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カテゴリ:ニャン騒シャーとミー八犬伝
宿を出立した丶大と犬江親兵衛とその祖母妙真は安房の国里見家を目指していた。 彼らは安房の国まであと二十里ほどだが、最後の難所の峠越えの最中だった。山間の細い道はくねくねと折れ曲がり、ようやく目の前の道に達して先を見ると再び次の道が山の中に消えているという具合に、途方に暮れるような工程が続く。 丶大は四歳の親兵衛を背中に背負い、妙真はその後に付き従う。
キキキキキ ヒヨドリの鋭い鳴き声が谷にこだまする。
僧の姿に身をやつす、里見家随一の猛者丶大こと金鞠大輔は先ほどから不穏な空気を感じ取っていた。 ヒヨドリのあの鳴き声は危険に対する仲間への警告の声である。 何かが差し迫っているとみて間違いない。
熊か狼か、はたまた人間か? 彼の鋭い目は抜かりなく山肌を見渡し、藪を見通し、予兆の兆しを嗅ぎ分けていた。 彼はふと足を止めた。 彼の視線の先には十畳ばかりの広い場所が見えてきた。 待ち伏せには良い場所だ。 木の縁、藪の間、岩の上。視線を次々と変え怪しい影が潜むのを見定めようとしたが、結局それは取り越し苦労のような気がした。 「どうなさいました?」 妙真が不安そうに丶大に問いかけた。 丶大は後ろに続く妙真に頷くと、背中で眠る親兵衛を担ぎなおし意を決して足を踏み出したその時。
ズザッ けたたましく藪を踏みつける音がして、三人の男が身を隠していた覆いを脱ぎ捨てて木の上から降り立った。 先程からの怪しい気配はこれだったのだ。 「妙真殿、早く。」 丶大は叫ぶと前へと走り出し、先ほどの広まった場所へと向かった。 彼らがようやくたどり着くと、岩の向こうから更に三人姿を現し、反対側の道の向こうから四人が行く手を塞ぐように走り出てきた。 丶大はあわただしさに気づき目を覚ました親兵衛を妙真に預けると、安全な場所まで退き二人を匿いながら仕込み杖から刀を抜きだした。 だが相手は十人。 それも身動きが難しい狭い場所である。 屈強な金鞠大輔ひとりなら勝算は十分だが、女子供をかばいながら無事に切り抜けるのは至難の業だ。 「坊主、物騒な物を持ってるじゃねえか?そんなものはしまって有り金全部と金になるものはすべて置いて行きな。ああ、その小僧と女もな。二人とも売りゃあ結構金になる。素直にしねえなら、この谷底で他の奴らと一緒に骨になってもらうぜ。」 そう言って頭と思われる男は谷底を指さした。 確かに二十間ばかり下の谷底には何かの死骸と思われる塊がいくつか見えた。 既に人か獣か見分けはつかなかったが。 丶大は刀を右肩まで下ろし腰を低く落とし八相の構えを取った。 男たちは徐々に間合いを詰め、一人の男が不意に切りつけてきた。 だが丶大の刀さばきは目にも止まらない速さで一閃され、男の首は体を離れ小岩の様に崖を転がり落ちて行った。 丶大の腕を見て取った男たちは、気を引き締めなおして多勢に無勢を頼りに周りを取り囲み始めた。 さすがにいっせいに四方から攻められては到底防ぎようもないだろう。 丶大は男たちを回り込み山道の縁へと退いた。 「どうした坊主、その後ろは谷底だぜ。そこから真っ逆さまも悪くはねえ。あとはお前たちの死体から金品をはぎ取るまでよ。」 男は黄ばんだ歯を見せてせせら笑った。 妙真たちを背中に隠し丶大が構えたとき、突如後ろから爆発するように激しい光が襲い男たちは目を覆った。 丶大もすかさず振り向いたが、不思議なことに光はなく先ほどまでののどかな山間の風景が広がっていた。 だが、妙真の悲鳴を聞きつけ丶大も気づいた。 突如として親兵衛の姿が消えたのだ。妙真の胸にしっかりと抱きかかえられていたはずの親兵衛が。 丶大は男たちに振り向いた。男たちはまだあまりにも眩しい光に目を覆い、こちらを見ることが出来ないようだ。 丶大と妙真は先の道へと回り込み駆け出した。
ようやく逃げ延びた二人は言葉を交わしたが、余りにも不思議な出来事に呆然とたたずんだ。 「妙真殿、親兵衛は?」 「それが私の腕から消えるように・・・・」お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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