望を叶えるワークやメディテーションを行い
すがすがしい朝の時間を過ごしました。


そうして、チェックアウトのため、荷物の整理をしていて、ふっと
「なんで、こんな素晴らしい本が日本語訳されていないのかしら?
日本語で読みたいなあ」
と思いました。

すると、私の中で「私ががこの本を訳せばいいんじゃない?」という声が
聞こえてきたのです雫

「何てバカなことを考えているのかしらね。
今まで、翻訳なんてしたことはないし、私の英語力は
おそまつなものなんだし。
出版社を知っているわけでもないんだし。
それに、私には他にやるべきことがたくさんあるのだし、
第一、ダイアンが何というかわからないじゃない」

そう私の中の常識的な声は言います。

でも、私の中のもう一人の私は

「英語はだめでも、日本語なら書けるでしょう?
これまで、どれだけ精神世界やスピリチュアルな本を読んできたと思っているの?
誰か英訳のプロの人に協力してもらえば、何とかなるわ。
私がやらなければ、この素晴らしい本は、日本では、
ほとんど知られないかもしれないのよ。
ここに来て、この本と出会ったのはそういうお導きなのよ」

そういうのです。

私は、とうとう、その内なる声を無視できなくなって、
この日の朝、直接ダイアンに話をしてみることにしました。

実は、ダイアンとは、前回ピサックを訪れた時に、すでに会っていました。
1度目は、ダイアンが他の人の部屋と間違って、
私たちの部屋に入ってきたのです。
その時、私とおさむとにしっかりハグしてくれて
すぐに去っていきました。

2度目は、昨日、ポールとカフェで話していた時、
ダイアンとポールは顔なじみなので、ダイアンがポールに声をかけたのです。
その時は、隣にいた私たちには気づかなかったようでした。


グレイにダイアンに会いたいと話して、ダイニングルームで
会うことになりました。
朝食を食べてから、ダイアンを待っていると、朝のヨガを終えて、
すがすがしい顔のダイアンがやってきました。
そうして、また、しっかりとハグしてくれました。
ダイアンと固くハグしている間、
私は、この選択が間違っていなかったことを感じました。


それから、私たちのことを説明し、
この本を日本語に訳して日本で出版したいと思っていることを話しました。

にこやかに聞いていたダイアンは、
「わかったわ。
まず、あなた方は、この本を訳して日本で出版するための私の許可を得ました。
それから、著作権に関してだけど、私は本の売れ行きによってお金をもらうのではなく、最初にいくらかのお金を頂けば、それでいいわ。
その件に関しては、また話しましょう」

そう心よく承諾してくれたのですスマイル


その日の朝、私が翻訳を思い立ってから、あっという間の出来事でした。

それから、このピサックへ日本人の数人のツアーを組んで
このPAZ Y LUSでワークショップを開いてはどうか?
とも言ってくれました。
実は、私たちは、最初にピサックに来た時に
そういうことができたらいいね~などと話していたのです。
ダイアンのセレモニーやヒーリングを受けながら
マチュピチュや聖なる谷をまわって、様々な経験を旅をするスピリチュアルツアー。
そんなツアーを企画できたら素晴らしいでしょう。


こうして、私たちはダイアンとKeep in touchすることを約束して
ピサックを発ちました。

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もし、私たちが、最初の予定通りプーノに行っていたら、
または、変更したマヌーの旅がよくて、そのまま4日間マヌーで過ごしていたら、
この日のダイアンとのことはなかったのだなあと思うと
やはり、すべてのことは、必然なのだなあと思えるのです。

だから、一見運が悪いようなことも、感謝なのですね~ 音符



ピサックで出会った女の子。
DSC_0107 のコピー.JPG

私たちに「写真を撮って~」とポーズを取っては
「見せて、見せて~」とやってきて
写真を見ると、きゃっきゃっと喜んでいました。
普通は、子どもたちは、写真を撮ってもらってチップを
もらうように親にしつけられていたりするのだけど
この子は、ただ写真を撮ってもらうことを楽しんでいました ピンクハート



さて、クスコに戻った私たちを待っていたのは
私たちのcomfort zoneを遥かに越えた場所でした泣き笑い

ああ、次を書くのは、正直ちょっと気が重いのよ~~。
(じゃあ、書かなきゃいいんだけどねうっしっし








最終更新日  2009年07月10日 04時32分03秒
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2009年07月08日
カテゴリ:ペルー
 
いよいよ今日は、マヌー国立公園の中へ入ります。
マヌーへは、今回のように車と船で行く方法と、
クスコなどからセスナで行く方法があります。

私たちは、朝ロッジを出発して、しばらく車で走った後、
マヌーヘの玄関口となる船着き場へとやってきました。

DSC_0488 のコピー.JPG

ここから、すべての荷物をボートに積み替えます。

DSC_0502 のコピー.JPG

ずっとひどいガタガタ道でのドライブだったので
ボートに乗り換えた途端、生き返った気持ちになりました。
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イギリスから来た5人の若者のうち(なんと、みんな10代後半だそう!)
2人と、フリオの3人は、
ボートから、川に飛び込んで泳いでいました。


3時間ほどたって、島に到着。
そこから、しばらく歩いて、ロッジへ行きます。
DSC_0542 のコピー.JPG


ロッジは、正直、ひどいものでした。
窓もなくベッドだけがある狭い部屋で
バスシャワーは共同でしたが、それがとても汚い。
これに比べると、2年前に行ったコスタリカのジャングルツアーでの
ロッジはとてもよかったんだなあ、ということがわかりました。

コスタリカのジャングルでは、一人旅だったので、一人用のロッジでしたが、
ここの2倍の広さがあって、きれいだったし
普通のバスシャワーも部屋についていて
(お湯は出なかったけど暑かったので、水シャワーでもオッケーでした)
窓があって、何より海が見えるバルコニーもついていました。
それでも、あの時は、ワイルドだなあ、なんて思っていたのですが
ここに比べると、まるで天国~ 目がハート

