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斉藤さんで行こう!
これまで妻に、ママ友付き合いについての相談されるたびに、 僕は、シンプルに、そう答えてきました。 ここでいう「さいとうさん」とは、 チェケラッチョ!ハゲラッチョ!サイトーさんだぜ?! の斎藤さんのことではありません。 2008年に観月ありさが主演した水曜ドラマ「斉藤さん」のことである。 憶えてる人いるかなあ? このドラマの主人公「斉藤さん」は、曲がった事が大嫌いなNOと言える専業主婦。 正義感が強く不正を許さない性格のため、幼稚園の保護者に友達がおらず孤立しているが、 「相手に合わせて正しいことが見えなくなるなら友達はいらない」と自分の正義を貫く性格。 「子育ては運命の仕事」キャリアよりもオシャレよりも「母親で妻で十分」と言い切り、 子育てという仕事に誇りを持っている。 君も、かくあれ、と。 そして妻は、僕の助言通り、あらゆる保護者間の問題において、常に「斉藤さんスタイル」を貫いた。 ゆえに、僕の妻に、ママ友と呼べる人は、一人もいない。たはは。 今じゃあ、すっかり肝が据わっちまって、 次女の保育園では、周囲に友人ゼロみたいな状況でありながら、 しゃーしゃーと保護者会の会長を務めるにまで成長したが、 思い返せば、長女が園児だった時、妻はそれなりに悩んでいた。 何事も初めての経験ばかりだったので、ま、しゃーねーっす。 悩みはズバリ「ママ友付き合い、するべきか?否か?」 うちの妻、基本的に苦手みたいっす、女同士のそーゆーの。 愚痴、自慢話、おごりおごられ、派閥、陰口、いじめ、副業の勧誘、ダメみたいっす。 これは彼女の美徳ではなく、どちらかというと人として欠落した部分、欠点として、ダメみたいっす。 今でも「ママ友より、あんたといる方が100倍楽しい」と腐れ夫に告ってきます。哀れ。 もちろん、夫婦の方針として、保護者としてやるべきことは全力でやりますよ。 保護者会への出席、行事への参加、役員の仕事、ボランティア、妻は皆勤賞、手抜きなしです。 だもんで、 やることやったら、さっさと帰ってこればいーだよ。 やることやったら、やらんでいーことは、堂々とやらんでいーだよ。 斉藤さんで行こう。 ぼーん、とぅーびー、さいとー。 ![]() 今でも忘れられないエピソードがある。 長女の卒園が近づいた頃、ある園児のママが、 「卒園式の後、会場を借りて先生方を招き謝恩会を開催したい」と言い出した。 実際のところ、毎年誰が言い出すともなく謝恩会は執り行われるようなのだが、 あくまで園が要望する会ではなく保護者の有志。やらない年はやらない。 ところが、その年の謝恩会は、主催者ママがノリにノッており、 保護者による寸劇や歌、その他多くの出し物が企画され、 歴史に残る大々的な謝恩会になるとのだった。 どうしよう、出たほうがいいかな? 劇とか、歌とか、準備とか、 正直ちょっとよく分かんないんだけど。 と妻が相談してきた。 オーケーベイビー、斉藤さんで行こう。 と僕は答えた。 やる人を否定はせぬ。ぞよ。 ただ、自由参加なら、うちはやらぬ。ぞよ。 シンプルに、その日は、何の日? 長女が保育園を卒園する日。 式が終わったら、家族でささやかに長女の卒園を祝いたい。 公務員の保育士が勤務時間内に職務を離れ、 市民の接待を受けるというのは、どうなのだろう? という疑問も正直あった。 そもそも、先生たちは、謝恩会を心から望んどるんかいな? てか、その謝恩会は、本当に先生たちの為の会なんかいな? 実際のところ、誰の為の会なんかいな? 違和感。 こういう素朴な違和感には、経験上、感じたまま準ずるほうがよい。 それから卒園式までの数か月にわたり、保護者たちは、 夜な夜な集まって、打ち合わせや準備、劇や歌の練習などをしたというが、 うちは一切参加しなかった。ごめんなさい。 少し前、このブログで、 「地域に貢献するため町内会に参加するべきだ」という日記を長々と書いた私ですが、 うち、何でもかんでも参加するわけではござぁ~せん。 町内会は町内会。謝恩会は謝恩会。 会による。 すまん。 卒園式当日のこと。 僕の違和感は最高潮に達した。 先生のオルガンの演奏に合わせて入場する園児たちのなかに、 長女の姿を見たとき、僕は思わず号泣してしまった。 こいつめ、大きくなりやがって。 感慨無量だった。 んが、まわりの保護者達の様子は、どうも違った。 感動はそこそこに、妙に落ち着きがないのである。 そわそわしているのである。 気もそぞろなのである。 恐らく、式終わりに会場を移動して開催する謝恩会のことが、気がかりなのだ。 二部構成の卒園式の第一部が終わり、 皆で懐かしの写真をスライドで見る第二部が始まると、 もう、ふわっふわしているのである。 気持ちここにあらずなのである。 挙句、少々時間が押して二部が合わった途端、参加者一同ダッシュで会場に走って行きよった。 会の準備や、催しの最終打ち合わせの為であろう。 いや、分かる、け、ど、も~。 おーい、今日は何の日だー? 卒園式は、謝恩会の前座じゃないと思うぞー。 なんつって、心中でこっそりとツッコミを入れながら、 僕は卒園式の感動冷めやらぬまま、一人で自宅へ直帰した。 妻は、長女の付き添いで、謝恩会の見学へ行った。 何となくの流れで、会場へは園児も全員移動するみたいだったからだ。 妻と同じ見学のみの不参加者は、数名いたとのこと。 その後、保護者達の渾身の謝恩会は、滞りなく終わり。 閉会の挨拶で、主催者のママが、会の成功に感極まって泣いてしまったらしい。 おーい、すっかり目的変わっとるぞー。 会終了後、参加者一同「打ち上げ」称し、子連れで夜の街へ繰り出して行ったらしい。 おーい、もー好きにやっとくれー。 僕たち「斉藤一家」はその夜、家族だけで、静かに長女の卒園を祝った。 妻がつくった美味しいご馳走を食べながら、 あんなことがあった、こんなことがあった、家族で保育園の思い出を、いつまでも語り合った。 分からない。 僕と妻は、あの時、大切な時間や貴重な体験を、惜しくも逃したのかもしれない。 同じ歳の子を持つ保護者さんとの親睦を、無碍に断った非情な夫婦だったのかもしれない。 ねえ、斉藤さん、どう思いやぁ~す? もう四年前の話だ。 にほんブログ村 ↑ポチッと一枚! ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.06.29 14:48:15
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