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カテゴリ:カメラ、レンズ、写真
2012年のフォトキナに出品されて、
日本では2014年の5月29日に発売されたOtus 55mmf1.4。 コンピューターと硝材と製造技術の発展のお蔭で完成した、 日独合作によるカールツァイスファンには夢の世界最高峰レンズの一つだ。 ラテン語でOtus とは、”鳥網フクロウ目フクロウ科コノハズク属”の事。 漢字で書くと”木葉木菟”とか”木葉梟”という難読文字になってしまうけど、 頭に耳の様な羽毛があるので、日本ではミミズクの一種に分類されて、 日本ではコノハズク(学名Otus Scops)が有名で愛知県の県鳥。 実は、レンズ前面の記銘にはApo Distagonの名前も刻まれていて、 これが、このレンズの本質を表している。 現在主流のデジタル撮像素子の場合、薄膜エマルジョンの銀塩フィルムと違い、 極端に言うと井戸の底にCCDの画素があるようなものなので、 主光線がレンズ光軸に対して角度を持っている従来の光学系では、 周辺の撮像素子に対して斜めに入射する光線により、 まともに光をとらえることが難しくなってしまう。 (厳密言えば、銀塩時代のレンズはCCDでは本領を発揮していないと思う。) そこで、撮像素子側の主光線がレンズ光軸と平行になる、 像側テレセントリックという光学系が必要になってくる。 デジタル用を謳うレンズの場合は、殆どがこの光学系の筈であり、 当然、Otusも今時の高性能レンズである以上はテレセントリック系のレンズに違いない。 (テレセントリック系のレンズは銀塩カメラで使っても何の問題もない。) 銀塩時代には、一眼レフのミラー用に必要なバックフォーカスが稼げる、 レトロフォーカスのディスタゴンは広角レンズの名称だったけど、 標準域のレンズでディスタゴン系を使い、 本来であれば余計なバックフォーカスを必要としたのは、 絞りを挟んだメインレンズの前後にも収差補正の役割を持たせ、 合わせてテレセントリック系を実現する為の光学系を追加したからだ。 当時、オータス55mmf1.4は、名門カールツァイスが、 ありったけの技術を盛り込んで最高の性能を目指したレンズという事で話題になり、 当初の販売価格が40万円越えで、海外では4000ドルレンズと呼ばれていた。 非球面レンズと異常部分分散レンズしかない12枚に及ぶレンズエレメントと、 フローティング機構まで内蔵して徹底的に収差の補正を行っているのが特徴だ。 昔から、歴史と伝説に彩られたカールツァイス贔屓なので、 地元のヤシカからコンタックスブランドが復活した時は嬉しくて、 以来、岡谷で作られたコンタックスのボディーと、 ドイツと日本で作られるカールツァイスのレンズは大事な相棒だった。 その当時に、カールツァイスが考える理想レンズに対する回答が、 限定で発売されたプラナーのf1.2であり、 デカくて重いレンズが手元に届いた時の感激は今でも忘れられない。 所が、新時代の理想レンズである筈のオータスを手にしてみて、 ローレットも無いノッペリとしてウレタンのような感触を持つ操作部分に首を傾げ、 レンズの先端に、簡単に傷が付く薄くて微妙なカーブが付いた専用のフードを付けてみても、 大して凄そうでもなく高価にも見えず特に感動するわけでもなく、 何となく損した気分になるのはなぜだろうか。 往年のヤシカ/コンタックス時代までのツァイスレンズは、 他よりも大分割高な上に、大概はデカくて重い特別な存在で、 拘りのある訳知りの好き者しか買わなかった。 何であれ、薄膜エマルジョンフィルム時代の写真は、 機材による画質の差は明らかで極めて明確にクラス分けがされていた。 実際に、”写ルンです”というプラスチックで出来た単玉写真機よりも、 低感度のリバーサルフィルムを仕込んだ一眼レフに代表される高価な光学機器の方が、 最終的に得られる写真を見ても相当差があった。 それに、持っている写真機材を一目見るだけで、 ある程度の懐具合が推察出来て、大まかな趣味嗜好まで分かったのだ。 所が、21世紀になり写真と言えばスマホという時代になると、 コンピューターの発達とグローバリゼーションで情報の普遍化に伴い、 中国をはじめとする新興光学メーカーの台頭もあり、 あの150年を超える歴史を持つカールツァイスですら、 大勢の中に埋もれてしまったという事ではないか。 どうやら大多数の写真を撮る人間には、全く意味のない高性能レンズのオータス。 少なくとも、銀塩時代には価値があった事がスマホ写真の時代になって、 とても高性能であるとか、時には高価である事が、 殆ど無意味なものになってから登場したのは不幸だと思う。 既に少数派のデジタル高級一眼レフでさえ、レンズはとても良く写るズームという今時に、 特に大口径でもないf1.4の55mmという標準レンズのオータスで撮った写真を見せても、 それに価値を見出すのは、輪を掛けてホンの一握りのマニアしかいないのだ。 21世紀に於けるデジタル写真の発達は、そのままスマホ写真に反映される。 どんな状況でも、個々のアプリと内蔵された画像の処理エンジンが凄い働きをして、 殆ど何もしなくても瞬時に思い通りの写真が完成。 それを直ちにSNSへ投稿して皆で共有して評価されるという、 著作権も曖昧な写真が氾濫する時代のスマホカメラの存在は、 殆どが、そのまま表層から消えて行く即時性が主体の写真の氾濫により、 かつて憧れだった職業写真家とかハイアマチュアによる写真の存在理由を希薄にしてしまい、 ついには老舗の朝日カメラや日本カメラという写真雑誌ですら生き残る事が出来なくなった。 