ツアーの料金は、コスタリカのツアーの方が高かったのですけど
コスタリカよりもペルーの方がずっと物価は安いことを考えると
これはちょっとひどいのかも。

ここのシャワーを浴びるくらいなら
その辺りの川に飛び込んで身体を洗った方がずっとましなのだけど
あいにく、マヌーのジャングルは、それほど暑くなく
夜になると、けっこう涼しいのです。
蚊もほとんどいませんでした。

これは中央のキッチン&ダイニング。
こうやって写真で見ると、何だか楽園~って感じなのですけどね~ ウィンク

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昼食を食べた後、いよいよジャングルツアーに出発です。
再びボートに乗って、別の島へ上陸します。


そこからしばらく歩くと、沼地がありました。
空が水に映えて、きれい。
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ここで、いかだに乗るのですが、ちょうど別の人たちが乗っていて
空いていなかったため、ここで1時間ほど待つことになります。

近くにいた蝶々たち。
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やっと、いかだに乗って、沼地をゆっくり進みます。
水辺の鳥たち。

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このいかだに乗って、沼地を行くのが
このツアーの中で一番ジャングルらしかったし、ちょっとわくわくしました ハート(手書き)
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岸の反対側についた頃には、もう日が沈みかけていました。

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フリオが、懐中電灯を忘れたから、反対側の岸に一人で戻るといって
私たちを残し、行ってしまうのですが、全然戻ってきません。
おさむが、双眼鏡で向こう岸を見ると、
フリオは、岸辺にボーっと座っていました。
は~ほえーペルーではのんびりというのはわかっているのですけどね。
1時間近く待たされて、すっかり暗くなってフリオが戻ってきた後
夜のジャングルツアーに出発することになりました。

この時点で、私たちは、この日、
まだ1匹の動物も見ることができていませんでした。
最初に旅行代理店が写真を見せてくれたような動物たちは
全くいません。
ペルーの旅行代理店は、客を集めると、フリオがいるような
小さな会社に、低料金で、すべての旅の実行を任せるのです。
なので、旅行代理店が話していた内容とは、全く違うツアーなのでした。


フリオは、やさしくて、とてもいい子だったので、にくめないのですが、
彼が、これから何時にどこに行って、と説明したことは
何一つ、その通りになりませんでしたし、無駄なことも多すぎました。
(ブーツが必要だと言われたので、私たちはみんな膝までの長靴を
レンタルしてはいていたのですが、そんな場所は全く通らず。
長時間、長靴で歩いたので、足が疲れてきました)


6時半頃には、いったんロッジに戻るという予定が
9時近くになっても、私たちは夜のジャングルを彷徨っていました。

動物は全くおらず、蚊や虫だけがいます。

私たちは、この夜のジャングルツアーは、
全く楽しめなかったのですが
イギリスからきた5人の若者は、楽しそうでした。
ここが10代との違いなのかなあ 涙ぽろり
都会の子どもたちですし
ただ、仲間とみんなで夜のジャングルにいるというだけで楽しいのでしょうね。


と、この夜のジャングルの徘徊で、一番の収穫は、この不思議な虫。
マンティという5~10mmぐらいの小さな虫なのですが
バレリーナみたいなふわふわの羽の衣装を着ているのです。
フリオ曰く、これはとても見つけるのが難しい、珍しい虫なんだそう 赤ハート

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夜遅く、ロッジに戻ってから、遅い夕食を食べました。

さすがに、みんな疲れていたのでしょう。
フリオが「これから、キャンプファイアーに行く?」
と尋ねると、みんな一斉に「NO!!」と答えていました。
そして「明日の早朝に野生のマカウを見にいく?」
と聞いても、みんなNOでした。
(結局、私とおさむは、早朝に起きて、見にいくのですが、、、
われながら、この根性すごいのかもうっしっし


イギリスから来た5人は2泊3日のツアーだったので
次の日はフリオも一緒にクスコに戻ってしまうとのことで
3泊4日の私たち二人は、別のガイドに引き渡されることになっていました。
(それも、後から知ったことだったのですが)

次のガイドに、また、1日振り回されるのも嫌だなあと思いはじめたので、
私たちも、もう2泊3日でマヌーを引き上げて
彼らと一緒にクスコに戻ることに決めました。

さすがのおさむもここでシャワーを浴びる気はしないというし
このロッジに、もう1泊するのは、二人とも気が重くなっていました。
それと、3泊4日でクスコに戻った次の日には、
アヤワスカのセレモニーが待っていたので、
アヤワスカの前の日に、ゆっくり過ごしたいという気持ちもありました。
こんな調子だと、クスコに帰り着くのは、夜9時頃になるでしょう。
シャーマンたちからも、アヤワスカの前は、
ゆっくり過ごすことを言われていました。

もし、私一人でこのツアーに参加していたら
まあ、せっかく参加したんだからいいか~と
たぶん、4日間最後までいたのでしょう。
でも、おさむはもう絶対に、次の日クスコに戻ると決めていたし
私も、ぜひ、ここに残りたいという気持ちはなかったので
おさむの意見に従うことにしました。
(その通りにして、本当によかったのですけどね)

私たちが、1日早く、引き上げることをフリオに話すと
フリオは「それは困る、そんなことをすれば、
旅行代理店から、俺たちにお金が払われなくなる」
と、心配するのですが、
私たちは、これはもうお金の問題ではないので、返金も要求しない、
旅行代理店には、一切何も言わないから、
ということで了解してもらいました。

次の日の朝5時半、私たち二人と、フリオ、そしてイギリスの男の子のうち
一人が参加して、4人で、ボートに乗り、別の島にマカウを見にいきます。
でも、残念ながら、鳥たちは、かなり精巧な望遠鏡を使えば見えるほどの
遠い距離にいたので、普通の双眼鏡ぐらいでは、ほとんど見えませんでした涙ぽろり


