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カテゴリ:人類
現在のセオリーだが、人類がアフリカで生まれたことがミトコンドリアDNAでも証明されている。
今まで人類学とか考古学が世界に人類がどのように広まったかを類推していたが、この最新のミトコンドリアDNAのデータとあわせて考えることにより、現在はかなり正確に、アフリカを出た人類はどのように世界に広がっていったかわかるようになってきた。 20万年前ごろ、アフリカ中東部(エチオピア周辺)に現れたと考えられる私たちの直接祖先である新人と呼ばれる人類。その一部が誕生の地を離れたのが、6,7万年前と推測されている。非常に寒い時代で海水面がずっと下がっている関係で人類が今の紅海を越えてアフリカを出ていく過程で生まれたのが、”N”と”M”の2つのグループでほどなく”N”から”R”というグループが生まれた。アフリカ以外の共通祖先にあたるこの3つから数多くのグループが広がっていく。いまのパキスタンのあるインダス川あたりである。 ”M”と”R”から分かれたアジアに向かういくつかの集団からはおよそ5万年前には東南アジアに達し、さらにオーストラリアに至るものもあった。 ”B”や”F”というグループがその後東南アジアでうまれることになる。 また北へ向かう人々も現れ、東アジアで”D”のグループが生まれる一方、北へ向かった人々の中には日本にはじめてやってきた集団もあったのではないかと考えられている。 インド周辺で生まれたRから別れてヨーロッパへ向かう集団もいた。中近東ではUというグループが誕生し、3から4万年ほど前にこのグループからその後多くのヨーロッパ人が分かれていく。 さらに中東からシベリアへの移動も起こり、バイカル湖の周辺で”A”グループが生まれ、北に入った人たちは氷河期で寒くなり、北周りで日本に入ってきた一団もいたと考えられている。 人類大拡散時代と呼ばれ、ヨーロッパや日本にもたくさんの人が入ってきた。 アジア各地に様々な集団が広がる中で、一部は当時陸続きであったベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸の南端にまで達する。北米大陸に入ってからわずか1000年くらいで南米の先端にまで達したといわれている。 そして3000年くらい前に最後にある集団が太平洋に乗り出し、ハワイやニュージーランド、ポリネシアなどの島々を1000年くらいかけて征服し今に至る。 今から1500年くらい前に人類の大きな旅は終わる。 ミトコンドリアDNAの分析から、人類はこのように広がったと推測されるのだ。 篠田謙一は、南米ペルー南部でインカ帝国の支配を受けた墓地に眠る人骨やミイラを調べた。 14世紀頃の子供のミイラを調べると、日本人にもみられるB4タイプであった。 さらに他の時代の調査を調べると、興味深い結果が現れた。 2000年以上前の人骨やミイラの中でもっとも多かったのはAのグループの人であった。ところが時代を経るにしたがってB4の人々の割合がどんどん高くなり、インカの時代になる頃から急増していたのである。 黄金の帝国インカを担ったのはB4のグループの人々であったことが浮かび上がってきたのである。 人類は6万年ほど前にアフリカを旅立って、瞬く間に世界中に入っていくが、DNAで人の動きをみていくと、人間は違うというよりは、むしろ皆つながっているんだというイメージになる。 その全体の壮大な旅の先々に今の私たちがいると考えると、世界はわりと狭いというか、人類としては一つのグループなのだとつくづく感じる。 世界の見方がかわり、つながっていることがわかる。世界は狭いことを実感する。 人類の足跡10万年全史 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007年12月09日 17時24分11秒
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