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カテゴリ:ニャン騒シャーとミー八犬伝
父赤岩一角に成りすましていた化け猫を退治した犬村大角は、八犬士として現八、荘助とともに庚申山を降り、一路武蔵国をめざしていた。 武蔵国穂北荘という一帯に、関東管領扇谷定正に抵抗する一大武士団が存在するという噂を聞きつけたからだ。 彼らを味方につけることが出来れば、扇谷に対抗する拠点としての足がかりが得られることになるのだ。 「もうそろそろ穂北荘辺りと思うのだが、先ほどから人っ子一人姿を見ぬ。何か不吉な予感がするのだが。」 抜かりなく辺りを観察しながら、不安な気持ちを吐露する大角に荘助もうなずいた。 「私も胸騒ぎがしてならぬ。」 荘助は言った。 「二人とも少し心配しすぎではないのか?よしんば何か企みがあったとて俺たちが何かしでかしたわけでもあるまい。」 現八は楽観的な風を装いながらも、やはりどこかに引っ掛かる物を感じずにはいられなかった。
三人は奥深い森を抜け開けた平地に行き当たった。 ここにも誰も姿を見せないが、景色自体はありふれたのどかな田園風景が広がっていた。 田の形に合わせてのたくったような道が続き、遥か彼方に一軒の農家が見えた。 三人はとりあえずその家を目指して進むことにした矢先、脇道から何か殺気のような物を感じて振り向くと、やおら蓑を跳ね除け数十人にもおよぶ兵士が弓矢を構えて立ち上がった。 三人はすかさず刀を抜いて兵士たちから間を取り対峙すべく後退した時だった。 体が何かふわっと浮くような感覚に囚われ、次の瞬間足をすくわれ落下して行くのが分かった。 そこには深さ一間半ほどの堀が掘られ、三人は真っ逆さまに落ちてしまった。 膝といわず腰といわず頭といわずしたたかに強打して半分意識が朦朧とするところだった。 気持ちを立て直しようやく立ち上がり堀の上を見上げると、先ほどの兵士たちがぐるりと囲んでこちらに矢を向けていた。
「これは一体何の真似だ?」 大角は叫んだが、兵士の頭と思しき男が意外なことを言った。 「お前達、盗賊の一味であろう。観念しろ。」 その言葉が終わらぬ内に網が投げ込まれ、三人ともからめとられてしまった。 三人は手際よく縛られ目隠しと猿轡をされた上で、荷車に乱暴に放り投げられしばらく揺られる羽目にあった挙句、どこかに到着したようで乱暴に担ぎ上げられ床の上に転がされた。 「氷垣様、盗賊を捕らえました。」 誰かが頭目と思われる男に告げたが、目隠しをされ猿轡をされたままでは見ることも反論することもできない。 「よし、それを取ってやれ。」 男の言葉で三人はようやく目隠しと猿轡を外された。 「お前達、何の真似だ。俺たちが何をした!」 すかさず現八は怒鳴った。 「何をしただと?何をしに来たのだ?ここから盗み、また罪もない者を殺しに来たのだろ?」 部屋の正面には三尺ばかりの高さに箱が積まれ、その上に髭を蓄え五十過ぎくらいの浅黒い顔をした大柄な男があぐらをかいて、左ひじを膝に寄りかけて険悪な視線でにらみつけながら怒鳴った。 「何の話だ!私たちは今日初めてこの地に足を踏み入れたばかりだ。」 大角は訳も分からずありのままを言った。 「お前達!ここに来る前に我が村人を五人も殺めただろう?瀕死の状態で戻った者が死の間際に言い残したのだぞ。その報いは必ず受けさせてやる。だが、その前にお前たちに仲間の事を白状してもらう。」 「そのようなこと身に覚えがない。人違いをしているぞ。」 普段温厚な荘助も声を荒げて言い返した。
「父上!」 その時、後ろから声が聞こえて、娘と思しきまだ十歳くらいと思われる少女が歩み出てきた。 氷垣と呼ばれたその男は怪訝な顔で少女に目を向けた。 「父上、この者たちの荷からこのような物が見つかりました。」 そう言って彼女は三人が捕まったときに身ぐるみはぎ取った持ち物の中から、三つの珠を手に携えていた。 氷垣残三はそれを見て目を見張った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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