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カテゴリ:ニャン騒シャーとミー八犬伝
偽赤岩一角のとりなしで雛衣との縁を復縁させた角太郎は父一角に向かって頭を下げた。 「父上、此度はかたじけなく存じます。」 偽一角は寛容な笑みを浮かべて角太郎にこう言った。 「角太郎、わしから提案じゃが雛衣が子どもを産んだ後はわしに引き取らせてくれぬか?そちも見ず知らずの者の子供など育てたくもなかろう。」 それを聞いていた雛衣は肩を震わせて訴えた。 「父上、角太郎様、私は決して不義を働いてはおりません。誓って、誓って。」 「黙れ雛衣、そなたまだそのようなことを申すか?そなたのその大きくなった腹が何よりの証拠ではないか?」 角太郎は雛衣を激しく叱責した。 雛衣は両手をついて激しく嗚咽した。 「然らば、雛衣の子供をわしが養子とすることに異存はないな?」 偽一角は目を細めて角太郎を見つめた。 しかし、角太郎はきっぱりとこう言った。 「父上、たとえ不義の子であろうと私はその子を我が子として育てまする。それが再び雛衣と夫婦の契りを結んだ私の務めでございます。」
偽一角はしばらく角太郎を見つめていたが、それまで浮かべていた柔和な表情は次第に冷酷な表情へと変わり、次の瞬間彼の瞳は血のように真っ赤に染まった。 角太郎は一瞬何が起きたか理解できず、唖然とそれを見ていた。 だが、偽一角はついに本性を現した。 鼻先から長い猫のようなひげが伸び、耳は頭上に移動しとがった耳となり口は横に大きく裂けた。 顔と言わず腕と言わず足と言わず、いたるところが毛深い肌に覆われ、瞬く間に獅子よりも遥かに大きな妖猫へと変身した。 ことの次第を悟った角太郎は雛衣を部屋の押し入れに匿い言った。 「ここから出るではないぞ。」 そう言うと彼は妖猫に振り向き刀を抜いて構えた。 「角太郎、雛衣を渡せ。雛衣の子供を渡せ。その子の肝を食せば、雛衣の心の蔵を食せば我のこの目の傷は癒えるのだ。さもなくばお前諸共食い殺してくれるは。」 妖猫はそう言って角太郎に向かって這い進んで来た。 偽赤岩一角は庚申山で角太郎の父一角を食い殺し一角に成り代わっていたのだ。 そして現八に左目を射抜かれ、その目を直すために雛衣と角太郎を復縁させ、雛衣の孕んだ子を得て目を癒そうと企んでいたのだ。
やがて角太郎と妖猫の激しい戦いが始まった。 妖猫は壁を蹴り、天井に跳ね上がり、床を走り回り角太郎を上下左右から激しく攻め立てた。 角太郎は見事な刀さばきでことごとく跳ね返し、妖猫に反撃した。
両者は間合いを詰めながら部屋を回り、お互いをけん制し合ったが、次の瞬間妖猫は後ろ足で雛衣の隠れる押し入れの戸を蹴り壊し、鋭い鈎爪で雛衣をつかみ出し、床にくみ伏せた。 「角太郎、雛衣はわしがいただく。こやつとともに腹の中の赤子はわしがいただく。」 妖猫の言葉に角太郎は叫んだ。 「止めろ!雛衣にもその子にも罪はない。私と勝負してお前が勝てばお前のしたいがままではないか?」 「勝負だと?わしにお前などと勝負などするいわれはないわ。お前を父一角の様に食い殺す前にまずは雛衣からだ。」
雛衣の恐怖に満ちた瞳が大きく見開かれ、妖猫の足で塞がれた陰から角太郎を見つめた。 次の瞬間、妖猫は雛衣の腹部にやおら噛みつき、牙を埋めて、はらわたを食いちぎった。
腹の赤子諸共。
だが妖猫は首を振り、口を開いて、床の上に吐き戻した。 「なんじゃこれは?」 吐き戻した雛衣の臓物の中から、光る珠が転がり出てきた。 不義の子の正体はこれだったのだ。 その時、角太郎は雛衣の身の潔白を知り、長きにわたる彼女の苦しみを知り、それを強いた己の罪深さを知った。 雛衣の視線は妖猫の手の陰に光を失い、再び開くことはなかった。 角太郎は猛然と遮二無二妖猫に切ってかかったが、妖猫はいち早く刀を払いのけると角太郎を押し倒し、巨大な牙を打ち込もうと首を後ろにのけ反らせた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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