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エジプト

2014年02月12日
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カテゴリ:エジプト
 
この日、ルクソールから飛行機でカイロ空港に到着した私たちを迎えに
来てくれたのは、メンフィスのTarekでした。
カイロまでの飛行機の中で
「どうしてタレックはここエジプトで
あんなにピュアなエナジーを持ち続けていることができるのかな?」
とおさむと話していたのですが、
やっぱりこのエジプトで出会った人の中では、彼といる時が一番ほっとしました。
カイロ空港からの車の中で、おさむの質問に答えて
タレックは、いろんなことを話してくれました。
彼はガイドではなく、メンフィスのカイロ支社のマネージャーのような仕事なのだそう。
そして、年は23歳と聞いてびっくり。
どう見ても30代後半、40代と言っても納得するぐらい落ち着いています。
4カ国語が堪能で、アラビア語、英語はもちろん、イタリア語もほぼ完璧に話すのだそう。
いわゆるエリートなのですね。
「イタリアに行ったことがある?」
というおさむの質問に

「いや、まだ行ったことはないよ。でもいつか行くのが夢なんだ」

「僕たちにとって、海外に行くというのは、とても大変なことなんだ。
ここカイロの一般的な家庭の平均月収はだいたい120ドルだよ。
つまり海外で200ドルのホテル代は、僕たちにとっては何千ドルに等しい。
しかも、海外に出るためのビザが必要を取るのが大変なんだ。
僕たちエジプト人は、渡航先に住んでいる人からの推薦状がなければ
ビザが取れないんだよ」

「僕はまだここに入社して1年ぐらいだけど
 この仕事が楽しくてたまらないんだよ。
 ここにいながら、世界の人たちと出会えるのだから」

そう笑うタレックに渇望のエナジーはなく
今を楽しみながら、やりたいことや夢を持っている普通の若者です。

モスリムでは、男性より必ず女性の方が年が若いのが普通なのだそうで
タレックは23歳なので、19歳ぐらいの人を探すのだそう。
ここカイロでは、結婚はとてもお金がかかるんだよ、とタレック。

「日本人のお客さんは、僕にとって君たちが初めてだったのだけど
まさに昨日、日本から来た二人の日本人の案内をしたよ。
彼らは全く英語を話さなかったから、僕は全部ジェスチャーと紙に絵を書いて
説明したんだ。彼らは時々、僕に日本語で話しかけるので
僕は何と答えていいか困ってしまったよ。
きっと日本人は日本語にプライドを持っているので、英語を話さないのだろうね」

と言うタレックに
「違う違う、日本人が英語を話さないのは、日本語にプライドを持っているからではなくて
単に英語を上手く話せなかったり、間違えたりするのが恐かったりするからだよ」

と答える私たち。
そして、タレックは、これから英語を話せない日本人が来た時のために
簡単な日本語を教えてくれ、と言います。
私たちがいくつかの日本語を教えると、それを一つ一つ紙に書いて
何度も何度も発音を繰り返すタレック。
「ダイジョウブ、シンパイナイ?」
彼はほんとうにこの仕事が好きなんだなあと。

さて、この日は空港からホテルに直行ではなく
カイロ考古学博物館に寄ってもらうことになっていました。
考古学博物館近くの交通渋滞は半端じゃない。
運転手は近くで私たちとタレックを降ろし
私たちはタレックに連れられて、考古学博物館のあるタハリール広場を歩いてゆきます。
ここはたくさんの戦車が止まっていて
軍人たちは銃を持って戦車内に待機していて
かなり物々しい雰囲気でした、
今回の旅では、どこでも治安の悪さや危険などを感じたことはありませんでしたが
さすがにここはやっぱり厳戒態勢のよう。

カイロ考古学博物館には、私たちはガイドなしで入りたかったので
タレックには、後で電話して迎えに来てもらうことに。
私たちはタレックと別れて、彼が用意してくれていた入場券を持って
博物館に入ろうとします。
でも、セキュリティが厳重で、係の人は
この切符ではガイドがいないと入れない、と言って通させてくれません。
それで、再び、電話でタレックに入り口まで来てもらい、
事情を説明してもらって、やっと通してくれました。

