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カテゴリ:ニャン騒シャーとミー八犬伝
玉梓が憑りついた尼の妙椿は元を正せば富山に住んでいた牝狸であり、妖術を操ることなど造作もないことであった。 彼女は言葉巧みに蟇田に言い寄り、里見を攻めるようにけしかけようと計っていた。 蟇田素藤(ひきたもとふじ)は元はと言えば山賊の父が刑死したのち、上総館山に逃れ策謀の限りを尽くして城主まで成り上がった曲者だった。 元々深い野心を抱く蟇田は妙椿の言葉に易々とほだされて里見を攻めることを決意するのに時は要さなかった。
「比瑪、何か匂うか?」 「ううん、何も。匂いまで化けることはできないからすぐにわかるかと思ったのに。」 「そうだよな。という事は本当にここに妙椿はいないという事なんだろうな?」 「私、あっちの方も探って来るわね。」 そう言って犬族の女の比瑪は駆けて行った。 親兵衛は妙椿と思われる尼が現れたという市原周辺を捜索していた。
「妙椿、まずは佐貫城を手中にしようと思うのだが何かいい案はないか?」 蟇田は先ほどから南蛮渡来の香の匂いを嗅ぎながらうっとりしている妙椿に問いかけた、『ふん、尼のくせして色好みなことよ。』と思いながら。 「そうねえ、まずは私が忍び込んで手薄な場所でも探してみるかねえ?」 そう言って妙椿は野暮らし特有の獣の匂いを香でかき消しながら、『こいつ一人じゃ何にもできないくずなんだから。これでよく上総館山城を乗っ取ったものよ。前の城主がよほど間抜けだったに違いないわ。』と思った。
「ねえ親兵衛、私さっきちょっと気になることを耳にしたんだけど。」 「どうした、比瑪。」 「あのね、茂原に尼の祈祷師がいて、それがよく効くんですって。」 「茂原?でも茂原に行って妙椿、いや玉梓はなんの得があるんだ?」 「そうなのよねえ。でも違うなら違うことを突き止めればその分残りは少なくなるんじゃない?」 「そうだなあ、よしじゃ行ってみよう。」 親兵衛と比瑪は茂原に向けてひとっ走りすることにした。
妙椿は安房の国の最北端にある佐貫城までやって来て、えいとばかりに一人の女中を川に放り込むと、その女中に化けて城内へと足を踏み入れた。 女中に化けた妙椿は、場内をくまなく掃除するふりをしながら調べて回った。 彼女が納戸の中を歩き回っていると、壁の一部がわずかに動くのに気付いた。 彼女は気づかぬふりをして、そそくさと納戸を後にして五間ばかり離れた部屋に忍び込み納戸を見張った。 しばらくすると納戸の戸がするりと開いて、一人の侍が姿を現した。 忍びが城内を歩き回るために変装しているのだろう。
親兵衛は今茂原にいた。 茂原の祈祷師の女は紛れもない人間だったが、とんだ食わせ者でただの騙りだった。 だがその女は、あるとき訪ねてきた本当の尼が術を使い彼女の周りに幻影を起こして、祈祷師としての評判を高めてくれたことに乗じて人々をたぶらかす事に利用していたのだ。 その尼は鴨川に向かうと言い残して旅立ったというのだ。 「新兵衛、ここにもそんな尼はいないわねえ?」 比瑪は自慢の鼻に狸の匂いを感ずることに期待しながら言った。 だが親兵衛は考え込んでいるようだった。 「親兵衛?」 比瑪が怪訝な顔で親兵衛の顔を覗き込むと彼は言った。 「比瑪、私は何か腑に落ちないのだ。その尼、必ず次はどこへ行くと言い残して消えているのだ。まるでそちらに行ってもらいたいように。」 「じゃ私たち、狸の言いなりになってどんどん遠くに来てしまったってこと?」 親兵衛は苦笑いしながら言った。 「玉梓は役行者様が自分を追いかけさせることを見越して、謀りごとをしたんだろう。狸の妖術を使ってね。」 しばらくして親兵衛は付け加えた。 「でも、今まで来た道のりで妙椿がどこへ行ったかは大体察しが着くよ。」お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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