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2020.03.15
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信乃の言葉に今度は浜路姫が混乱したように言った。

「姫?信乃様どうなされたのです?私です、浜路です。」

 

その時、襖が開き男と女が姿を現した。

信乃は振り向き驚いた。

男は八犬士のひとり犬山道節であり、女は女田楽師の旦開野だったからだ。
「道節、旦開野さんどうしてここへ?」

それには茶阿が答えた。

「おいらが従弟の千代坊に会いに甲斐の国に来ていた時に、ちょうど信乃さんがお屋敷から運び出されるのを目撃したんで、すぐさま佐飛母さんを呼んで戻って来たんだ。そして祠の中で信乃さんを助け出す計画を練っていた時に、このお二人が祠の傍にやって来て信乃さんの話をするものだから、おいらたちの計画に乗ってもらったのさ。」

 

「兄様?兄様ではありませぬか?」

そのときまたもや浜路姫は道節を見て、自分の腹違いの兄であるとも知らないはずの言葉を発した。

道節は浜路姫をみるなり腰を抜かすほど驚いた。

なぜなら彼の義妹の浜路はひと月も前に、網乾左母二郎に刺され彼の腕の中で果てたのだから。

だがその時、浜路は今わの際に道節にこうも言った。

 

「兄様、浜路は死して信乃様のもとへ参り最期のお別れをしとう存じます。」

 

道節は驚きながらも、一歩後ずさり刀を抜いて言った。

「お主、さては妖怪か?」

信乃は道節の狂ったとしか思えない行動に混乱しながらも、慌てて道節の前に立ちはだかった。

「道節、どうしたのだ?」

 

道節は網乾左母二郎(あぼしさもじろう)が起こした浜路の誘拐と殺害について信乃に話した。

信乃は愛する浜路の最期に青ざめ、愕然と膝をついたが、どうにか気を取り直し震える体で立ち上がった。

今度は、信乃が浜路姫の育ての親の四六城木工作(よろぎむくさく)から聞いた話では、ここにいる浜路は昔鷲にさらわれた里見義成様の幼い姫君であることを告げた。

それを聞き道節は慌てて刀を鞘に納めてひれ伏して言った。

「それは、知らぬ事とは言えご無礼つかまつった。」

 

だが、その浜路姫が会ったこともないはずの二人の名前を呼んだことに驚きはしたものの、今はそんなことに時を費やす場合ではない。

さっそく佐飛の計画を進めねばならない。

 

不意にみぞおちを突かれて気を失った二人の門番の傍を抜けて、三人の猫が一人の女を抱えた影が月もない暗闇に姿を消した。

それから数刻後、泡雪の屋敷にけたたましい叫び声が上がった。

「曲者だ!出あえ!出あえ!」

声の主は犬山道節だった。

道節はそう叫びながら一人の手下を従え泡雪に告げた。

「殿、犬塚信乃が何者かの手で連れ出されました。拙者とこの者とで追います故、殿は浜路姫の様子をお確かめくだされ。家中に不穏な輩を感じます故、十分にご注意下され。」

そう言って道節は、手下のものと部屋を飛び出して行った。

泡雪は手下の男が色白く、か弱そうにみえたものの、道場長を務める道節が選んだ手下なのだから相当の手練れであろうと任すことにし、自分は浜路姫の様子を確かめに出向いた。

泡雪が浜路姫の部屋に行くと、一人の女中が部屋から出てくるところであった。

泡雪はその女に姫の様子を尋ねた。

女中はひれ伏して言った。

「浜路姫はいまだ意識は戻らず、床に臥せっておいででございます。」

泡雪が部屋を覗くと、暗い部屋の中に浜路姫が横たわっているのが見えて一安心した。

例え犬塚信乃を逃したとしても、四六城夫婦を殺した罪を着せるものはどうにでもなる、浜路姫さえいれば、里見家への人質として十分だったからだ。

 

翌朝、浜路姫の床で気絶している女中が見つかった。

道場長の指示で曲者の探索に出かけた家来たちが、疲れ切った重い足取りで夕方近くになってようやく戻って来た。

 

道場長と若い手下は未だ戻らない。

 
その間、門を出たのは浜路姫の看病をする一人の女中だけだった。






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最終更新日  2020.03.15 00:00:17
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