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2009年4月1日

地球人スピリット
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シンギュラリティ

2007.06.06
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カテゴリ:シンギュラリティ


「フューチャリスト宣言」 <1>
梅田望夫 /茂木健一郎 2007/5 筑摩書房

 おいおい、いまさら、日本の社会の先端を走るお二人がフューチャリストもあるまい。ヒューチャリスト、って未来派宣言、ってことでしょ。ネーミングが悪いなぁ。せめて、レイ・カーツワイルのように
「シンギュラリタリアン宣言」とでもしてほしかったな。まぁ、お二人のいわんとしているところはそういうことなのだが、日本社会の中ではまだシンギュラリタリアンという言葉は受けないので、ヒューチャリストという言葉で間に合わせた、ということなのだろうか。

 「インターネットによってすべての人に学ぶ可能性がひらかれ、ブ ログが名刺になり、ネットでの評判がパワーとなる。過去に何を成したかではな く、いま何ができるかだけが勝負の「新しい世界」の到来。日本社会との齟齬は ないのか?談合型エスタブリッシュメント社会をぶち壊し、新世界の側・ネット の側に賭けよう。未来創造の意志をもって疾走しよう。フューチャリストの二人 が、ウェブのインパクトと無限の可能性を語り倒す。」  紹介文より

 梅田にとっては
「シリコンバレーは私をどう変えたか」「ウェブ進化論」、「ウェブ人間論」に続く一冊ということになるのだろう。対談者の茂木健一郎も新進気鋭の脳学者。一読に値する。

 このブログにおいての「シンギュラリティ」カテゴリはこれで108に達したので、一旦閉じることにする。決して、シンギュラリティが訪れたのでもなければ、見えてきたのでもない。次に、このカテゴリはどのような形で続くか今のところわからないが、私の中では、科学、芸術、意識、三つの統合が理想なので、そのような方向性があるもの、そのような芽があるもの、を探究しジャーナルしてみたいものだと想う。シンギュラリティ、マルチチュード、アセンション、それらの言葉がさらに融合されたものが、登場してくる可能性があるのか、アンテナを立ててみよう。

<2>につづく







Last updated  2009.04.08 00:42:22
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2007.06.05
カテゴリ:シンギュラリティ

「ウェブ仮想社会『セカンドライフ』」  ネットビジネスの新大陸 
浅枝大志 2007/4 アスキー

 友人のSNS上の日記で見つけて気になっていた「セカンドライフ」。先日NHKでも特集していたっけ。気になって、この本を立ち読み。それこそ新しいネットビジネスになるのか、鳴り物いりで登場しても、尻つぼみで終わるのか、今のところは分からない。

 セカンドライフに参加するには、「英語力」「財務力」「ITスキル」そして「創造力」が必要ということだが、どうやら
日本語の説明ページなどもできている。デジハリなどの「トレーニング講座」なんてのも始まっているから、遅れをとってはならじ、とすぐ参加するか、怪しい、ちょっと様子を見ようか、と眉唾になるか。

 ただ、シンギュラリティへ向かう過程では、当然のごとくでてくるサービスではあるだろう。今後、この手の新しいものが次々とでてくるに違いない。このような新しいものにひょいひょいと乗り込んでいくか、様子を見るか、拒否するか、ケースバイケースではあるが、瞬間的な判断が、将来的な大きな差を生み出す可能性がある。

 ただ、参加するにしても必要とされる幾つかの技術がある。まず、「ITスキル」これは、一般的なパソコン使いであれば問題ないだろう。パソコンの前に座るのが苦痛ということであれば困るが、技術者的な専門知識までは要求されないだろう。

 次の「財務力」、これもまた島ひとつ買ってセスナ機で飛び回るなんてほどの大富豪を意味していまい。つまりは、日常的な金銭感覚、つまりはちょっとしたファイナンシャル・プランニング的な感覚があればいいだろう。

 さて、問題は、「英語力」。日本が世界に遅れるとすれば、この英語であるし、インドがIT立国として急成長しているのも、この「英語力」が大きく作用している。すくなくとも、セカンドライフでは、キーボードで英語でチャットして、交渉する力が要求される。これは、ほとんどの日本人はギブアップするのではないだろうか。もっとも、日本語版とやらがでてきているので、mixiみたいにドメステッィクな形で発展することもあるうるだろうか。

 いずれにせよ、気になる潮流だ。
マニュアル類もいろいろでている。

つづく






Last updated  2009.02.02 18:32:14
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カテゴリ:シンギュラリティ

