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カテゴリ:ニャン騒シャーとミー八犬伝
別名霊鬼山と呼ばれるその山は、竜山の所領の村はずれにひっそりとそびえていた。 さほど高い山ではないが、中腹にある祠までの道のりはかなり険しい。 細く荒れた道を草木を踏みしめ、小石に足を取られて進むのはなかなか骨の折れるものだ。 それも辺りは漆黒の闇。大の男が二、三人で歩いても、ちょっと鳥が騒いだだけで飛び上がり、震えあがってしまうことだろう。 そんな中、竜山こと籠山逸東太(こみやま いっとうた)は一歩一歩祠に向けて歩いていた。 彼の胸には希望が満ち溢れ、間もなく来る歓喜を思うとそれが行く手を明るく照らしてくれるようだった。 霊鬼山の行者が庄屋に密かに約したと言われる約書を見つけた時から、この日が来るのをひたすら待ちわびていた。 かつて霊鬼山に巣くう霊鬼に立ち向かうべく行者が立ち上がったが、これを助けるためにこの地域の庄屋が金を出し合って傭兵を雇い、見事霊鬼を退治したという伝説があった。 そのとき行者から庄屋の代表に唯一祈願成就の約書が手渡されたとの言い伝えがあった。 ある庄屋から没収した家宝がその約書に違いないと逸東太は確信していた。 彼は提灯の明かりを頼りに、こんな夜更けに誰も訪れることない祠にたどり着き、早速その約書を広げ子の刻を待った。 約書にはこうあった。 *----------------------------------* 新月の夜 この約書を祠の前に供えるなり しかる後 子の刻をひれ伏して待て 決して仰ぎ見ること能わず *----------------------------------* 約書の通りひれ伏して待つ逸東太の耳には何も聞こえないが、目の端には赤い光が近付いて来るのが見て取れた。 彼はそちらに目をやりたい誘惑に必死で耐えた。 一国一城の夢をたやすくあきらめるわけには行かない。夢が叶えばもはや彼の思うがまま。莫大な富と権威と未来が約束されるのだ。 目の端に映る光は更に強くなり、ついに彼の頭の先までやって来た。 仰ぎ見ることはできないが、彼の視線は自分の額が見えるのではないかと思えるほど、目玉がひっくり返るのではないかと思えるほど、上に向けられていた。 すると厳かな声で頭の上から声が聞こえた。 「逸東太、面を上げよ。」 庄屋の名ではなくどうして逸東太なのかに気づきもせず、彼は恐る恐る頭を上げた。 そして彼の視線の先には赤い光が、それは赤い提灯だった。 次に彼が気づいたのは、その提灯の下に光る二つの細長い光。よくよく目を凝らすとそれは猫の目の様だった。 「俺だよ、竜山免太夫・・・・・様。」 その提灯を両手に抱え顔の前に降ろすと、そこにはかつて奉公人として働き、些細なことで追い出した連の顔が浮かび上がった。 それから提灯はゆらゆらと上にせり上がり、一人の男、いや女か? 人の顔を映しだした。 「籠山逸東太、そうして我が父、粟飯原胤度を亡き者にしたことを詫びるがいい。」 逸東太に殺され、馬加大記(まくわり だいき)に一族すべて、女も子供も根絶やしにされた粟飯原胤度(あいはら たねのり)の忘れ形見、犬坂毛野が冷たく逸東太を見下ろしていた。 「おのれ謀ったな?」 すぐさま刀を抜き、逸東太は立ち上がった。 そのとき彼の周りで更に二つの提灯が灯され、辺りは不気味に赤く照らし出された。 それは雷と千代だった。 三つの赤い提灯が照らす祠の前で二人の男が対峙した。 やがて二人は対峙し、刃を交え、激しく切り結んだ。 戦いは続いた。 逸東太も幾たびの戦を生き抜いた強者、始めは互角に戦ったが次第に形勢は不利となり、もはや身の危険を感じ始め、隙を見つけて祠に至る階段に逃げようとしたが、階段の前で黒い影が彼を見下ろしていた。 その影を見上げると、太い腕を胸の前で組んだ大男が立っていた。 「どこへ行こうと言うのだ?この臆病者めが。」 男は一喝して進み出た。 犬山道節だ。 よろよろと後ずさり、逸東太は必死の掛け声とともに意を決して毛野に切りかかった。 が、次の瞬間毛野の刃は逸東太を貫いた、毛野の叫びとともに。 「父の仇、覚悟!」 一気に振り下ろされた毛野の剣に逸東太は果てた。 伏姫より、新月の日の子の刻、霊鬼山の祠で待てと言うお告げを受けた犬坂毛野の流浪の旅は終わりを迎え、ここに積年の宿願は成就せん。
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