それから、私たちはクスコへと向けて出発しました。

ボートに乗り、昨日の船着き場でまた車に乗り換えて
再び、ガタガタのオフロードを揺られながら走ります。
2日かけて着いたところから、帰りは1日で戻るのですから
ほとんど休憩もなく、車は走り続け、それはもう来た時以上に
ハードな旅でした 泣き笑い
この運転手、こんな道を12時間以上、運転し続けるなんて、
本当にすごい~


9時頃、クスコに着く頃には、
さすがに、イギリスからの若者たちも、みんな言葉もなく
ぐったり。

私たちもボロボロの身体を引きずるようにして
旅行代理店に預けていた荷物をピックアップし、
今夜のホテルを探します。
幸い、2つ目に当たったホテルが空いていました。
そのホテルで、暖かいシャワーを浴びた時には、
本当に天国に来たかのように感じました。


3泊4日の予定が2泊3日になったので
私たちは、空いた1日を、再び、癒しの土地
ピサックで過ごすことにしたのでしたダブルハート


月星月星


ふ~、今、思い出してもとてもハードな3日間でした~~ ほえー

でも、このツアー以上にハードな日が、その先、私たちを待っていたのです~ ショック


お楽しみに~~(って楽しめない?ウィンク








最終更新日  2009年07月09日 06時16分04秒
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2009年07月07日
カテゴリ:ペルー
 
この日から、3泊4日でマヌー国立公園へのジャングルツアーに
参加しました。

実はマヌーへは今回行くつもりはなく、チチカカ湖へ行く予定で
ホテルも既に予約していたのですが、
ペルーに着いてから、私たちの気が変わり、
今回は急きょチチカカ湖を取りやめて、マヌーへ行くことにしたのです。

理由の一つは、そもそも今回のペルー行きは、
アマゾンの森を守るサイトで航空券が当たったから実現したのですが、
そのサイトから、私たちに旅の写真を送ってほしいと言われたこと。
できればアマゾンや森の写真を送った方がいいよね~と、
ペルーに着いた後に思いはじめたのです。

また初日だけだったけど、クスコで高山病になったことや
(チチカカ湖はクスコよりもさらに700メートル標高が高い)
クスコがとても寒かったので(夜はマイナスになるぐらい)
それよりさらに寒いというチチカカ湖に、だんだん行く気がなくなってきて、
暖かいところに行きたい~♪とペルーに着いてから、思いはじめたのでしたうっしっし

マヌー国立公園は、アマゾンの低地から
標高4000メートルのアンデス山脈を含むペルー最大の国立公園。
世界遺産にも登録されています。
旅行会社の話では、数多くの珍しい動植物が見れるとのことでした。


ということで、急きょ、ペルー人の旅行代理店で
3泊4日のツアーに参加を決めました。

まあ、その変更が、運のつき?
いえ、考えようによっては、変更したことが
とてもラッキーなことだったのです。
(考えようによっては、というところがミソなのですがウィンク

これは、想像以上に大変なツアーでした。
体力的にも精神的にも。
もしかすると、かなりひどいツアーだと言えるのかもしれません雫

正直言って、誰にもお勧めできないツアーなのですがほえー
多かれ少なかれ、マヌー国立公園への安いツアーだったら
たぶん、みんなどこも同じようなものだろうな~と思います。


さて、初日の朝、6時に出発。
ツアーの参加者は、私たち2人の他には、
イギリスからきたという若者5人組。
それにツアーガイドのフリオと、運転手、そしてお抱えの料理人の
総勢10人でミニバンに乗って出発です。

クスコを出て1時間ほど走った後から
ガタガタのオフロードを走ります。
それから、約11時間、ひさすらガタガタの道を走り続けるのです。
バスは、ボロボロで、私達の座っていた横には穴が空いていたので
そこから容赦なく、すごいホコリが入ってきます。

まずは、最初の小さな村で休憩。

ケチャの人々。
この布を使って、物や子どもを抱える姿は
クスコでもよく見られます。

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それから、再び、ガタガタとひたすら狭い山道走ります。


途中で寄った、ボタニカルガーデン。
ここは、ガーデンというより、自然の森をそのまま生かして
一人のおじさんが小さな蘭や、熱帯雨林の植物を育てているところでした。

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このガーデンが、思いのほかよかった ハート(手書き)
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巨大なあり。
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それから、コカを栽培している小さな畑に行きました。
これはコカの葉。

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こちらは、食べたら数時間で死にいたるという
カウティート(牛のおっぱいという意味)の実。
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飼われていたマカウ(南アメリカ産の鳥。オウムの一種)
おさむの肩や手の上でおとなしくしています。
これはアメリカなどへは、1匹数千ドルで売れるのだそう。
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赤い染料として使うアチョーテという植物。
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これで、フリオに、ペイントしてもらいます。
これは、おもしろい植物で、色をぬってしばらく経って
さらに赤くなると、メスなんだそう。
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ペルー人のガイド、フリオは、いろんな植物や
虫について、説明してくれます。
彼は英語もほとんど問題なく話せるので、
その点では安心していられました。

この日は、ほとんどずっと車での移動だったのですが
少しだけ車を降りて、山道を歩きます。

これはオルペンドラという鳥の巣。
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こちらはルースターピックという赤い実の植物。
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途中で、野生のモンキーのグループと出会いました
実は、この旅の中で、鳥以外では、唯一見ることができた動物。
高い木々の中にいたので、なかなか上手く撮れなかったのですが。

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夜6時を過ぎて、辺りがすっかり暗くなった頃、
ようやく、この日の宿であるロッジに到着です。
長時間ひどいガタガタの道を揺られながらの移動で、
着いた時は、かなりくたくたでした。
ロッジには電気はありませんので、ロウソクの光だけで
着替えをしたり、トイレに行ったりします。
まさにキャンプなのですが、これはこれで楽しい♪

このツアーには、料理のためのガスボンベから食材から
全部、車に積んであります。
コックとしてついてきているおじさんの作るスープは
毎回、とてもおいしかったです~グッド
(他は油ぽい料理がほとんどだったのですが)

