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カテゴリ:読書
大坂の町に、将軍家治のご落胤「天六坊」なる者が現れた。 すわ天下を揺るがす一大事! のはずが、こんな時でも大食漢の西町奉行・大邉久右衛門の頭の中は美食の探究一辺倒。 貧乏飯屋「業突屋」のトキ婆さんからもらったハゼを天ぷらにしたのだが、どうにも口に合わない。 実は大坂と江戸の天ぷらには大きな違いがあって…(「ご落胤波乱盤上」)。 他、型破り奉行が大活躍の2編を収録。 シリーズ第4弾。 【目次】(「BOOK」データベースより) ご落胤波乱盤上/浮瀬騒動/京へ上った鍋奉行 ::::::::::::::::::::: この小説は、江戸時代の大坂を描いた時代小説。 ということは、かつての大坂のようすが分かるだろうと思い図書館で借りた。 当時のことが分かるところをメモしておこう。 ●油にはほかに、椿油、エノ油、ごま油、綿油(わたあぶら)などがあるがどれも菜種油に比べると高価である。 もっとも菜種油もそれほど安いわけではなく、「菜種一升で米二升」といわれるほどであるが(略)。 *■大阪茶屋町・鶴野町周辺■は、その昔、一面の菜の花畑の広がる土地でした。 何のために植えられたかというと、菜の花の実である菜種から採れる菜種油を採取するためで、近世以降、灯明用の油の需要が高まり、その頃から多く植えられるようになったようです。 茶屋町・鶴野町の菜種は遠く、江戸や北海道にまで送られたと言われます。 ●「つけ揚げやったら知っとりま。 うどん粉を水で溶いてぼってりしたやつを魚につけて、菜種油か胡麻油で揚げたやつだすわ。 江戸ではあれを天ぷら言いまんのか。」 ●ここは上町の崖のうえで、遮るものはなにもなく、松原の向こうに、海をゆく白帆が遠望できる。 沈む夕日はことのほか美しく、浪花の地の絶景の一に数えられている。 *地名に「夕日丘」というのがあるが、大坂の夕日の名所だったところだ。 ●奉行所での裁きは毎日行われるわけではない。 毎月、二日、五日、七日、十三日、十八日、二十一日、二十五日、二十七日の八度だけ開かれる。 これを「御用日」といい(略)。 ●源八の渡しあたりで船は左岸に寄り、舵取りと手替わりの船頭が束ねた綱を携えて堤に降りた。 そこに三人の人足が待ち構えていて、五人でその綱を川上に向かって引きはじめた。 川の流れに逆らって京を目指すには、四人の漕ぎ手の力だけでは足りぬ。 二十八人の客と四人の船頭、それに多くの積荷を合わせた重みはかなりのものだ。 それゆえ伏見に至るまでの九ヵ所で、「引き子」が帆柱に結び付けた引き綱で船を引っ張るのだ。 ●武士が官位をもらうには、五十両から七十両ほどの金子を帝や関わりのある公家たちに進上しなければならない。 ■鍋奉行犯科帳■ ■浪花の太公望:鍋奉行犯科帳■ ■「鍋奉行犯科帳・道頓堀の大ダコ」■ ■鍋奉行犯科帳:お奉行様の土俵入り■ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.02.09 19:42:52
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