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カテゴリ:我が良き虫の世かな
あれから月日は経って...
ようやく木枯らしも去り、お日様も申し分なくその温かな光を地上に送り届けられる季節となったある春のうららかな日、アリばばもすっかり衰えた体を震わせて地上へとやって来てお日様を見上げ微笑んだ。 彼女は去年の秋まではそんなに地上が好きではなかった。彼女は家の地下にご自慢のキノコ畑を持っており、毎日キノコを食べて何不自由なく暮らしていればそれで良かった。 他人が飢えようが、食べ物を探しに出て他の虫に捕らえられ食べられようが、自分には関係ないし、逆に家族との団欒なんて真っ平だし、ましてやわずかな食べ物を分け合って食べて細々と生きていくなんて愚か者のする事だと思っていた。
あの日までは。
あの日飢えた子供の物乞いに根負けして、一切れのキノコを恵んでやったあの日までは。
だがその時まで感じていた寒気を感じなくなり、冷え切っていたのは自分の心だったのだと気付き、冬の忍び寄る凍える外に出ると、彼女の大事なキノコを道行く飢えた虫達に配り始めた。お陰で彼女のご自慢のキノコはほとんど無くなり、どうにか食いつなぎようやく春を迎えたのだった。 でも彼女にはキリギリスもカマキリもトンボもみんな1年だけの命という定めを受け入れながら、最期に少しだけ幸せになれたとしたらとても嬉しい事だった。 お日様に向かってもう一度にっこり笑うと目をつむり大きく深呼吸した。
数週間後、彼女はまだそこに座っていた。彼女の頭はとうに坂を転げ落ち、草むらの陰でまだ微笑んでいた。 そしてお日様の光は彼女の体を優しく包み込んでいた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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