それにしても、朝6時に出発してから、夕方6時半にロッジに着くまで
私はただの1度もトイレに行けなかったのでした涙ぽろり
男性たちは、途中でそのあたりでやっていましたが
1本の山道で、隠れるところさえないので
女性はできなかったのでした。
(トイレ休憩なんていうのはなかったので^^)
こんなにトイレをがまんしたのは、初めてかも~。



こうして、初日は無事に終了です~スマイル








最終更新日  2009年07月08日 16時11分58秒
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2009年07月06日
カテゴリ:ペルー
 
クスコに戻った私たちは、ホテルにチェックインした後、
サクサイワマンの遺跡に出かけます。
タクシーを拾って、サクサイワマンまで5ソルで行ってもらうように
交渉しました。

ところが、そのタクシーの運転手は、
街の中心からちょっと離れたところに車をとめると、
私たちに交渉を始めます。
サクサイワマン、月の神殿、タンボマチャイなどをいくつか回るから、
40ソルにしてくれと言います。
まだ、前日のサンペドロが身体に残っていて、疲れていたおさむは、
「もういいから、サクサイワマンだけ行って」と面倒くさそうに言いますが、
その運転手は、なかなか引き下がりません。

私は、なぜかもう変な運転手には当たらないという直感があったので、
「いいじゃない?この人のいう通りに、いくつかの遺跡を回ってもらおうよ。
サクサイワマンからの帰りはタクシーを拾えないかもしれないし、
他のところにも行ってみたいし」

そうおさむを説得して、
とりあえず、サクサイワマンから回ってもらうことになりました。

サクサイワマンを降りて、タクシーを待たせておいて
私たちは、ゆっくりと遺跡を歩きました。

おさむが疲れて座りたいというので、
遺跡の壁の前に座りました。

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空には、無数に、ホタルのような光が飛び交って観えます。
(これは、別の場所でも時々観えるのですが、
特にここはすごかったです)

そして、髪の毛がひっぱられるようなエネルギーを感じます。

おさむが、「ここ地面からのエネルギーもすごいよ」
というので、手を地面にかざしてみると、
ボワっと、地面から暖かく力強いエネルギーを感じました。

おさむは、まだサンペドロの効果があるようで、
遺跡や空にいろんな動物がいるのが観えたそう。

最もエネルギーを強く感じた巨石。
100トンぐらいあるそう。
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サクサイワマンからのクスコの街並。
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このサクサイワマンは、これまで回った遺跡の中でも、
特にエネルギーが強い場所でした。
ここはインカの時代、クスコを守る要塞だったそうなんですが
何だか戦いのための要塞という感じよりも、
クスコにとって、エネルギー的に重要な役割を果たしているように
感じました。

1時間以上たったので、さすがにタクシーの運ちゃんも
しびれをきらして帰ったかも?と思いながら
戻ってみると、しっかり待っていてくれました。

それから、月の神殿へ。
車を降りて、
運転手のおじさんが、歩いて月の神殿に案内してくれます。

この穴から神殿の中に入ります。
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中は、小さなスペースがあって、そこに座るための石があります。
その上には、岩の隙間から光が差し込んでいました。
少しの間、ここに座って瞑想しましたが
ここも強いエネルギーを感じました。

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このおじさんと、母なる大地、パチャママのこと、サンペドロのこと
アヤワスカのことなど話をしました。
こんな普通の運転手のおじさんと、
そういうスピリチュアルな話が普通にできるペルーって
やっぱりすごいかも。

おじさんは、途中で車をとめて、いろんな人と
親しげに話していました。
「ここでは、みんな家族のようなものなんだよ」


それから、水の神殿、タンボマチャイへ行きます。
遺跡には、今も水が流れてきています。

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ここのピュアでおいしいお水を飲みました。
その水で、チャクラのクレンジングをやった後、
持ってきたクリスタルたちも浄化します。
気持ちがいい~~ ハート(手書き)

途中にいた、ケチャのおばさん。
リャマの毛で編み物をしています。

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それから、再び、タクシーでクスコに戻りました。
おさむも、最初とは変わって、すっかりおじさんを
信頼して打ち解けて話していました。
(この後、偶然、このおじさんにクスコで2回も再会することになるのです)


さて、この日の夕方、私たちは、
アヤワスカを行うシャーマンたちと出会うのですが
それはまた、後日のお話でウィンク








最終更新日  2009年07月07日 04時48分36秒
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2009年07月04日
カテゴリ:ペルー
 
(サンペドロ、前の日記の続きです~)

もうすぐ日がしずみかけていました。

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私達は途中の沼地を歩いてゆきます。
ポールが何度も
「ここに落ちたら、大変なことになるから
気をつけて歩くんだよ」
そう注意したにも関わらず、まずおさむが
足を沼地に落ち込みます。
それを見ていた私も、続けて
ずっぽりはまってしまっていましたほえー

今朝、タクシーから降りた場所に辿り着くと
そのタクシーの人がそこで待っていてくれました。
夕方、また迎えに来てくれるように
ポールが頼んでいたのです。
それから、タクシーに乗り、
私たちはピサックへと向かいます。

その間も、おさむのおしゃべりは止まりません。
ポールが、「おさむ、そろそろグラウンディングの時間だよ」
そう言いますが、まだまだ彼の飛行は続きそうでした。

ポールが
「のりこの歌声はとても素晴らしい。心が安らぐよ。
のりこ、今、何か歌ってよ」

そう言うと、おさむが
「やめて~~それだけはやめて~~」
と叫びます。

全く失礼なやつです パンチ

かと思ったら、次の瞬間には
「のりこ~、ありがとう~~~」
そう言って、おんおん泣くのですから
見ていてとてもおもしろい。


1時間ほどでピサックに着いてから、
ポールは、今朝私たちがカフェに預けた
荷物を取りに行ってくれると言います。
どちらにしても、おさむは荷物を持てる状態ではなかったし
荷物はポールに任せることにして、
私はおさむの手をひき、先にポールの家へと向かうことになりました。

