カテゴリ:映画・演劇(とりわけミュージカル)評
Me And My Girl は、ぼくをミュージカルにはめてくれた作品。
毎日見てもいいくらいだ。 よく、死ぬ前に食べたい食べ物は? というアンケートがあるけど、 ぼくは食べ物などどうでもよくて、「ミー&マイガール」を見て死にたいよ。 ![]() 第1幕の締め「ランベス・ウォーク」というナンバーのノリで、文句なしに元気が出る。 貴族のパーティー。 ホスト役は、先代の落とし胤(だね)、下町ランベス育ちのビルことウイリアム・スナイブスン。 そこに恋人サリーと下町の仲間たちが派手な格好で闖入(ちんにゅう)する。 ホスト役のビルが 「貴族流に振舞おうとする自分はやっぱり場違いさ。下町ランベスでは、こうやって生きてるのさ。歩き方ひとつでも……」 といって歌いだすのが The Lambeth Walk だ。 はじめは ビル+下町の仲間たちで歌い踊っていたのが、いつしか 取りすましていた貴族たちも召使たちも みんなツラれて踊りだしてしまう。 きっと、イギリス人にとって「俺たちみんな英国人さ!」の共感に包まれあうためのサイコーのナンバーなのだろう。 だからこそ国難の時代、昭和12年から1646回のロングラン公演を女王陛下もご覧になったのだろう。 きのう東京宝塚劇場の月組公演に行ったら、公演のCDとDVDが前日に発売になったところだった。(ミュージカルの神様、ありがとうございます!) 東京公演に先立つ宝塚大劇場での公演を収録したから出来る早業(はやわざ)だ。 いいナンバーがいっぱいあるのだけど、しみじみ じんときたのが、彩乃(あやの)かなみ さんのサリーが歌う Take It On The Chin. 彩乃かなみさんは今回の「ミー&マイガール」で宝塚歌劇団を退団する。彼女にとって、宝塚とのお別れという切ない思いがある公演だ。 Take It On The Chin は、恋人のビルが思いがけず貴族の世継ぎの地位を得ようとしているのを前にして、断腸の思いで身を引く決意をしたサリーの思いを歌っている。 じたばたせずに、顔には微笑みを絶やさずにいようと。 ビルとの別れをせつなく思う気持ちが、宝塚歌劇団とのせつない別れを前にした彩乃かなみ さんの今と、どこか重なっているからだろうか、きれいな指で心をいたぶられてしまった。 この take it on the chin というのは英語のイディオムで、accept something unpleasant in a brave way without complaining(不本意なことでも潔く不平不満を言わずに受け入れる)という意味のインフォーマルな表現。 日本語でいえば 「じたばたしない」 あたりだ。 ところが、これはもう痛恨の誤訳の領域だと思うが、宝塚公演ではこれを直訳して「アゴで受けとめる」と訳しているのである。 これが男役のセリフなら許せるが、可憐なサリーの唄う歌に「アゴで受けとめる」はないだろう。 ≪ちょっとした知恵 悲しみ受け流す知恵 アゴで受けとめて ニヤリとしてから スマイル≫ この歌詞は絶対的違和感があるのだが、おそらく20年前の昭和62年の本邦初演以来、こう訳されてきたのだろう。 「アゴで受けとめて」という8音節は、 「じたばたしないで」 と訳せばよかった。 成句にこだわるなら、日本語では「歯をくいしばって」(8音節)となるが、「歯をくいしばってスマイル」では表現として失格だ。 次の公演では「じたばたしないで」に直してほしい。 このナンバーは、平成18年6月の帝国劇場公演では笹本玲奈さんが歌った。 歌詞は覚えていないのだが(プログラムにも採録されていない)、なんとなく「あれ?」という感じがあったのを覚えているので、きっと「アゴで受けとめて」的な誤訳は共通していたのではなかったか。 そのときの笹本玲奈さんの振付は、あまりにファミリー・ミュージカル的だった。 「スマイル! スマイル!」というところで両手を広げて頬にそばだてて「お日さまで~す」のポーズをさせられていた。 あそこだけは、見ていてはずかしかったのである。 これは笹本さんが悪いのではなく、当時の振付の玉野和紀さんの責任だけどね。 玉野さんは、日頃いい仕事をしておられるのに、玉に瑕(きず)が出てしまった。 宝塚公演では「スマイル! スマイル!」もごく自然な身振りで、彩乃かなみさんの気持ちがそのまま伝わった。 2年前の帝劇公演で笹本玲奈さんは「よい子」を抜け出せずに、下町のサリーも品が良すぎた。 彩乃かなみ さんのサリーは生成(きな)りにアバズレていて、まさにあるべきサリーだった。 第2幕最後の笹本玲奈さんのサリーはダイアモンドをちりばめたように輝いていて、あの女神のようなサリーは誰も超えられない。 彩乃かなみ さんのサリーも品格が際立っていて、月組でヒロイン役をつとめてきた彼女にまことに似つかわしいエンディングだった。 瀬奈じゅん さんの演じる やんちゃ貴族のビルは、いたずらぶりが冴えわたっていて、帝劇版の井上芳雄さんもハダシだ。 妖艶なジャクリーンを演じていたのは明日海(あすみ)りお さんだった。 恵まれた容姿に加えて、演技に遊びを交える余裕も持ち合わせている。彩輝(あやき)なお さんを思わせる、すばらしい才能だ。 明日海りお さんは、6月3日の新人公演のほうで男役のビルを演じている。藝の幅も広いのだ。 明日海りお さん、きっとトップスターになるひとだと思う。 このスウィートなミュージカルに、快い塩味というか隠し味というか、ちょっとハズしてホッとさせてくれる存在が弁護士セドリック・パーチェスターだ。 今回これを演じているのが、宝塚の専科所属のベテラン未沙(みさ)のえる さんだ。 このパーチェスター役は、満座の前で意を決して「ドジョウすくい」を踊り始めるようなところがあって、よほど気合を入れてやらないと観ているほうが恥ずかしくなってくる。 この実に難しい役を、21年前の昭和62年につとめたのが、やはり未沙のえる さんだった。 みごとな歴史を背負った配役で、絶品だった。 この次、帝劇で「ミー&マイガール」をやるとき、宝塚から一人出向していただくとしたら、未沙のえる さんの弁護士パーチェスターだ。 (公演は、東京宝塚劇場で7月6日まで。 わたしは8時40分から並んで15時半開演の立見席当日券をいただきました。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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