「Web屋の本」 Web 2.0、ビジネスサイト2.0、Web屋2.0
中野宗 2006/7 技術評論社

 私のリーガルネームで検索すると、どうやら日本にはありふれている名前らしく、かなりの数でヒットする。どこぞの高校生の陸上選手やら、歯医者さんやら、ソーシャルワークの大学の先生がいたり、同窓会の幹事がいたり、まぁ多士済々だ。この中に、当然私も埋もれているわけだが、本当の私を名前だけではなかなか検索できないだろうな。

 私のハンドルネームで検索すると、画像はたくさんあり、ほとんどインド人の顔がずら~~りとアップされてくる。テキストとなると、私は上位にアップされることはあるがトップにはならない。かなりの強敵がいて、どうやらインド人の技術者らしい。しかも、インターネットやリナックスやオープンソースにも詳しいツワモノらしい。いつもこの人物とぶち当たっては、なるほど凄い人がいるんだなぁ、とため息をついている。読者の誰かが、この人の文章は実はこの私が書いているのだ、と誤解してくれないだろうか(笑)などと、思うときがある。まぁ、いつかは英語力、技術力も含めて、彼の文章だけは読みこなしたいなぁと思っている。

 「Web屋の本」だから、他に職業を得ている私は門外漢だが、こういう本にとても興味がある。このような本をめくっても、本当のところは理解できる立場になく、また、理解できても活用する場がない。だけど、こういう職業があり、こういう思考を重ねながら、業務を推進している人たちがいるのだ、と理解することで、私のネット人生にも幅ができてくるような感じがする。

 確かにやたらとWeb2.0を連発しているところは気になるが
「Web 2.0が殺すもの」 などという本にも目を通すかぎり、こちらの「Web屋の本」にも目を通して、バランスを取っておく必要がある。






Last updated  2009.02.02 18:33:26
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カテゴリ:シンギュラリティ

「ウィキペディア完全活用ガイド」 
吉沢英明 2006/12 マックス

 裏表紙の「本書の売上金額の1%はウィキペディアに寄付されます」というコメントが生きている。1000円の書籍だから(+税50円)この本一冊で10円が寄付される。この手の本は、仮に1万部売れたとして10万円。これだけの寄付がおこなわれることになる。

 日々何気なく、もう日常のように使い込んでいるウィキペディアだが、このようなサポートが絡み合って成り立っていることを、まさにネット時代のシンギュラリティへの道筋として実感する。

 実は私もアカウントを取得してあり、今後なんらかの形で参加しようと思っている。知人には、積極的に投稿している人たちもいる。この本は、今後の私が熟読し活用すべき本となろう。






Last updated  2009.02.02 18:34:21
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カテゴリ:シンギュラリティ

「ウェブが創る新しい郷土」 地域情報化のすすめ 
丸田一 2007/01 講談社

 パソコンができて、さらに通信ができるようになってから、常に仲間づくりを意識してきた。ワープロ通信や、ニフティサーブ、そして、Win95以来のインターネットでは、まぁおもいつくまま様々な試行錯誤をくりかえしてきた。好き者仲間のネットワークや、趣味の会、あるいは、小学校PTAの父親の会、町内会ネットワークの試みなど。あるいは最近では、mixiなどのSNSを通じての仕事仲間のネットワークができて、きわめて良好に推移している。

 と、まずは言っておこう。もちろん、そこには、問題がないとは言えない。ウェブやネットがあっても、もともと、そこに「人間」や「社会」がないことには、インフラや技術ばかりが先行しても、実際に活用され実益を上げるかどうかは難しいところがある。

 ちょっと、今のウェブの例えでいけば、「マイナス」Web2.0くらいの話の関連だが、こういうことがあった。1997年頃に、沖縄の米軍の演習が縮小され、本土において数箇所の自衛隊演習場でその分が補われることになった。こちらにある自衛隊演習場周辺の住民達は、米軍の演習を歓迎はしていなかった。しかし、赤旗をたてて反対を叫ぶ以外にも、なにか手はないか、ということで、沖縄から喜納昌吉を呼んでコンサートを行なうことにした。その名も
すべての武器を楽器に!」。地域住民と支援者たち、マスコミも巻き込んだ、すばらしいお祭りになった。

 それはそれとして、このコンサートを企画した地元の人たちは、地域の農村の人たちだ。彼らが使用していたのは、地域のメディアだった。つまり、有線放送、というやつである。有線といえば、
USENなのであって、特にめずらしいことではないのではないか、と思うのだが、これは実はかなり古いシステムだった。戦後間もない頃、まだまだケータイどころか、黒電話も日本社会に一般的には普及していなかったころ、村内の数千戸の農家だけが使える有線放送が普及したことがある。ダイヤル式の電話が各戸につながり、朝夕にはそのスピーカーを使って、役場からの連絡放送がラジオのように流れるのである。テレビとて普及していない時代のこと、これは画期的なことであった。