この道が長かったこと。
普通に歩いたら、20分ほどの山道なのですが
それはもう永遠に続くかのように長く感じました。
おさむが、もういやだ、もう俺はいかない、と何度も言います。
もう少しだから、がんばろうね、
そう言って、私もおさむをひっぱってゆっくり歩きます。

日が落ちて、辺りはすっかり暗くなり、
本当にこの道でよかったのかしら?と思い始めた頃、
後ろから、私たちの荷物を抱えたポールが歩いてくるのが見えて
助かった~という気持ちになりました。

セレモニーの準備の荷物とともに
二人分の荷物を抱えて歩いてくるポールを見た時
感謝で一杯になりました。
ポールのサポートがなかったら、
もう私たちはどうしようもなかったことでしょう。

ポールの家について
リビングの暖炉に火を灯し、ポールが用意してくれた
コカ茶を飲んで、暖炉の前で暖まります。

おさむは相変わらず、効果が続いていました。
いろんなビジョンが観え、いろんな声が聞こえていたようです。
時々、動物になって叫びます。
ポールが、
「おさむ、もう人間に戻らなければならないよ。
さあ、呼吸を深くして」

そう言っても、だめのようでした。
でも、後からおさむに聞いたことによると
こうして深い呼吸をしたり、ポールが声をかけたり
触ったりする度に、おさむは一瞬、我に返り、戻ってきたそうです。
でも、またしばらくすると、あちらの世界に飛んでしまうのでした。

ポール曰く、この日のサンペドロは、
彼が10年やっている中でも、強力な作用だったそうです。

ポールがおさむをマッサージし、
私もおさむにレイキをしたり、さすったりしました。

ポールが、昨日から煮込んでいたという
豆のシチューを持ってきてくれました。
大地の恵み、豆はグラウンディングの食べ物。
そのおいしかったこと ハート(手書き)
ハーブが効いていて、
こんなおいしい豆は食べたことがないと感じるほどでした。


ポールは、私たちにお茶を持ってきたり
毛布をかけてくれたり、 細やかに気を使ってくれます。
ポールの暖かくて大きな愛に包まれて
私は安心していられました。


それから、しばらく、おさむを戻ってこさせようと
ポールと一緒におさむに働きかけていましたが、私もいつの間にか疲れて、
その場に眠ってしまっていました。


ふと気がつくと、おさむはまだ目をらんらんと輝かせています。
ポールも部屋に戻ったようでした。
それで、おさむに部屋に戻ってベッドで寝ようと促して
私たちは2階の部屋に行きました。
何とか着替えて、ベッドにもぐりこみました。


それからどれぐらい眠ったことでしょう。

目を覚ますと、おさむは横にいません。
リビングに降りていくと、そこにまだ
目をしっかりあけてボーっと座っているおさむがいました。

かなり戻ってきていますが、ほとんど眠れなかったそうです。

一晩中、アセンテッドマスターたちや天使たちと
ずっとコネクトすることができて、
いろんなメッセージを受け取ったそうです。
彼にはサナートクマラ、そして、聖ジャーメインや大天使ミカエルも
いたとのこと。
私の後ろには、いつも観音様が守っていて、その観音様と
話をすることができたそうです。
また、先日、あの世に旅立ったLIPOもいたそう。
(おさむは、いつもLIPOから頂いたターコイズのペンダントをつけているので)
おさむが普段、漠然と思っていた、いろんな疑問に答えてくれたのだそうです。

その疑問の中には、なぜ江原さんが太っているか、とか
なぜ、あまりスピリチュアルじゃない人もシャスタに呼ばれてきているか
などもあって、おもしろかったです。
ちなみに、なぜ、江原さんが太っているかは、
彼はあちらの世界とのつながりが深い人なので、
太っていないと、 すぐに魂が身体を抜け出して、
この世界に戻ってこれなくなってしまうからなんだそう。


また「汚いなどと思っている牛の糞がすべてなんだよ。
この糞の中に、大地とのつながり、生命力があり、
宇宙が、そして愛があるのだ」

そんなことを教えてもらったと言っていました。

暖炉で燃え盛る火を見ながら、長い間、観音様と対話することが
できたとのこと。

「世の中には、この火のように燃え盛る火ばかりあります。
その火のために、争いが起こり、災いも生まれました。
あなたたちの役目は、その火をしずめて、
暖かな光に変えること。
それが癒しであり、ヒーリングなのです。
あなたたちが、その役目を果たすために生きるなら
私は、いくらでも無限の愛を与えましょう」

おさむは、たくさんのメッセージを受け取っていました。
最高の体験です。
いろんな人から、愛を教えてもらうことができて
おさむは、もう充分、これ以上は何も必要ないと言いました。
あれだけやりたいと言っていたアヤワスカも、もう必要ない
そう言います。
私ももうアヤワスはやめた方がいいかも?と思い始めていました。
マイルドな作用だと言われているサンペドロで、
これだけの作用があるのですから、強力だと言われているアヤワスカでは、
もう彼はこの世に戻ってこれないように思えたし
何より、彼の身体は持たないのではないかと思えました。

でも、私はどうなのだろう?
私にとってはサンペドロは、自然なマイルドな作用だったし
身体も楽で、次の日にはすっきりしていました。
私だったらアヤワスカもできるのではないかしら?
せっかくだからやってみたいという気持ちもありました。

今回サンペドロができたのは、すべてポールのサポートのおかげでした。
でも、セレモニーの間中、私は、おさむを見て
私はしっかりしなければならないという感覚がどこかにありました。
もし、私がおさむのようになっていたら、さすがにポール一人では
どうにもならなかったかもしれません。


私たちはポールにアヤワスカセレモニーもやってくれるかどうか
聞いてみました。

でも、ポールは、サンペドロは提供しているけど
アヤワスカは自分では提供しないということでした。
彼がアヤワスカをやるのは、ジャングルの民、シピボの長老のもとでのみ。
本当にすごいシャーマンと一緒でないとアヤワスカはやらないとのこと。