なにせ、昔は憧れだったライカレンズが付いた、 3眼の4千万画素を超えるスマホが登場して驚いていたら、 ついにライツフォンなるライカブランドのスマホまで登場するに至って、 そろそろ、ハイエンドユーザーの写真ファンからも、 デジカメの存在理由を一掃してしまいそうだ。 既に、オリンパスはカメラ事業から撤退を余儀なくされて、 あのニコンでさえプロ用の高価なカメラまでが国内生産が難しくなったのを見ても、 今後は、安くて小さなトイカメラレベルか、とても高価なハイエンド機種以外は消えると思われる。 その内に、プロ野球などのスポーツ写真も、 巨大な望遠レンズとフルサイズのカメラのセットではなくて、 それ用のアプリを使う、スマホとかタブレットに取って代わられるかもしれない。 しかし、これも、写真を撮るカメラブースには、 今のウエブカメラに毛が生えたような全天候型の複眼機材が、シーズン中はずっと設置されていて、 撮影自体は、各報道機関のパラメーターによる独自のアルゴリズムで、 無人のAIに取って代わられ、放っておいても自動撮影。 撮影された写真は自動で選別されて報道機関に転送しつつ、 AI自体も学習しながら勝手に進化していくだろう。 現在、長野県中野市のコシナで作られている、 ツァイスブランドの一眼レフ用標準レンズは3つもある。 ディスタゴン系のオータス55mmf1.4とミルバス50mmf1.4に、 1897年に登場して以来、現在までカールツァイスを代表している、 世界でも稀有な名前を持つプラナー50mmf1.4という3本だ。 オータスが55mmなのは、基本的に完全補正型のツァイスは、 像面の平坦性を昔から重要視しているので、 なるべく収差を無くすために5mm延長したのだろう。 この55mmという焦点距離は、 1996年にプラナー100周年という事で、 オータス同様に当時のカールツァイスの技術の粋で作られた、 プラナー55mmf1.2と同じ焦点距離という事実がある。 55mmはカールツァイスの高性能標準レンズの代名詞なのだ。 ツァイス銘が刻まれている、 3本の現行標準レンズのデータを並べてみると、 少しは違いが分かるかもしれないと期待してみる。 3本のMTF曲線 3本の周辺光量 3本の歪曲収差 MTF曲線を見るとf4に絞り込んだプラナーだって高いレベルにあるのが分かる。 むしろプラナーの場合、絞りを開けた時の描写が一番好ましいと思える写真を撮れる事もある筈で、 周辺光量と歪曲に至っては、街中で写真を撮るのであれば比べる意味は無くなる。 それでも、流石にオータスの歪曲収差の小ささと、開放から高いレベルのMTF曲線を見ると驚く。 この55mmレンズは単に標準レンズというよりは標準原器レンズと呼ぶべきだ。 20世紀なら国家機密レベルの軍事や宇宙空間でしか使われない、 特殊用途のワンオフで作られたレンズの様なものが、誰でも手に入るのに愕然とする。 暗い場所で開放のまま、シビアな精度の画像処理を必要とする工業用とか、 特殊な学術用としての用途にもピッタリの高性能レンズだ。 ニコンFに付けたOtus/Apo Distagon55mmf1.4。 最新のカールツァイス製高性能レンズを、 1959年に誕生した国産のプロ用一眼レフに付けられる喜び。 ニコンがFマウントを21世紀なっても堅持してくれているお陰で、 こんなお遊びが可能になっている事を感謝するべきだ。 手持ちのオータス55mmは、価格が落ち着いても新品を買い込むほど熱が上がらず、 使い込まれた中古を数年掛かりで見付けたけど、それでも結構なお値段だった。 その後、買って満足してしまい、どうせ良い写りだろうし、 f1.4の標準レンズのくせに、デカくて(最大径92.4mmX長さ125.3mm)、 重い(960g:ニコンマウント)ので、眺めて満足の御飾りレンズだった。 今年の駆け足の春に煽られて、ようやく思い切って引っ張り出す。 オータス55mm/F1.4の作例(全て銀塩写真/エクター100) 今年は、いつもより早く八ヶ岳の麓に春がやってきた。 農機具の物置小屋前のサクラもアッと言う間に満開に。 とにかく、いつもなら場所によって咲く時期の違う桜が、 一斉に咲いていってしまうので気が気でない。 左上に月が見えている。 月下の花桃。今年は花桃もあっという間に咲き切ってしまった。 ついでにカラマツの芽吹きも早かった。右下の赤い木は1年中葉が赤いカエデの芽吹き。 右側に小さな鳥居があり、土がえぐれて根が露になった太い杉の木が見える。 昔はそこそこの神社だったかもしれない。 向こう側に雪を被った八ヶ岳が見える。 日が落ちて桜への残照もあと僅かで消える。 色んな樹種の桜が咲き誇っていて飽きない。 せっかくなので日が落ちて大分寒いけど、もう少し留まる。 家に帰ったら、残像で花見だ。 芽吹いたカラマツの下に、ひっそりと椿が咲いている。 年月を重ねた建屋の前にも、ちゃんと春が訪れている。 殆ど人気のない山間の小さな神社にも春が訪れている。 八ヶ岳山麓の一瞬の春。例年ならもっとゆっくり鑑賞できたはずなのに。 今年の桜は、一瞬のうちに咲いて、一瞬のうちに散った。 残照の夕桜。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.06.21 10:04:24
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