101系:中央総武緩行線
101系:中央総武緩行線総武中央緩行線と言えば、そのラインカラーはカナリアイエローが思い浮かびます。しかし、その起源は山手線であり、中央総武緩行線だけではなく、殆どの線区が茶色の73系などで占められていました。山手線のラインカラーであるカナリアイエローがあまり定着していないうちにウグイス色の103系に変わってしまい、中央総武緩行線のラインカラーとしての定着間が強いのかもしれません。以上3枚とも 昭和55年頃 錦糸町駅にてみんな同じような写真でスミマセン。複写したものではなくて、すべて違う電車です。この頃の黄色い101系は、冷房改造車が全く導入されておらず、全部が非冷房車の編成でした。ほとんどが7連+3連の10両編成です。そして、この写真を電子化するまで気が付かなかったのですが、1番目の写真の編成は、千葉方(編成の奥の方)が3連なのに対し、2番目と3番目の写真の編成は中野方(編成手前)が3連になっています。津田沼区と中野区で違ったのかもしれませんが、中央線や京浜東北線では分割編成でも組成が統一されているため、非常に違和感を覚えました。昭和56年12月頃 平井駅にて用事があって平井駅に行ったとき、急行列車の撮影のついでに撮った写真です。この頃になると、中央快速線から流れてきた103系の冷房改造車と、103系の最終新製車が入線してきており、101系の活躍の場が狭まっていました。正直なところ、私が中学生くらいまでは中央総武緩行線はすべて101系でしたので、希少な感じもしませんでしたし、写真を撮ろうという気持ちも全くありませんでした。中央快速線から101系が撤退を始めた頃、それなりに101系を意識するようになってはきて、やっと撮りに行ったという感じでした。101系の引退時期と高校時代が重なっており、モノクロ現像を自分でやっていたため、カラー写真が全然ありませんでした。