カイド考古学博物館は、20万点以上の収蔵品があるとのこと。
ここの中にあるものは、何千年の歴史のある、すごい価値のあるものばかりなのに
まるで倉庫のように陳列されていて
実際、工事の途中の材木などがあちこちに置かれたままになっていました。

エジプトの神々や王の巨大な像
黄金のファラオの仮面
様々な神々が描かれたミイラを入れる王棺
美しい石や金を使ったジュエリーや装飾品
デザイン力に優れた芸術性の高い家具や調度品
当時の人たちが作った精巧な模型。
 
そういったあらゆる収蔵品が大小、所狭しと置かれてありました。
フラワーオブライフで紹介されていたピラミッドの冠石と
イクナートンの巨像もありました。
ドランヴァロ曰く、イクナートンは最初のファラオ
(王とファラオは違うとのこと)であり
人間ではなく宇宙人だったそうです。
巨大に後方に伸びた頭の形や妊娠中の女性のような
膨らんだお腹などを見ると、人間ではないというのも納得。
でも博物館内の注意書きには
「なぜイクナートンがこのような変わった姿形で自分を描かせたのかは謎です。
たぶん(女性のような膨らんだお腹に見せることで)男性女性の両方に
受け入れてもらおうと意図したのでしょう」
というようなことが書かれてありました。

博物館というのは、様々なエネルギーが混沌としていることが多いのですが
ここカイロの考古学博物館でもしばらく歩いていると
そういったエネルギーの影響を受けて、ふらふらになってきます。
飛行機から降りたばかりでグラウンディングが弱かったこともあり
私たちにとっては、2時間が限度だったので
タレックに電話して迎えに来てもらいました。
ここでの写真撮影はすべて禁止されていて、カメラの持ち込みもだめなので
写真は取れませんでしたが
最後に博物館に来ることができてよかったです。

それから、車でこの日のホテル、メナハウスオベロイへ。
このホテルは、タレック曰く、エジプトで由緒のある
最も素晴らしいホテルだそうで期待が持てます。

ホテルに到着すると、ロビーでウエルカムドリンクを頂いた後
とても品のあるマネジャーのような紳士が
部屋まで案内してくれます。

そしてやはり、通されたお部屋は
これまでのホテルの中では、ダントツに素晴らしい。
部屋から真っ正面に大ピラミッド(クフ王のピラミッド)
そしてもう一つのピラミッド(カフカ王のピラミッド)
バルコニーがついていて、部屋も感じがよくて広々。

DSC_0670.JPG

DSC_0665.jpg

それからお腹が空いたので、ホテルのレストランへ。
このメナハウスはインド料理レストランがとても有名なのですが
夜7時からしか空いていないということで
その時間空いていたエジプト料理のレストランへ。
ここもクラシックでいい雰囲気です。

DSC_0680.jpg

たまには料理の写真も。これは前菜。
これらはトルコ料理に近い感じ。

CSC_0709.JPG

そしてこの後にエビのカレーを頼んで
それもおいしかったのですが、実はそのエビのおかげで
私たちは再び、苦しむことになるのでした泣き笑い
(ほんと油断は禁物です)

DSC_0701.jpg

食事の後、ロビーを通ると
ホテルの人が、プレジデンシャルスィートを見学しませんか?
と言ってきます。
メナハウスは、チャーチルやルーズベルト大統領や
有名な人たちが泊まったことのある由緒あるホテル。
そういう方たちが泊まったプレジデンシャルスィートを見学させてくれるということ。
たぶん、暇なのでチップ稼ぎということもあるのでしょうが
特に予定のなかった私たちは、案内してもらうことに。
案内役として呼ばれたのは、とても品のある感じのよい老紳士でした。

これはチャーチルが泊まった部屋。
このベッドで寝たらすごそう?

