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偐万葉田舎家持歌集

偐万葉田舎家持歌集

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2021.08.13
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カテゴリ:銀輪万葉
​​(​承前​)
​​​​​​​​ 寶ノ海神社から国道2号に戻り西へ。民家と民家の間の狭い路地のようなところを北に入るとJR線、山陽電鉄線の線路の下を潜る通路がある。
 この路地はうっかり見落としてかなり先に進んだところで、来過ぎていると感じ、引き返して見つけたもの。
 線路の北側に出ると急な坂道。住宅が立ち並び見通しがきかないので、方向感覚だけを頼りに路地を行く。
 やがて視界が開け、大きな古墳が見えて来る。

(五色塚古墳 右手奥に見えているのは明石海峡大橋)
 五色塚古墳と我がトレンクルとのツーショットです。
 五色塚古墳は、4世紀末~5世紀初頭頃の築造と推定される古墳時代中期の前方後円墳である。日本で最初に復元整備された古墳。
<参考>​五色塚古墳​・Wikipedia

(同上)
 日本書紀には、仲哀天皇没後の皇位をめぐって、神功皇后の子・まだ赤ちゃんの誉田別
(ほむたわけ)(のちの応神天皇)に皇位が行ってしまうことをよしとしなかった、麛坂王(かごさかのみこ)と忍熊王(おしくまのみこ)(仲哀天皇と大中姫との間の子)が、神功皇后母子ともに殺してしまおうと計画し、仲哀天皇の陵を造ると偽って、軍兵を集め、明石海峡に船を多数並べ渡し、これを橋として、淡路島の石材を運び、赤石(明石)に山陵を造ったという記述がある。今で言う海上封鎖であるが、これは菟餓野の祈狩(うけひがり)の結果が凶と出て中止、海上封鎖を解いている。
<参考>
​​
時に麛坂王かごさかのみこ忍熊王おしくまのみこ、(中略)「いま皇后、みこします。群臣まへつきみたち皆従へり。必ず共にはかりてわかみこを立てむ。吾等われら何ぞこのかみおととしたがはむ」といふ。すなはいつはりて天皇のためみささぎつくるまねにして、播磨にいたりて山陵みささぎ赤石あかしつ。りて船を編みて淡路嶋あはぢのしまわたして其の運び造るすなは人毎ひとごとつはものを取らしめて、皇后をつ。(日本書紀 神功皇后摂政元年2月の条)
​​​​​​ この赤石の山陵は、位置的には五色塚古墳ということになる。

(同上 右端に写っている建物のあるところが入口)
 五色塚古墳のことは予ねてより行ってみたいと思っていたが、今日まで果たさずにいたので、今回が初訪問。
 道の向かいにも小壺古墳というのがある。

(史蹟・小壺古墳)

(同上・説明碑)
 墳丘の上に上る階段があるので、上って、墳丘上から明石海峡大橋を撮ってみようと入口へ向かったが、入り口前の説明版には閉門が午後5時、入場は午後4時半まで、と記されていた。既に5時を過ぎていたので、門は未だ開いていたが、入場を諦めて、舞子公園へと向かう。
 眺め損ねた墳丘上からの眺め。上記<参考>のWikipediaに掲載の写真をお借りすることで、記事体裁を取りつくろって置きます。

(五色塚古墳頂上からの眺め)
 山陽電鉄・霞ヶ丘駅東側のガード下をくぐり、五色山の住宅街の丘へ。丘を越えて坂を下ると駅方向から下って来る坂道に出合う。其処からさらに坂を下るとJR線の下をくぐって国道2号の霞ヶ丘南の信号に出る。ここで横断歩道を渡ると舞子公園の入り口である。

(参考地図 五色塚古墳から舞子公園へ)
 舞子公園(正確には舞子公園に隣接するアジュール舞子公園と言うようだが)に入り海岸に出ると右手に明石海峡大橋。

(明石海峡大橋 対岸は淡路島)
 浜は砂浜になっていて海水浴もOKのようです。
 時刻は既に午後5時15分。
 さすがに、泳いでいる人の姿は見えない。
 砂浜では、白い水着の若い女性が二人、顔を寄せ合ってコチラ向きに、海を背景にスマホで楽しそうに自撮りをしている。何やらほほえましい光景でありました。
 大伴家持の歌を思い出したが、見知らぬ若い女性の水着姿にカメラを向けるのは、不適切と撮影は差し控えました(笑)。

雄神川(をかみがは) (くれなゐ)にほふ 娘子(をとめ)らし
    葦付(あしつき)取ると 瀬に立たすらし (大伴家持 巻17-4021

​​​​​​​​​​​​​​​ 大伴家持の歌は、川、赤い裳、こちらは海辺、白い水着。
舞子浜 白き水着の 娘子らし 自撮りをせむと 浜に立つらし (偐家持)

(参考地図 舞子公園)
 ホテルセトレをぐるりと周回している海岸通りをめぐって、アジュール舞子公園から県立舞子公園の方へ。
 孫文記念館の前を通って、明石海峡大橋の直下を通り抜け、JR舞子駅へと向かう算段である。
 途中で明治天皇の歌碑があったので、拝見して来ました。遠目からは歌碑には見えず「何だろう」と思って近づいてみたら歌碑でありました。
 メリケンパークでは昭和天皇の歌碑を撮ったのであるから、明治天皇の歌碑も撮影しなくてはなるまい。

(明治天皇御製歌碑)

(同上・説明副碑)

(同上・正面)
はりまがた 舞子の浜に 旅寝して 見し夜こひしき 月の影かな​

(同上・右面)
あしたづの 舞子の浜の 松原は 千代をやしなふ 處なりけり

(同上・左面)
はり万がた 舞子の浜の はま松の かけに遊ひし 春をしそ思ふ

(同上・裏面)
 明治天皇は7回も舞子に行幸。その際の御在所となっていたのが、料理旅館の亀屋旅館。1928年、国道2号の拡張工事で立ち退き移転した亀屋旅館の跡地がこの歌碑のある場所とのこと。

(孫文記念館)
 前方に見える孫文記念館の方へと走る。
 これを回り込めば、明石海峡大橋の直下である。

(同上・案内説明板)
<参考>​孫文記念館ホームページ
    ​孫文記念館​・Wikipedia

 孫文記念館にはもともと入館する予定はなかったのだが、開館時間は午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)。
 時刻は既に午後5時39分。閉門していました。
 門の脇には、獅子文六の小説「バナナ」の一文を抜粋した文学碑がありました。

(同上・獅子文六文学碑)

(明石海峡大橋)
 西の空が朱に染まり始めている。
 橋の直下にベンチがあったので、そこに坐って撮ったのが下の写真。

(同上・直下のベンチから撮影)
 何やら記憶にある画像。
 2009年7月の淡路島・明石銀輪万葉の旅で、向かいの淡路島側から同じアングルで撮った写真の記憶でした。
<参考>​淡路島・明石銀輪万葉​ 2009.7.18.

(同上・淡路島側から<再掲載>)
時を経て 向かひ合ひたる ヤカモチの 明石大門の 下なる眺め

(参考地図 舞子公園からJR舞子駅へ)
 JR舞子駅に向かい、駅改札前でトレンクルを折りたたみ、輪行バッグに収納、帰途につきます。
 以上で敏馬から舞子への神戸銀輪散歩終了です。
 ながらくのお付き合い、ありがとうございました。(完)
<参考>兵庫県方面の銀輪万葉の過去記事は​コチラ​。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​





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最終更新日  2021.08.13 17:31:54
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