ここはかつて螺良猫団を率いる佐飛と息子茶阿、甥の千代、そして八犬士の犬山道節と犬坂毛野が出会った祠の中。
そこには信乃ともう一人、里見義成の姫である浜路姫が加わっていた。
犬坂毛野と犬塚信乃は互いの着物を交換して、犬坂毛野は旦開野(あさけの)に戻り、女中は犬塚信乃に戻っていた。
犬塚信乃は元服まで性を変えて育てると健やかに育つという言い伝えを信じた母親に、女装して育てられたこともあるほど、毛野に負けず劣らず女と言ったとしても十分通用する容姿だったため、暗闇で泡雪を欺くくらい造作もないことだった。
一息ついた面々は改めて浜路姫に向かい合うと、彼女はこう説明を始めた。
彼女が左母二郎に刺されて命を落とした後、目の前に伏姫が現れ一人の猫に従って行くように告げられ、彼女はその猫の後ろをひたすら歩き続けた。
猫の背中にはハートの模様がゆらゆら揺れて、その模様に誘われるように行き着いた先には光り輝く出口があった。
彼女は恐る恐る足を踏み出すと再び暗闇に囚われた。
そこで彼女はやって来た方角に振り向くと、その猫がこちらに手を振りながらこう告げた。
「私の名は瓜太。伏姫様に仕える者です。伏姫様は浜路姫が鷲にさらわれた折に、食い殺されることを恐れて浜路姫の魂を二つに分けて一つを一人の娘に植え付けられました。しかし、そのあなたが亡くなってしまわれため、ご無事でおられる浜路姫の体にお連れしました。そこでしばらくお休みください。」
そう言って瓜太の姿は煙がかき消されるように闇の中へと吸い込まれて行った。
恐らく浜路姫はその時意識を失い床に臥せってしまったのであろう。
そして次に目覚めたとき、そこには愛する信乃と義兄の道節が彼女を見守っていたという事だった。
不思議な話に彼らは顔を見合わせたが、彼らの真の母ともいえる伏姫が、常に彼らを見守ってくれていることに感謝の念を抱いた。
「信乃、お主に渡すものがある。」
そう言って道節は包みの中から一振りの刀を取り出した。
それを見た信乃は一目でそれが何かわかった。
「おお、それは我が家宝、父犬塚番作より足利様に献上を託された名刀村雨ではないか?何故お主が?」
村雨はかつて網乾左母二郎が錆びついたなまくら刀とすり替えて、信乃から奪い取ったものだった。
浜路は左母二郎にこの刀で命を奪われたものの、その左母二郎は道節に討たれ、村雨はこうして浜路とともに信乃の下に戻って来たのだ。
「信乃、俺は毛野とともに父の無念を晴らす旅に出る約束を交わしており、これから扇谷家の領地へと向かうつもりだ。お主たちはどうするつもりだ?」
道節は訊いた。
「信乃殿、道節殿と本懐を遂げた後は必ず里見様の下へはせ参じます故、ここは私のわがままをお許しください。」
そう言って毛野は頭を下げた。
「旦開野さん、まさかあなたが八犬士の一人とは。私と小文吾はまんまと騙された訳だ。」
そう言って信乃は苦笑いをしながら続けた。
「して、小文吾は?」
毛野は申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。
「小文吾殿には短いながら手紙をしたためて参りました。今頃は恐らく信乃殿を求めて甲斐の国の四六城家をめざされているはず。」
「さすれば私は浜路姫と四六城家へ行けば小文吾と落ち合えるという訳だな?」
信乃の言葉に毛野は頷いた。
そこで思いついたように道節は言った。
「おい信乃、志茂玲央様が確か丶大様が犬江親兵衛という幼き犬士と犬村角太郎という八犬士を探す旅に出られたと言っておいでではなかったか?そこには荘助と現八も向かっている。さすれば小文吾とお主がそこへ参れば六剣士が揃い、そして俺と毛野が父の仇を討ち果たした暁に交われば八犬士が一堂に揃うことになるではないか?」
信乃はハッと気づいて目を輝かせて叫んだ。
「如何にも!」
「では我々は扇谷家へと向かう。本懐を果たした後は安房の国の伏姫様ゆかりの富山へと向かう上、そこで相まみえようぞ。」
そう言って道節は、再び旦開野と偽りの夫婦として旅発つことにした。
「では私は浜路ひ・・・・」
その時、浜路姫がすかさず信乃の口を塞いだ。
「信乃様、私です浜路です。浜路とお呼びくださりませ。」
信乃は出し抜けの浜路の行動に目を回しながら、少し頬を赤らめて浜路の顔を横目で見やった。
ようやく浜路の手が信乃の口から離れたとき、信乃は改めて言い直した。
「では私は浜路・・・と、四六城家へと向かい小文吾が到着するまで六工作殿の菩提を弔うことにしよう。」
「信乃さん、だったらこの千代坊をお連れになりませ。この子は若いながらも目端が利き、きっとお役に立ちます。それに甲斐の国を良く知っております。」
それまで黙って聞いていた佐飛が口を挟んだ。
「それでは千代坊にはもうしばらく世話になるとするか。佐飛さん、茶阿。またもやあなた方に救われてしまったな。このお礼はいつかきっと・・・」
今度は茶阿が信乃の口を塞いだ。
「それには及びませんよ、ほら!」
そう言って自分たちの荷物をほどいて見せた。
そこには高価な茶道具や掛け軸、珍しい南蛮の品々があきれるほど詰め込まれていた。
佐飛は得意げに自分の鼻を指先でピンと撥ねてこう言った。
「私たち螺良猫団を見くびってもらっちゃ困るね。」