それで、私たちに、とりあえず、クスコに戻って
今回、アヤワスカを一緒にやる人たちと会ってから決めればいいと
アドバイスしてくれました。
私たちの感覚で大丈夫と思ったら、やればいいし
もし少しでも疑問に思ったら、とりやめれること。


ポールが昨日の豆のシチューを暖めてくれて、食べました。
やっぱりこれはとてもおいしい♪


本当にポールには、何から何までお世話になって
私たちは感謝で一杯でした。
また必ず、ここに戻ってくることを約束し
何度もハグして別れました。

その日の朝の3人。

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こうして、私たちはその日の朝にはポールの家を出て
再び、クスコへと向かいます~~









最終更新日  2009年07月05日 10時05分47秒
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カテゴリ:ペルー
 
サンペドロセレモニーの朝。

朝早く、PAZ Y LUZを出て、予約したタクシーを待ちますが
来ないので、荷物を持って、ぼちぼち歩いて出発します。
朝のウルバンバ川。
DSC_0109 のコピー.JPG


ここでは、時間通りに何かをやるというのは難しいのでしょう。
ポールが、家のシャワーの工事を、配管の会社に頼んだけど
予約した日を数日過ぎても現れないと話していました。
この日に予約といっても、1週間ぐらいずれたりするそう。
ここで暮らすのは、忍耐が入りそうです。
もう村の中心に着くかという頃、
ようやく私たちを迎えに来たタクシーと出会いました。


昨日のカフェでポールと待ち合わせ。
私達の荷物は、しばらくの間、カフェで預かってもらうことにし
それから、プレインカの遺跡に向かって出発します。

ポールの知り合いのタクシーで、ピサックを出発。
ひたすら山道を走ります。
ポールが、周りの山のことなど説明をしてくれます。

1時間弱ほど走って、ようやく到着。
この時点で朝の9時すぎ。
ここでタクシーの運転手に夕方5時頃に迎えに来てもらうことにし
遺跡まで線路沿いに歩いてゆきます。


インディジョーンズみたいな出で立ちで前を歩くポール ウィンク
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遠くに遺跡が見えてきました。
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それは素晴らしいプレインカの遺跡でした。

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足もとには、当時の陶器のかけらや骨が今も残っています。

ここは人里離れていて、一般公開もされていないので、
人もほとんど訪れないそう。

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私たちは、中央に持って来た敷物を敷いて、それぞれの場所を決めます。

それから、ポールのところに集まって、すぐにセレモニーがスタートしました。

まず、スマッジングをして、それぞれを浄化します。
そして、ポールが私たちにそれぞれ、コカの葉を3枚ずつ手渡してくれます。
これを受け取る時に
「ウルピアイ スンクリアイ」
という言葉を言います。
(意味は忘れましたほえー

それから、このコカの葉に、願いをこめて、息をふ~っと吹きかけます。
そのコカの葉を遺跡の壁の間に押しいれます。

ポールが母なる大地、パチャママへの祈りの言葉を唱えます。
そして、持ってきたグラスに、
昨日私たちが準備したサンペドロの液体を注ぎいれます。

そして順番にパチャママに感謝を捧げ、一気に飲み干しました。

かなりまずい味を想像していたので、思ったよりもまずくはなく
いかにもサボテンみたいな?味でした。
この時点で、ポールは、私もおさむも大丈夫そうだと
言いました。
人によっては、もう飲んだ時点で、気分が悪くなったり
するそうです。

それから、遺跡内を自由に歩き回ったり、
静かに座って、過ごします。


ポールは事前に、私たちにいくつか注意事項を話してくれていました。

もし私たちが大丈夫そうだったら、
ポールはそれぞれをほっておいてくれること。
でも、気分が悪くなったり、調子が悪くなったら、
ポールがそばにいて、歌を歌ったり、マッサージをしてくれるとのこと。
でも、吐きたくなったら、浄化のために吐かなければならないこと。
遺跡内を自由に歩いて、好きなところに行ってもいいが
ある程度の時間がたったら、お互いの安否を確認のために集まること。

それから、40分ぐらいたったのでしょうか?
おさむが、ゲーと吐き始めたのを見て、私も気分が悪くなり
その場を離れ、遺跡の上の方に歩いていきました。

そこを歩いていると、光っている植物があります。
まるで、きらきらとその周りに妖精たちがいるかのように
光り輝いていました。
これは、私がそう見えるだけなのかしら?
それとも、本当に光っているのかしら?
そんなことをボーっと考えながら、その場にしばらく座っていました。


それから、おさむたちがいるところに戻っていくと、
もう、おさむは、完全にあちらの世界に行ってしまっていました。


にこにこして、空にたくさんの龍や動物、天使たちが観えると言います。
そして、手を広げて、精霊たちからの愛を受け取っていました。


ポールが、歌を歌ってくれました。
それに合わせて、私も歌を歌います。
それはインドの歌だったのか、果たしてペルーの歌だったのか
わからないのですが、シンプルで、歌っていると
心落ち着く歌でした。

それから、私は再び、立って、周りの遺跡内を歩いて回りました。

どれくらいの時間が立ったのか、全く時間の感覚はありませんでした。


私には何かのビジョンが観えるとか、声が聞こえるということはなかったのですが
ふわふわ~と周りの自然が私の中に入ってくるような、
心地のよい感覚になりました。

ポールのところに戻ると、ポールが
果物やパンなど食べ物を用意してくれていました。
それがおいしかったこと。
まるで何かの生き物のように
身体の全身にしみわたっていくのを感じます。
初めてグラナディンという果物を食べて
そのおいしさに、すっかり虜になりました。


それから、しばらくして、私はまた
遺跡内を歩きました。
ある遺跡の中に一歩足を踏み入れた時、
突然、涙が止まらなくなりました。
なぜ、涙が出るのか、私にはわかりませんでした。


私は昔、ここにいたことがある?

