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ジージの南からの便り

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2020.04.18
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カテゴリ:鹿児島の歴史

 
 今回は鹿児島城の石垣に関する話でちょっとマニアックなことなので、興味の無い方はスルーしてください。

 今回の復元にあたり、門前に新しく石積みのサンプルと説明文が設置された。
上の案内板の文字が読みにくいので、次に概要を書く事にする。
「鹿児島県には溶結凝灰岩が広く分布している。比較的加工しやすく、古くから様々な石造物に用いられ身近な場所に石の文化を垣間見ることができる。鹿児島城にもっとも多く使われているのは約50万年前の噴火によって出来た吉野火砕流堆積物の溶結凝灰岩で、反田土石(たんたどいし)と呼ばれている。鹿児島城の石垣の多くは、石材を方形に加工整形して積む、切込み接ぎという方法で積んである」

 次には具体例として「亀甲積み」の解説とサンプルがある。





 鹿児島城に見る「亀甲積み」
この場所は、御楼門を入った正面突き当たりである。
日本最後の内戦と言われる西南戦争の弾痕が残る。



 明治10年9月、西郷隆盛率いる薩摩軍は鹿児島に戻る。
政府軍との攻防は凄まじくこのような弾痕が私学校跡の石垣にも残っている。



 算木積みの説明とサンプル





 石垣は3重構造になっている



 御楼門を入って右側に見える石垣。右側に「亀甲積み」 左側に「算木積み」





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Last updated  2020.04.18 16:14:26
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