 このシステムは、ラジオ、テレビ、電話の普及により、現代ではほとんどが消えてしまったのだが、この地域住民の人たちの中ではまだまだ生きていた。そして、1997年当時、毎朝、この農村の有線放送ラジオから、喜納昌吉の曲が流れ、村の人々へコンサートへの参加を呼びかけていたのである。

 こういうことは、技術的には、いまやこれほど通信の発達した時代だから、それほど難しくなくできるに違いないと思う。ただ、圧倒的にちがうと思うのは、地域社会の在り方だ。かつては、地域のほとんどが同じ職業につき、ほとんど家族内容もお互いに知っており、また、ほとんどがその地域内で日々を送っていた。であればこそ、その「有線」性も意義があったかも知れないが、いまや、日本の社会においては、地域性というものは失われてしまった。日本の農業政策は現在、大型農家を育成するという方向にあり、大変換が始まったところだ。

 なにも農村ばかりではなく、山村漁村はいうに及ばず、地域の商店街も、シャッター通りとして様変わりしているのは、事実のことだ。後継者不足もよく叫ばれる。さて、この地域=郷土、ここに新たに「ウェブ」が何をし得るのか、というのが、この本のテーマだ。「ウェブが創る新しい郷土---地域情報化のすすめ」のタイトルどおり、理念的な部分、現状、そして、実際の試み、そしてこれからの地域について、よく考察されている良書。現在、ホントのこのような問題を抱えて、どうにかしようという人には、とても役に立つ本だろう。

 著者には「地域情報化 認識と設計」、「地域情報化の最前線---自前主義のすすめ」、「『知の創造』の進化のシステム---原型としてのインターネット空間」などの著書がある。子供の安全を護るため、地域のシニアネットワークなどを中心にして、「子供まもり隊」などが各地で活動している。地域のネットワークができることをうれしがるべきなのか、これほどまでしなくてはならなくなったことは憂うべきことなのかはともかくとして、この地域情報化の問題、
「地域通貨」などと絡めて実践できたら、面白いだろうな、と思った。






Last updated  2009.02.02 18:35:43
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カテゴリ:シンギュラリティ

「50才からの再入学パソコン塾」 「覚えられない、忘れっぽい」でも大丈夫。最新パソコンのエッセンスを抽出! 
江阪俊哉 /林知波 2006/11 技術評論社

 「覚えられない、忘れっぽい」ってのは、50才をすぎれば実感として、よくわかる。いや、どうかすると40代でも、その感じがでてくる。まして、今後、どうなっていくんだろう、と、やや不安にもなるが、そこはそこ、鈍感力なり、老人力なりで乗り切っていくことにしよう。

 このブログでも
「50代からパソコンを使いこなす本」や、「『ブログ』入門―50代にもよくわかる」とか、あるいは「『パソコンが僕の生き方を変えた』52歳からの挑戦」なんて本も読んできた。この手の本はもっともっと活躍して、もっともっとパソコンやネットへの敷居を低くしてもらいたものだ。

 パラパラとめくった限り、特に難しそうなところはない。当然だろう、常識だろう、ということがほとんどだ。だから、これからパソコンをやろう、ネットにつなごう、という人がいれば、ほんとにこの本で「入学」できるだろう。まぁ、そう思って余裕でよもうとした本だが、巻末の「索引」をみて驚いた。200弱ほどある項目のカタカナやらアルファベットやらの判読がじつはほとんどできなかった。いざ、くわしく問い直したら、わからないことだらけのパソコンとネット世界なのだった。ままさに、この本は「再入学」にふさわしい。

 豊富なカラーイラストと、懇切丁寧な説明がうれしい。一般的なパソコンライフがこれでスタート・充実できる。また、このような基本書を読むと、普段慣れているはずのパソコンの使い方が、じつはちょっと偏った使い方だったりする点がよくわかる。なんと、そうだったのか、という再発見もある。とくに私は音とか画像の編集などには弱い。私のまわりには、まだまだパソコン+ネットに接続していない人たちも多い。あるいは、そのことを誇りにしている人さえいる。それはそれで構わないが、やろうかやるまいか悩んでいる人がいるとすれば、この本を読んで、大いにみんなでつながりたいものだ。






Last updated  2009.02.02 18:36:54
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2007.06.03
カテゴリ:シンギュラリティ

