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詩誌AVENUE【アヴェニュー】~大通りを歩こう~

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2012年04月10日
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百八つの石ころ



 さてさて、その妙泉寺での冬休み最大のイベントは、皆で鐘突き堂に

登って行う除夜の鐘突きだった。お寺にとっても、除夜の鐘突きは特別

な行事であった。その大切な行事の中で、僕は重要な役をいつも任され

ていた。百八つの鐘を突く時に数を間違えない様にと、昼間に百八つの

石ころを拾い集めて箱の中に入れておくのが僕の役目だった。


 でも、そこはそれ、子供のやる事だ。きっと、かなりテキトーだった

んじゃないかなと思う。僕が拾い集めた石を入れた箱を、鐘突き堂の入

り口に置いておいたんだけど、誰か大人がチェックしたのかな?そんな

事は、記憶に無いんだけど。


 “紅白歌合戦”も終わる頃には妙泉寺の檀家の男衆も集まって来て、

土間の横にある広間の大きな火鉢に手をかざしながら暖をとって、湯飲

みに日本酒を注いでグイグイと美味しいそうに飲んだ。


 そして、“いこい”や“しんせい”、ハイカラな人は紺色の缶に入っ

た両切りの“ピース”を持っていた。火鉢の炭を火箸で鋏んで、くわえ

た煙草の先を炭に押し付けて火をつけて吸った。その姿がとても格好良

くて、子供なりに憧れた。その煙草の香りは、野良仕事をする大人の逞

しい男の匂いがした。


 皆、優しい人達ばかりだったので、彼等の側に寄って行って話もした。

膝に載せて貰った事もあっただろう。お百姓さん達の顔は酒焼けして赤く、

喋ると息が酒臭かった。こんな臭い物を飲んで、何が美味しいのだろうと

思ったけど、酔う程に陽気になって口数が増えて行くのが面白かったのか、

側に座り込んで話をした事は良く覚えている。


 僕の母親やおばあちゃん、おばちゃん達が慌ただしく檀家の人達に、野

菜の煮物や海が無い山梨ではお酒のつまみに重宝された真っ赤な色をした
すだこ
酢蛸を運んで行き、「あれあれ、皆さん寒い中をご苦労様なこってすね~」

なんて言いながら愛想を振りまいた。


 檀家の人達の中には、僕の事を取り分け可愛がってくれた前述の笠屋の

おじさんもいた。彼はお百姓をやるかたわら夫婦二人三脚、竹で編んだ笠
     なりわい
を売って生業にしていた人だ。


 広間で一杯ひっかけて身体も少し温まった頃、皆は鐘突き堂に向かった。

一升瓶と酢蛸や煮物を持って。鐘突き堂に入ると、十段位の梯子っぽい階段

があって、その梯子階段をよじ登る様に上がって鐘を吊るしてある所へ。


 その当時の田富町には、殆ど二階建ての家は無かった。田富町(中央市)

も、今ではコンビニやファーストフードのお店が町中に溢れて便利になった

な。だけどあの頃は不便な事で、物の有り難みを知る事が出来たし、何とも

スローペースな、ゆっくりゆったりとした暮しぶりだった。


 お百姓さんの家は、どれも大きな平屋だった。二階建ての家はとっても少

なかった…無かったかも。昼間だったら鐘突き堂に登れば、釜無川の土手も、

その先の南アルプスの山並も、それこそ甲府盆地全域を見渡せる感じだった。


 鐘突き堂の上から見た夜景はどんなものだったのかな、、。今となっては、

おぼろげにしか思い出せない。民家の窓明かりや、県道を行く車のライトが

見えるくらいで、後は漆黒の闇。光と影がはっきりとしていた。


 鐘を突く時の灯りは、土間や広間の電気の灯りが頼りだった。土間や広間の

電気を全部つけて、硝子戸を全部開け放った。それだけで、充分に明るかった。


 時計の針が十二時になると、除夜の鐘突きが始った。昼間に僕が拾い集めて

おいた石を、鐘を突く度に鐘突き堂の下の地面に捨てていった。そうして、途

中位になると僕も笠屋のおじさんに抱き上げて貰って鐘を突いた。大きなお寺

だったからかな、鐘も大きくて、鐘を突く木の棒もかなり大きかったので威圧

感もあった。鐘の真下は梯子で上がる為の穴が開いていて、何だか落ちそうで

恐かった。度胸試しみたいな感じで、胸がドキドキした。


 それにしても、僕が拾った石の数も当てにならなかったかも。回数を間違う

なんて事もあったのではないだろうか。一度位はあったかも知れないな。拾っ

た百八つの石を鐘を一つ突く度に、鐘突き堂の上から地面に落していった。


 その内に、テキトーに拾った石の数が心配になって来る。「あれ?数あって

たっけ?でも、まあいいか、、黙っていよう」と心の中でちょっと不安になっ

た事を、今でも良く覚えているのだから。でも、必ず誰かがチェックしていた

かも?もう、今では闇の中。


 檀家の人達の中には“紅白歌合戦”を見終わって、“行く年来る年”を見な

がら風呂にでも入りながら「一つ、二つ」って勘定をしていた人達も居たかも

知れない。「あれ、百八つじゃないぞ、一つ多いぞ!」なんて事もあったかも。

でも、苦情が来た話しを聞いた事もなかったな。


 もし、間違っていた事を気づいた人がいたとしても、誰も気にしなかったのか

も。都会も田舎も、まだ日本中の時間がゆっくりと流れていて、大らかな時代だ

ったんだろうな。それに、鐘を突く人は何人もいたから、その中にはしっかり最

初から勘定している人も居ただろうな、、、。うん?でも、大人の男達は全員、

酔っ払っていた事も確かだ。のんびりした時代だった。


 大人になってしまった最近では、除夜の鐘を聞いても何の感慨も無い。あん

なに楽しかった年越しは、もう二度とやって来ないのかな。もしそうだとした

ら、寂しい限りだな。ゴ~ン、ゴ~ン、Long gone....


 笠屋のおじさん達が酒のつまみに食べていた真っ赤な酢蛸を、母親が何処か

で見つけると必ず買い込んで来る。僕はその真っ赤な酢蛸を食べる時、いつも

妙泉寺での鐘突きの事を思い出す。



 PS この音楽少年成長日記《幸せは鐘の音とともに》を書いたのは、

   Always三丁目の夕日が放映される数年前ですよ。 北條宏泰











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最終更新日  2012年04月10日 19時43分57秒
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