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2020.04.09
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犬江親兵衛。
下総の国市川に生まれ山林房八と沼蘭という夫婦の間に生まれる。ちなみに沼蘭は犬田小文吾の妹で、いわば小文吾は彼の伯父に当たる。
脇腹に牡丹の痣があり仁の珠を持つ。
まだ四歳の頃、丶大に連れられ祖母の妙真と安房の国に送り届けられる途中、盗賊に襲われた際に神隠しに会い行方不明となる。
しかしこれは伏姫の成したことで、彼は伏姫の下で成長を遂げることになる。
彼には比瑪という犬族の女が当てがわれ、齢八百歳をこえる仙人の役行者(えんのぎょうじゃ)より課される試練を乗り越えるごとに五年の歳を重ね、今彼は十四歳となっていた。

背丈ほどある麦の茂る畑の間を比瑪が素早い身のこなしで走り去る。
その後を十四歳に成長した犬江親兵衛が追いかける。
十四歳に成長といっても、ほんの半年前にはまだ四歳だった彼は役行者の課す試練を乗り越え今や少年へと成長していたのだ。
比瑪は畑の角を鋭く曲がり、別の麦の穂の列に飛び込んだ。
親兵衛も素早くそれを捉え、一気に麦の頭を飛び越えると比瑪の目の前に降り立った。
がその瞬間、比瑪も素早く麦の隙間を突き抜けて一気に姿をくらますことに成功した。
親兵衛はそこでしばらく目をつむり辺りの気を計り、エイっと掛け声を掛けると一気に跳躍して、十間先の穂の間に着地し腰をかがめて身構えた。
次の瞬間、比瑪が彼の腕の中に飛び込んで来た。
「捕まえたぞ比瑪。どうだ?」
比瑪は苦々しい顔をしながら親兵衛の顔を睨みつけた。
「親兵衛。もう私はお前には敵わない。そろそろ役行者様に次なる試練をお願いしようではありませぬか?」
親兵衛はニヤリと笑って比瑪を抱きかかえた。
四歳だった半年前は比瑪の背中に片腕を預けるほどであったのに、今や難なく抱きかかえるほどに成長していた。
「そうだな。では役行者様の所まで競争だ。」
親兵衛は比瑪を足元に降ろすと、比瑪は途端に走り始めた。
「こら比瑪、ずるいぞ!」

役行者は夏の暑い日差しを避けて、渓流の涼し気なそよ風が渡る木陰の岩場でのんびりと昼寝をむさぼっていた。
いくら仙人と言えど、平安の昔から足掛け八百年も生きていると、さすがに疲れるものだ。
特にこの暑さには少々うんざりしていた。
そこへ、ズザザザザザー。
騒々しい音ともに一人の少年が仙人の横たわる岩の上に跳ね上がってきた。
「なんじゃ、親兵衛か?騒がしいではないか?わしは今昼寝中じゃぞ。」
親兵衛は仙人の前に立ちはだかるとまっすぐ老人を見下ろしていた。
仙人の目は真夏の暑い日差しと、その日差しをゆらゆらと見え隠れさせる木の葉の影に目を細めて見上げていた。
「役行者様、私に次なる試練をお与えください。私は早く兄たちに追いつきたいのでございます。」
そう言って親兵衛は仙人の前に跪いた。
そこへようやく比瑪も到着して、息も絶え絶えに言った。
「役行者様、比瑪からもお願い申し上げます。もうこの比瑪には親兵衛の相手は務まりませぬ。」
仙人は大きくため息をつくと、重たげに身を起こすとひざまずく親兵衛の前であぐらをかいて、胸をぽりぽり掻きながらしばらく考え言った。
「そうじゃな、八犬士もそろそろ一同に集まりつつある、お前もそろそろ次なる試練を乗り越えて元服の時を迎えるのも良かろう。」
親兵衛は目を輝かせ、老いた老人の唇が開かれるのを待った。
「親兵衛、お主ももう十四じゃ。今までの様にたやすい試練という訳にはいかぬぞ。覚悟はよいか?」
仙人はたやすい試練と言うが、年相応に同じ年頃の子にはとてもこなせるような試練ではなく、親兵衛は類まれなる知恵と勇気と若干の運に恵まれ見事に乗り越えて来たのだが。

役行者は目を閉じ、しばらく誰かと話すが如くむにゃむにゃと独り言をつぶやいていたが、やがて眼を開くと先ほどの年老いた老人の瞳とは打って変わり、鋭い眼光を親兵衛の視線に注ぎ込んで言った。
「親兵衛よ。里見家を呪う怨霊の玉梓がいま扇谷定正の家臣の一人に近づき、里見家に害をなさんとはかっておる。行ってそれを阻止するのじゃ。」
親兵衛はこくりと頭を下げると、その足で比瑪と共に三度目の試練へと旅立った。





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最終更新日  2020.04.09 00:00:18
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