|
カテゴリ:ニャン騒シャーとミー八犬伝
「兄さんたち、早く早く。」 連は急勾配の山道を一気に駆け上がり、頂上で振り向くなりどうだとばかり腰に両手を当てて、胸を大きく張って背中をのけ反らせた。 黒猫の彼の胸には白い毛でハートの模様が大きく描かれていた。 「おい、連。お前ちょっと元気ありすぎだぞ。」 連よりわずか三歳上の後ろ頭にハートの模様を持つ千代でさえ、息を切らし、喘ぎながら坂道を登り、こう言うのがやっとだった。 「まったくだ。千代坊、こいつを連れてきたのは間違いだったかなあ?この分じゃこっちの身が持たない。」 一番上の兄貴分の顔にハートの模様を持つ雷はそう言って、二人に続いて頂上に達し、両ひざに手を突きゼエゼエと荒い息をした。
連は二か月前まで竜山の屋敷に奉公していた。 竜山は上の者にはぺこぺこするが、下の者には横柄で横暴で容赦なかった。 生きるのがやっとなくらいの給金しか与えず、きつく汚く危険な仕事を山の様にやらせる腹黒い雇い主だった。 余りの過酷さに逃げ出す者や過労の余り死んでしまう奉公人が後を絶たなかった。 そんな中、ほとんど寝ることもできず、体力を使い果たし、疲れ果ててつい厠で寝込んでしまった連は、奉公人頭に見つかり着る物と一日分の食べ物だけを渡されて屋敷を放り出されてしまったのだ。 ようやく僅かながらでも仕事をさせられるかというくらいの年端も行かない少年にとって、たった一人で外に放り出されるのは酷というものだ。 連は途方に暮れ、しばらく野をさまよい、時には村で物乞いをして生きた。 だがこの村も竜山の厳しい年貢の取り立てで疲弊しきっており、自分たちでさえ生きることに汲々としているさまで、そんな連に施しをする者などほとんどいなかった。 連は諦めどこかほかで暮らそうと、山を越え、野を抜け、川を渡り、野イチゴなどで飢えをしのぎながら過ごしたひと月後、河原で一休みしている雷と千代のたき火の傍に、うまそうな匂いを燻らせる焼き魚を見て、無我夢中に飛びついて貪り食っているところを二人に見つかってしまったのだ。
こうして連を案内役に竜山の住む屋敷への三猫珍道中が始まった。
ある時など、村の小娘たちをさらおうとやって来た悪漢どもを懲らしめようと勢いよく飛び出したものの、逆に追われる羽目になり一目散に逃げて小娘たちは救われたが、今度は自分たちが捕えられてしまった。 この時は千代の縄抜けの技で逃れることが出来た。
またある時は、高利貸し屋の前で花を売る女と、荷を下ろす業者と、金を借りる百姓が同じ一味であることを見破った雷が番所に連を走らせたが、いち早くそれを察知した一味は逃走、そこにいた同じ三人組の彼らが捕らえられてしまった。 これはさすがに高利貸し屋の主人の口添えでお構いなしになって助かった。
またまたある時、連が駄菓子屋で菓子を手にして千代にねだり、千代は支払いを雷に伝えたが、雷はよそ見をしていてそれに気づかず、三人はその場を離れようとして、店の主人にものすごい剣幕でつかみかかられ三人とも呆気にとられたこともある。 この時は三人で主人に平謝りをして支払いをしたものの、疑り深い主人に訴えられそうになったが、どうにか許してもらったこともある。
「兄さんたち、ほらあそこだよ。あそこが俺を追い出した竜山のお屋敷だ。」 そう言って指し示す連の指の先の山の麓には、広大な田園風景と鈴茂林と呼ばれる村があり、その中に他を威圧するような広大な敷地にひときわ大きな屋敷が見えた。お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ニャン騒シャーとミー八犬伝] カテゴリの最新記事
|