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2015.05.21
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カテゴリ:プロレス・格闘技
全日本・鎖国制度解禁.jpg


御大・ジャイアント馬場がいよいよ動いた!

天龍源一郎を初め、大量選手が離脱した
1990年以来、三沢光晴、川田利明ら
プロレス四天王の育成に馬場は
若手中心に他団体との接触を断ち切り
全日本を盛り上げていた。

しかし、海外プロレス団体との提携も断ち
全日所属レスラー同士の対決、
日本を拠点としている常連外人レスラーと
マンネリが続いてしまい、
全日本はファンに飽きられてしまった。

また三沢、川田らが同じカードでの対戦と
発言の不自由さを感じてしまい
雑誌インタビューにて現状の不満を
語ってしまうほど、息が詰まっていた。

この頃のプロレス界はインディーを含めた
プロレス他団体ブームであり
団体対抗戦が主流であった為、
全日若手陣は自由に戦いの場を広げていた
レスラー達を羨ましいと思い
新たなる戦いに刺激を求めていた。

「翼がほしい・・・」

ある全日所属レスラーのこの言葉に
ジャイアント馬場は重い腰を上げた!

馬場は一番信頼している新聞記者を捕まえ
「高田(Uインター)の所なら良いよ」と、
全日本の他団体対抗戦における
開国を宣言した。

石橋を叩いてもなかなか渡らない
馬場のこの発言にプロレスマット界は激震が走り
敷居の高い全日本は一気に激戦化となる。

その第1弾が1996年9月11日の
Uインター:神宮球場にて
馬場は全日本四天王のひとり
川田利明を派遣し、高山善廣との激突が実現した。

その開戦の幕開けに大仁田のFMW、
サスケ欠場中に留守を預かった
スペル・デルフィンが率いたみちのくプロレス、
バチバチ格闘路線のバトラーツ、
冬木プロモーションの邪道・外道、
最弱インディー団体のレッスル夢ファクトリー、
更には全米を制覇したアメリカのWWEが反応した。

この反応に馬場は辞めていった日本人選手は
二度と全日本マットに上げなかったが
冬木弘道の弟子である邪道・外道や
大仁田厚の弟子に当たるハヤブサをリングに上げ

WWEに関しては日本との提携団体として
どこの団体よりも資金面で対等に渡り合える
全日本との交渉へ再び乗り込んできた。

ここから全日本は一気に戦国時代へ登り詰める。


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Last updated  2015.05.21 23:23:03
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