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つれづれなるままに―日本一学歴の高い掃除夫だった不具のブログ―

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2005.04.10
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カテゴリ:詩論・文学論
萩原朔太郎に「小泉八雲の家庭生活」という小文がある。
アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれたラフカディオ・ハーンは、生まれながらのボヘミアンだった。「どこにもない」魂の理想郷を求めて世界中を彷徨い、ついに極東の地にたどり着く。

日本人が一般にイメージするハーンは、和服を粋に着こなし、煙管でタバコを吸う親日家の「小泉八雲」の姿だろう。だが、ボヘミアンとして彷徨える魂のハーンは、決して「日本」に満足したわけではなかった。彼が愛したのは「文明開化の日本」ではなくあくまでも「失われゆく古きよき日本」であり、その象徴たる彼の妻と子ども達であった。

小泉セツは武士の家の娘としてよく「婦道」に通じ、三つ指を立てて異国からの婿養子に忠実に仕えた。西洋人にしては短躯でしかも片眼失明、片目近眼だったハーンは、どこに行ってもからっきしもてなかったが、日本に来て初めて美しい女性と親しくなり、子どもまでもうけた。彼が日本に帰化し「日本人」になったのは、「日本」を愛する以上に「妻子」を愛するためであり、法律上のことも含めてその将来を案じての事だった、と朔太郎は言う。

云われてみれば思い当たる節がある。八雲は熊本の九州男児的なますらおぶりが好きではなかった。文明開化の象徴たる東京は大嫌いだった。彼が愛したのはあくまでも「夢と幻想の国・日本」であって、それは八雲と彼の妻セツとのあいだで繰り広げられる奇妙な相互作用の中にしか存在しなかった。

子煩悩であった以上に愛妻家であった八雲は、何処に行くにも妻を連れて歩いた。妻を「小さいかわいいママさん」と呼び、夫婦にしか通じない奇妙な日本語で会話した。八雲にとってそれがどれだけ至福のひと時であったかを力説する朔太郎の筆致は、碧眼の「日本人」のなかに自分と同じ魂を見出したもののそれである。

いや、もっと有体に言うなら、それは、セツのような妻をもちえた青い眼の「日本人」に対する朔太郎の羨望の溜息、ではなかっただろうか?

参考文献
『萩原朔太郎全集』第11巻:筑摩書房





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Last updated  2005.04.11 16:45:58
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