そんな感覚におそわれました。

そうして泣いていると、中央にある木に目がとまりました。
その木が、私に触れなさいと語りかけてくるように感じます。
その木に触って、目を閉じていると
だんだんと心は静かに落ち着いてきました。
この木はグランディングのためだったのでしょう。


それから、その遺跡の中に座って、
ポケットに持っていたレムリアンシードクリスタルと
ペルーで買ったパチャママのクリスタルを取り出し
瞑想しました。
そして、この場所を浄化しました。
そうしていると、その場所にあった哀しみのエネルギーが
癒されていくように感じました。

もう涙も出てこなかったし、
ただ、そこに存在していることに
静かなる喜びを感じていました。



ふっと気づくと、ポールが私の顔を覗き込んでいました。

「今、とてもいい顔をしていたよ。
のりこのエネルギーは、とてもlightですばらしいね。
君と一緒にこのセレモニーをやることができて
とてもよかったよ」

そうやさしく言ってくれました。

実は私は、その日の朝、珍しく胃が痛んで
胃腸の調子が悪かったのですが、サンペドロのセレモニーを行っている間に
すっかりよくなってしまっていました。

「おさむは大丈夫かしら?」

そうポールに尋ねると、ポールはウインクして

「大丈夫。彼に必要なプロセスを経験しているだけだからね」

そう言いました。

「もうすぐ夕方の4時になるからね。
そろそろ出発の準備をしてね」

そうポールに言われて、驚きました。
まだ、2、3時間ぐらいしか経っていないように感じていたのに
いつのまにか、6時間以上経過していました。

最後にしばらくこの場所に感謝をこめて祈り、
別れをつげて、おさむのいる中央に戻りました。


と、おさむはますますすごいことになっていました。

あちこちの寝転んでいたせいで、身体中、サボテンや植物たちがついていて
ボロボロで、まるでホームレスがふらふら歩いているようです。
でも、顔は幸せに満ちていました。
そして、叫んだり、笑ったり、泣いたり、
感情をそのまま表現していました。

傍目に見れば、まるですっかり頭がおかしくなったように思うでしょう。
でも、私には彼が今、至高体験をしているのがわかったし
彼に必要な経験であることがわかっていたので、全く心配はしませんでした。

これまで彼と14、5年つきあってきて、
彼が泣いたことを今までに一度も見たことが
ありませんでした。
私はすぐに感動すると涙が出てくるタイプなのですが
彼は感動はしても、そういう風に自分の感情を出すことはないのです。

でも、この日の彼は、全く違う人でした。

「ありがとう、ありがとう~」

そう言いながら、わんわん、泣いていました。
そして、次の瞬間には笑いころげていました。

かと思うと、動物になって
『ウオーン」と叫んでいました くま

また、ネイティブアメリカンの笛を吹くのですが
それは普段、おさむが吹いているフレーズとは全く違いました。
「おお、すげえ、これは誰が吹いているんだ、
俺じゃあないよ、これ」
そうおさむは言いながら、ピロピロと吹き続けました。


出発の時間がやってきたので、
ポールが、片付けを始めます。
この時、私はしっかりしているように思っていたのですが
全くしっかりしていなかったようです。
ポールは、忘れ物がないように、周りを全部チェックして
私達の片付けを手伝ってくれました。
(というか、おさむは全く片付ける気がなかったのですが)

ポールがおさむを支えてくれながら、
夕方、私たちは遺跡を出発しました。


☆続きは、次の日記にアップします~。
(例のごとく、文字数制限オーバーしてアップできませでした涙ぽろり

おさむはカメラを壊してしまい
私は写真を撮るということをすっかり忘れていて、
最初に遺跡に着いた時ぐらいしか撮らなかったのですが
セレモニーの途中で1、2枚だけ撮った写真。

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最終更新日  2009年07月05日 08時37分52秒
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2009年07月03日
カテゴリ:ペルー
 
朝食を食べた後、クスコを出て聖なる谷、ピサックへと向かいます。

今回の旅でピサックへは、2度、バスで往復したのですが、
なぜかいつも乗っている人は、みんなペルーの人たちばかりで、
ペルー人以外は私たちだけでした。
ピサックは、聖なる谷のツアーに組み込まれていることが多いようですが
ほとんどは日曜市などで買い物による程度のようで
私たちのように宿泊する人は少ないのかもしれません。

クスコから、バスに乗って1時間半。
ピサックの村に到着です。


ああ、この村いいね~~ ハート(手書き)

着いてすぐに私たちはピサックが大好きになりました。

初めてなのに、なぜか懐かしい感じ。
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聖なる川ウルバンバが、ゆるやかに流れています。

DSC_0042 のコピー.JPG

川でお洗濯。

CSC_0963 のコピー.JPG



私たちが泊まるホテルは、この川のすぐ近くにありました。

『PAZ Y LUZ』(平和と光)
DSC_0032 のコピー.JPGDSC_0023 のコピー.JPG


一歩入って、ここがとても気に入りました。

広々とした敷地内に、ペンション風のお部屋と
ガラス張りのセッションルーム、ダイニングルーム
野菜を植えた畑などが点在しています。
後ろには、ピサック遺跡がある山。

DSC_0730 のコピー.JPG DSC_0731 のコピー.JPG 


ここはまるでホームのように迎えてくれる場所でした。

ここだったね~、私たちが求めていた場所。
ペルーで本当に心安らぐ場所に来れたねハート(手書き)


ここでグレイというアメリカ人が迎えてくれました。
グレイは、カリフォルニア出身。
いかにもカリフォルニア出身という感じのアメリカ人 ウィンク

彼は、3年前に初めてペルーを訪れて
すっかり気にいったそうなのですが、アメリカに帰国するその日に
クスコの空港で、ある本と出会い、その本に感銘を受けたそうです。
そして、アメリカに戻って、その本の著者ダイアンデューンに連絡をとり
ダイアンが経営する、ここPAZ Y LUZに、その3ヶ月後には
カリフォルニアから全ての荷物をまとめてやってきたのだそう。
今はここのマネージメントをやっているとのことでした。
ダイアンはアメリカ人ですが、アンデスのヒーラー。
またグレイもヒーラーで、レイキヒーリング、シャーマンワークや
サウンドヒーリングもするそうです。


