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カテゴリ:国内旅行
■3月26日-1 犬山城で有名な犬山市にやってきた。 信長・秀吉・家康が奪い合い、歴史の荒波を生き残った、国宝犬山城。 山城は、愛知県犬山市にある平山城というタイプのお城です。 現在も築城当時に近いとされる姿を残しており、天守閣は日本最古の様式。 平山城とは、平地にある丘や小さな山に建築されたお城のことを指します。 犬山城は、望楼型三重4階地下2階という構造で、簡単にいうと地下2階と地上4階の合計6フロアの建物。 4階は望楼といって、遠くを見渡せるようになっています。 犬山城が位置しているのは木曽川の南岸、標高85メートルの崖の上。 背後は断崖絶壁ですので、攻め入ることが難しい天然の要塞といえます。 犬山城のように、築城当時の天守を残しているお城は非常に貴重です。 日本のお城のほとんどは、 戦国の戦乱や 明治期の廃城、 その後の戦争等で失われています。 明治維新後、廃藩置県が行われ藩主が住む城はすべて廃城とされました。 犬山城も例外ではなく、櫓や城門といった天守以外の重要な構造物が取り交わされ、犬山城は愛知県の所有になります。 ところが1895年に濃尾地震(のうびじしん)が発生。 天守が半壊してしまいました。 そこで修復することを条件に旧城主の成瀬家に犬山城が譲渡されました。 地震の被害は、成瀬家と犬山町民が集めた義援金によって修復されています。 その後、太平洋戦争にも被害にあわず、今まで残ったという犬山城は、運のいいお城なのだとガイドさん。 桃の形の瓦。 何故、桃? 答えは、邪気を払う縁起の良いものだから。 犬山城では天守、お城、犬山という町を邪悪なものから守るものということで桃瓦を載せている。 桃は、中国では古くから、邪気を祓い不老長寿を与える縁起の良い植物・果実として考えられていた。 「犬山」の由来については、これまで ①犬を用いた狩りをするのに適地だったから、 ②「小野郷」という地名に山が多かったので、「小野山」となり、それが「犬山」に転訛した、 ③針綱神社が大縣神社から見て戌亥(いぬい)の方角に当たることから「犬山」になった、などの説があります。 朝から雨が降っていたので城下町の散策は諦めて、からくり人形館へ。 ▲からくり人形▼ この他、いろんな人形を見て回った。 ▲この日の朝は、ビュッフェスタイルできし麵が出た!! ■2023.3月23日(木)■愛知県・名古屋市・有松■ ■3月24日-1■愛知県:名古屋市・熱田神宮■ ■3月24日-2■愛知県:名古屋城■ ■3月24日-3■愛知県:名古屋市・四間道(しけみち)■ ■3月25-1■愛知県:名古屋市・徳川園■ ■3月25日-2■愛知県:清須市・清州城/北名古屋市「昭和日常博物館」■ にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2023.04.17 00:02:26
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