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勇治から金子の写真が欲しいと言われ、豊橋に戻ってから、かわいらしく写っている写真を選りすぐり、写真を送って以来、三日ほど勇治からの手紙が途絶えます。
普通なら、どうってことないことなんですが、何せ、ここ数日は毎日来ていたのですから、疑問に思うのも当然です。 写真が気に入らなかったのだろうか? 金子の容貌が好みではなかったんだろうか? 金子は不安でたまらなくなります。 誰もが振り返る美人ではないというのは、自分でもわかっています。 しかし、百歩譲っても、人を不快にさせるような顔をしているわけではありません それでも、手紙は来ません。 こういう時に限って、母のみつからお見合いをするように、懇々と説得するようなハガキが届いたりします。 勇治は金子が嫌いになり、邪魔になったのか? 他に好きな人ができたのか? 夢も希望も勇治とともにあるはずの金子の未来も、粉々に砕け散ったかのように思えてしまいます。 苦しく、切なく、悲しみで、金子の胸ははちきれそうです。 ※※※ 金子は書きます。 ※※※ 昨日も一昨日も、その前も毎日貴方のお便りをお待ちしていました。そして今日も今も、待っているのです。 私は泣けそうです。いったい、貴方はいかがなすったのでしょう。 東京へいらしたのかしら。 それとも体をいためたとかおっしゃっていたので、お病気にでもおなりになったのかしら。 ね、本当にどうなさったの?こう書いていても涙が出そうです。 何か、私のさしあげた手紙に気に入らないところがあったんですの?それだったらごめんなさい。 私は貴方の写真を肌身離さず持ち歩いて、いつも眺めています。夜の勉強にも、眠くなる貴方のお写真を見直してはまたやります。 お送りした写真、あまりにも不美人で驚かれたのでしょうか。顔も瞳もまん丸で、唇が小さくて薄くて。でも歌を歌うときには大きくなりますのよ。瞳はまじめになると、光ってじっとしています。笑うとまぶたがふくらんで、とても優しくなると人にはいわれます。 運命の前に、自分が小さい、はかないものに思われてきます。 死にものぐるいで未来を切り開いて見せようとしていますのに、なるようにしかならないというあきらめの気持ちが、私をさいなみます。 最も大きな不安は、貴方に忘れられるということです。なにとぞ、私を導いてくださいませ。お願いいたします。 貴方の手紙が数日途絶えただけで、こんな気持ちがするなら、貴方が外国へいらしたら、私はどんな気になるでしょう。耐えられるでしょうか。 明日の朝、貴方からお手紙が来たら、どんなにうれしいでしょう。 こちらにいらっしゃる間だけでもお手紙をください。 お体がお健やかでありますように。お祈りしています。 内山金子 敬愛する古関勇治様のもとに ※※※※ 悲しみをこらえて、顔を上げ、仕事に行く金子 夜は楽譜を見ながら、ハミングを繰り返す。 紙にかかれた鍵盤の上で指を動かし、実際にピアノを練習する日に備える。 ※※※※ 自分は勇治に恋をしているんだと、金子は認めざるを得ませんでした。恋は唐突にはじまったわけではありません。手紙をはじめて書いたあの日から、勇治に恋心を抱き始めたのです。 やり取りが重なる中で、のっぴきならないほど好きになっていたのです。 ただ、恋している自分を自覚するのは恥ずかしく、勇治は音楽の世界に導いてくれる尊敬する人物だと自分に言い聞かせてきたのです。 けれども、手紙が途絶え、本当の気持ちを自分に隠すことができなくなりました。 もうあきらめようとも思いました。でも、自分の思いを認めた途端、恋が終わるなんて、悲しすぎる。しかし、まあ、音楽にかける自分の思いをわかってくれる勇治のような人がこの世にいることがわかったのだ。勇治と知り合えてよかった。と、必死で自分をなだめようともします。 でも、やはり納得できない。突然連絡が途絶えるなんて。勇治の身に何かあったに違いない。気が付くと、金子は唇をかんでいます。 ※※※ 勇治からのハガキがやっと届きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2020.05.25 21:08:08
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