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つれづれなるままに―日本一学歴の高い掃除夫だった不具のブログ―

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2011.08.21
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カテゴリ:食べ物
図書館から借りた。596.2だから、「家政学・生活科学―食品・料理―歴史」の本である。巷にラーメン本はわんさとあるが、文献や聞き込みで丁寧に取材した本書は、日本のラーメン黎明期の歴史に関する基礎的な文献である。基礎的文献だからして、今では「差別用語」となってしまった「シナそば」「シナチク」という言葉も頻出する。現在は講談社+α新書から刊行されているようだが、そのあたり、きちんと押さえられているだろうか。

内容については目次を見るに如くはなし。「シナソバは、なぜラーメンとよばれるようになったのか」「日本で初めてラーメンを食べた人」「にっぽん中華料理史」「シナチクはいかにしてラーメンの上にのるようになったか」「浅草来々軒誕生物語」「さっぽろラーメンのルーツを求めて」

ある程度のラーメン好きならどこかで聞きかじった内容が多いだろうが、大本のネタは多分ここから来ている。たとえば「日本で初めてラーメンを食べた人」。答は水戸光圀だが、覚えるだけなら受験勉強とさして変わらない。要は光圀の儒学の師匠が、うどん好きの光圀にたびたびレンコンの粉を送っていて、そのレンコンの粉なるものは他のでんぷんと混ぜて、中華麺の材料になる、という二つの事実からの推論である。江戸の人口100万人が、当時のコメの流通量から推論されるのと同じようなものだが、こうしたプロセスを知ることの方が、結果だけ覚えるよりも大切だと思う。「ラーメン」「シナチク」の由来についても、またかくのごとし。

「にっぽん中華料理史」はなかなか勉強になった。要点だけ述べる。
・中華料理は、本格的な材料の調達が難しかったため、西洋料理より普及が遅れた。
・日本人は、日清・日露戦争を通して、中華料理のおいしさに目覚めた。


後者について言えば、「日清戦争で駆り出されたのは多くお百姓さんたちであった。彼らが中国で見つけたのが白菜であり、以後日本の食卓に欠かせない野菜の一つになった」というのと同じような秘話だと思う。またチャンポンの語源についても書いてある。もともとは中国人平順が考案したチャポンが由来であり、福建語で「ご飯を食べる」という意味である。それが日本人が発音しやすいようにチャンポンになった、云々。

内容についてあまり詳しく書くとかえって興をそぐので、これくらいにしておく。最後に一言。『ラーメン発見伝』を読むと、昔のラーメンを再現しても、舌の肥えた現代人にはまずくて食えた代物じゃない、というようなエピソードがしばしば出てくる。それはある程度そうかもしれない。また、戦争直後は材料の調達が困難だったことから、ラーメン100年余の歴史の中でも最暗黒の時期に相当するだろう。しかし、浅草来々軒など黎明期のラーメンは中国人が作って、従来の麺料理店と伍しながら、それなりに繁盛していたのである。今日のうどん屋や蕎麦屋が、百年前に比べて格段に味が向上したとは思えない。であれば、少なくともいかに明治時代のラーメン屋と言えども、今日のうどん屋・蕎麦屋並みのおいしさはあったのではないか。まずくて食えたものではない、というのはそれこそ舌の肥えたラーメン通の主観にすぎない、と本書を読んで強く感じた。





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Last updated  2013.08.18 10:48:37
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