そんな話を聞きながら、しばらくの間ここでのんびり過ごします。

それから、私たちはポールに会うため、村の中心へと出かけます。
以前ここでお話したポールは、
エハンデラヴィさんが紹介してくれたシャーマン。
私たちはポールのもとで、サンペドロのセレモニーを行うことになっていました。

村の中心地にあるマーケットのカフェで待ち合わせます。
しばらくしてポールがやってきました。

ポールは、イギリス生まれ、カナダ育ちの植物学者。
インドで10年暮らして、瞑想を学んだり、
ペルーでも10年以上暮らしています。
背がすらりと高くて、知的な雰囲気があり、
シャーマンというイメージよりは、やはり学者という感じ。
にこにこして、やさしい彼に会って
すぐに、私たちはポールが大好きになりました。

セレモニーは明日行うとのこと。
それで、これからサンペドロの準備をやるけれど
できるなら君たちも、その準備に参加しませんか?
と誘ってくれました。
サンペドロの準備から行うことで、
よりセレモニーに深い理解が起こるとのことでした。
もちろん、私たちも喜んで参加させて頂くことになりました。


村の中心からポールの家までは、歩いて20分。
あの山の真ん中辺りにポールの家があります。

DSC_0150 のコピー.JPG

数ヶ月前から建築中であるというポールの家は
とても暖かい美しい家でした。
家の中には、ペルーの鮮やかな織物やクッションや
木や陶器、鉄などの置物がいろいろあって
それらが、木のぬくもりと調和して居心地のよい空間を作っています。

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庭にあったサンペドロ。
大切に大切に育てられています。
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まずは、サンペドロについての説明をポールから受けます。
サンペドロは、3000年以上前からシャーマンたちが
神との交信のために使ってきた聖なる植物。
アヤワスカとは違って、自然な作用で
ハートチャクラをオープンにさせるとのこと。
(アヤワスカは、通常強烈な吐き気や不快感が起こることが普通だそう)

その効果は人それぞれ違うけれど、
自然との一体感や世界のつながりを感じたり,
ビジョンが見れたり。
人によっては、浄化作用が起こったり
その人にとって必要な体験をすることになるそう。
また効果は約12時間続くとのことでした。

今日、3人でサンペドロを準備した後
明日は朝からプレインカの遺跡に行って、セレモニーを行い
そこで6、7時間過ごした後、このポールの家に戻ってくるとのことでした。
夜まで作用が続く可能性もあり、ホテルには戻れないかもしれないので
明日はホテルではなく、ポールの家に泊まることを勧めてくれました。
なので、明日の朝、ホテルをチェックアウトして、
荷物をこの家の近くに持ってきておくことになりました。

ポールからいろんな話を聞きながら、サンペドロの準備に取りかかります。

まず、いろんな旅をしてここにやってきたサンペドロをスマッジングして
浄化します。
特別な木の切れ端に、シャーマンが使うオイルをふりかけ
火をつけます。
それにセージやハーブをふりかけ、その煙で
サンペドロをいぶします。
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感謝と祈りをこめて、スマッジングを行った後は
それをまな板に乗せ、3つにカット。
その3つを、私とおさむとポールのまな板に分けます。

それから、それぞれサンペドロの表面の薄い皮をそぎとります。
それから、1、2cmの厚さに切ります。

DSC_0076 のコピー.JPG

そして、表面の緑の部分を細かく切って、大きな鍋に入れてゆきます。

DSC_0077 のコピー.JPG

ポールは、小さなひとかけらも無駄にしないように
大切にサンペドロを扱っていました。

その鍋に水をいれて、ぐつぐつ煮ます。
しばらく煮ていると、サンペドロはドロドロに溶けて
棒ですくうと、水飴のように伸びてきます。
5時間ほど煮て、できあがるそう。

棒でかき混ぜながら、それぞれがサンペドロに対する祈りの言葉を述べます。
こうすることで、サンペドロはより私たちの想いに答えてくれるのだそう。


きらきらどうか私たちに必要な経験を与えてくださいますように きらきら


サンペドロをやって、かれこれ10年だというポールは
サンペドロをとても愛しているのが伝わってきます。
「毎回、違った経験を与えてくれるんだよ」

ポール曰く、こうやって手間ひまかけて、心をこめて
準備したものと、単に粉になったものを溶かして飲むのとは
全く効果も作用も違うとのこと。
おだやかなポールと一緒にサンペドロの準備を行う機会を
得ることができて、私たちは、とても幸せでした。


ポールは、またアヤワスカもSHIPIBO(シピボ)というアマゾンの奥地に住む
シャーマンのもとで長い間、経験していました。
彼が唯一、マエストロー師と仰ぐ人物がシピボ族の長老なんだそう。
そのアヤワスカ体験の話も、とても興味深いものでした。
シピボ族は、刺繍や手書きの布で有名なのですが
それはアヤワスカのビジョンを表しているといわれているそう。

ポールの部屋にかかっていたシピボのタペストリー。
独特の特徴のある模様です。

DSC_0068 のコピー.JPG

さて、夕方になって、私たちは一旦、ポールに別れを告げ
ポールの家を出ました。

明日、遺跡で座るのに敷物が必要だとポールが言うので
帰りに、市場に寄って、お買い物。
私はアルパカで織られた敷物を購入しました。
DSC_0091 のコピー.JPG


それから、PAZ Y LUZに戻ります。
夜になって、外に出ると、思わず息を飲むほどの満天の星空。
銀河がきれいに見えました。
庭に座って空を見上げていると、
まるでぽっかり宇宙空間の中に浮かんでいるかのような
気持ちになりました 月

明日はいよいよサンペドロセレモニーです目がハート







最終更新日  2009年07月04日 00時25分34秒
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