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2020.02.06
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朝日が山肌を赤く染めるころ、妖猫との戦いを終えた犬村角太郎は手の平からこぼれる土を見つめて人目はばからず涙していた。

彼の前には、短い間ではあったが夫婦として過ごした雛衣の亡骸が眠っている。

誤解から彼女を苦しめ、何一つ幸せな思いをさせてやれなかった自分を責めながら彼は涙を拭おうともせず、ひたすら落ちて行く土を見つめていた。

もう片方の手には雛衣の体内から転がり出た『礼』の文字の浮かぶ光る珠が握られていた。

 

犬飼現八、犬川荘助、夢曽根雷の三人は、角太郎の震える肩を後ろからじっと見つめていた。

犬村角太郎はその後大角と名乗り八犬士の一人として里見家に仕え、里見義成の三女・鄙木姫と再婚することになるのだが、命日には雛衣の墓に必ず花が手向けられた。

 

自ら泥まみれで掘った角太郎の泥だらけの両手を優しく包んで荘助は言った。

「犬村角太郎殿、そろそろ参ろう。」

角太郎は小さく頷き、よろよろと立ち上がりしばらくうつむいていた。

その肩を現八が励ますように抱えた。

三人が山から降りるべく足を踏み出したとき雷が叫んだ。

「あ、あれは?」

三人が振り向くと雛衣の墓標から光がほとばしり、その光は徐々に天空に上り始めた。

そしてその光の登った先には、大きな犬に跨った一人の姫の姿があった。

 

「もしやあれは・・・・・」

荘助はそう言って現八の顔を見た。

現八はうなずいて言った。

「伏姫様?」

 

やがてその光は雛衣の姿となり、角太郎に柔和な笑みを浮かべると犬に跨った姫に手を引かれながら朝日の中に吸い込まれて行った。

 

 

所変わりここは下総の国市川の宿の飯屋。

四歳の親兵衛(しんべい)は旅の疲れですっかり寝込んでしまっていた。

うどんをすする旅の僧の名は丶大(ちゅだい)、そう八犬士を探す旅に出た金鞠大輔(かなまりだいすけ)の世を忍ぶ名である。

共に旅をするのは妙真という少し年は取っているがなかなかの美貌の女性で、実は親兵衛の祖母である。

丶大は山林房八と沼藺(ぬい)という夫婦の子供である親兵衛を偶然から救うことになった。

沼藺は実は小文吾の妹であり、つまり親兵衛は小文吾の甥という事になる。

山林房八は市川の船主・犬江屋の主であったが、小文吾との相撲の勝負の因縁で沼藺を離縁して小文吾の親元である那古家へ返した。

その後、房八が那古家へ押しかけた際に小文吾ともみあいになり、誤って沼藺を切り子供の真平(しんぺい、のちの親兵衛)を蹴り殺してしまうが、小文吾に切り捨てられた。

蹴り殺された真平を蘇生させたのがたまたま通りかかった丶大だったのだ。

真平は生まれつき左手が開かなかったが、この時左手が開き『仁』の字の浮かぶ珠を持っていた。

そして房八に蹴られた左わき腹に牡丹の痣が残り、丶大により見出された真平は犬江親兵衛と名を改められ、祖母の妙真とともに里見家へと送り届けられる途中であった。

 

「この坊や可愛い顔して寝ている。」

隣の席で食事をしていた女性がそう言って丶大たちに微笑みかけた。

「父五里の義兄さん、そういえば蘭ちゃんが有馬の温泉で迷子になったのはこのくらいの頃じゃなかったかなあ?」

その女性の夫である母五里(もごり)が言った。

「そうだなあ、あん時は本当にどうなるかと夜通し探しまわったよ。妹の喜利も『姉さん、姉さん』って必死に叫んでな。」

父五里は懐かしそうに一杯やりながら笑った。

「それがどう?今じゃ私たちが行商の仕入れに出ている間に、うちの百合も一緒に面倒を看てくれるしっかり者の若奥さんになって。」

そう言って母五里の妻も嬉しそうに笑った。

「芹に頼まれた能登のこけしも買ったし、もうすぐ我が家よ。みんな達者に暮らしてくれているといいんだけど。」

そう言って父五里の妻は西の方角に目を馳せた。





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最終更新日  2020.02.06 00:00:17
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