「これから情報・通信市場で何が起こるのか」 IT市場ナビゲーター2007年度版 
2007/1 野村総合研究所・著 東洋経済新報社

 この本、各年度版があるようだ。年に一度だから、これが最新の情報となるか。2007年度版と言っても、その調査の対象となっているのは2006年の中盤の状況だから、まずはとにかくブログやSNSといったWeb2.0的話題からスタートする。その他、ネットに繋がっている人間にとっては、当たり前のことどもがより整理された形で、一冊の本として提供されている。IT市場に繋がるほとんどのマーケットについて網羅されているので、自分の利用していない分野にも目を通しておけば、なるほど、この分野はこうなっているか、という確認にもなる。

 私の場合だと、オンラインゲーム、音楽配信、モバイル決済、法人ネットワーク、地上デジタル放送、ゲーム機、などについては、あまり詳しくない。でも、きっかけさえあれば、すぐ利用し始める可能性がある。現在、どうなっているの、ということを、「野村総研」の目で、もう一度確認しておくのも、一興と言える。






Last updated  2009.02.02 18:37:59
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カテゴリ:シンギュラリティ

「ヒューマン・インフォマティクス」 触れる・伝える・究める デジタル生活情報術 
長尾眞・監修 工作舎 2005/10

 同じ工作舎の
「感性情報学」通じる所があるか。

 本書の契機となった独立法人・科学技術振興機構が推進する「戦略的創造研究推進事業」の「高度メディア社会の生活情報」プロジェクトがめざしたのは、ふつうの生活者が気軽に諸メディアを活用し協力しあうことによって、ひとりの天才、ひとりの政治的ヒーローでは決して実現できない、活気あふれる社会にいたる道を幾筋も用意することでした。 007P

 ともすると、行政がらみの、タイトルばかりが仰々しくて中身のない本もある中で、工作舎が手がけると、分かる人には分かる、感じる人には感じられる本ができあがる。まさに編集工学の妙というべきか。ここに提示されているものこそ、名前は違っているものの、いわゆる「シンギュラリティ」の一つの側面なのだ。

 
アリストテレス以来の壮大な知の体系化の試み
 インターネットはコミュニケーションの方法ばかりか学問体系そのものを改変しつつある。
p266

 そうでなくてはならない。その方向に確実に人類は進んでいる。






Last updated  2009.02.02 18:39:30
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カテゴリ:シンギュラリティ

「Web 2.0が殺すもの」 グーグルはタダ乗り王だ! 
宮脇 睦 2006/10 洋泉社

 日本においては、「ウェブ進化論」の名のもとに、一般に爆発的に浸透したWeb2.0。その現象を横目で見ながら、著者・宮脇睦は、多方面からいわゆるWeb2.0といわれる空疎な言葉を追撃する。批判的で、挑発的な文章に比して、読者はうなづくところが多いに違いない。それは的を射ているところが多いからだが、ここで抉り出されたネット社会の真相は、実はこの一冊では収集がつかないほど複雑だ。著者には
「楽天市場がなくなる日」2006/2という他書もあるが、「その歯に衣着せぬ物言いで好評を博す」こともあるだろうが、概してこのスタイルは諸刃のヤイバで、自らをも傷つけてしまうこともあるので、ご用心。

 オープンソースに触れるあたり、佐々木俊尚
「次世代ウェブ」などよりは、共感することができたが、第3章「集合知を必要以上にもてはやすな!」あたりは、シンギュラリティの真髄にふれる糸口になる可能性がある。






Last updated  2009.02.02 18:41:06
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カテゴリ:シンギュラリティ

「AppleジョブズのiPod革命」 マッキントッシュ、ピクサー、iPodを生み出した男のカリスマの証明 
伊藤伸一郎 2006/3 ぱる出版

 世界を塗り変えるカリスマの栄光と挫折、そして復活の奇跡を追う。ついでに日本のカリスマ経営者、ホンダ・本田宗一郎、ソフトバンク・孫正義、ソニー井出伸之を取り上げる。ジョブスなくしてマック文化は起こらず、パソコン文化さえ起こらなかったかも知れない。となれば、今日のインターネット社会も、まったく違ったシステムになっていたかもしれない。歴史には「もしも」はないけれど、未来の歴史家たちは、ジョブスを戦国時代の豪傑になぞらえて、その武勇伝を熱を込めて語るに違いない。いや、すでに生きながらにして、すでにひとりの英雄としてここに書かれている。マイクロソフトのビル・ゲイツなどとの比較のなかで、幼少時を養子として過ごしたことや、長じてできた子供の認知問題など、栄光の光と影を描いている。マック派よりも、むしろ非マック派が読んだら、より感動することだろう。






Last updated  2009.02.02 18:42:05
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