DSC_0696.JPG

そのバルコニーから見えるピラミッド。

DSC_0689.JPG

これはモンゴメリー将軍の泊まったスィート。
(モンゴメリー将軍って誰だっけ?という感じだったのですがあっかんべー

DSC_0700.JPG

案内してくれた方にチップは10ドルぐらい支払ったのですが
たぶん、これはとても多いのでしょう。
帰り際に何度もお礼を言われました。

こうして最後のエジプトでの夜は、メナハウスホテルでのんびりと過ごしました。
これは、私たちの部屋のバルコニーから見たピラミッド。

DSC_0707.JPG

今回のエジプト、特に心配してはいなかったものの
行く前は、治安など実際はどうなのかしら~と思っていましたが
行ってみると、カイロ以外は、どちらかと言えば平和な雰囲気で危険を感じることもなく
(しつこい勧誘とかはどこでもありましたが、それはたぶんいつもだろうし)
ピラミッドも神殿もどこも観光客が少なく、じっくりと見たり感じたりすることができて
私たちにとっては、この時期にエジプトに行ったことは大正解でした。

先日、エジプトから戻ってきた後に聞いた話なのですが
イスラム過激派が、エジプト内にいる観光客に対して
今月20日以降に滞在を続ければ攻撃する、という警告をした
というニュースがあったそうで、これもタイミングなのか
ほんとうに無事に楽しんで旅ができたこと感謝だなあと。
(少なくとも、もし旅の前にこのニュースを聞いたら
心配になっていたかもしれないしね)

さて、次の日、私たちはNYに戻るのですが
実は、私にとっての本格的なデトックスはNYに戻ってからがスタートだったのでした。
(デトックスのためにエジプト行ったわけじゃあないのだけどね〜泣き笑い

でもそのおかげで、大きな意識の変容につながったようです。
まだ抜けたばかりなので、はっきりとは言えないのですが
半ば強制的に、変化させられたという感じです。

言葉ってとても難しくて、一つの言い方をすると
その側面だけが受け取られてしまうので、私の本当に感じている感覚は
上手く伝わらないというもどかしさがあり
今回のエジプトで感じたことも、ブログにはほんの一部しか書けていないのですが
そのことも含め、またエジプト後記で書いてみたいと思います〜。

読んでくださってありがとうハート(手書き)








最終更新日  2014年02月24日 01時09分27秒
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2014年02月11日
カテゴリ:エジプト
 
この日は、アドビス神殿とハトホル神殿のプライベートツアーを申し込んでいて
朝7時にホテルにピックアップに来てくれることになっていました。

朝6時少し前に目覚まし時計で目が覚めさめたものの
私の気分は最悪。
胃はむかむかするし、立って歩くのもふらふらで
もう何を見るより、このままベッドで寝たい~、という感じでした。
おさむは、まだお腹は下しているものの
大丈夫行けそうということでしたが
私は、これからアドビスまで片道3時間の車の移動を考えると
とても無理そう。
なので、楽しみにしていたハトホル神殿に行けないのは残念だけど
キャンセルしようということに。
朝6時すぎにメンフィスからのモーニングコールがあると
聞いていたので、その時にキャンセルの旨を伝えようと思ったのですが
モーニングコールをかけてきたのは、メンフィスではなく
ホテル側だったので、とにかく7時まで待つことに。

でも、その瞬間、何とかキネシオロジーのセッションで持ちこたえて
行けないかしら?と急に思い立ちました。
身体の調整の場合、例えば胃なら、胃の粘膜、胃酸、ペプシンなどの様々な情報を
ピックアップして調整するので
おさむの筋反射のやり方だと少なくとも1時間半以上の時間がかかってしまいます。
それで、私がおさむの身体を使って私自身の調整を
ほとんど倒れそうな状態で、急ピッチでセッションを行いました。
いつもなら、こんな体調ではもうだめ~となったでしょうが
やはりハトホルだったからか、あんなに苦しかったのに、よくセッションをやったなあと。
そのせいあって、セッションをスタートして20分ぐらいで、私のお腹は動きだし
便通があって、35分のセッションが終了した頃には
胃のむかつきもかなりすっきりしていて、何とか行けそうになっていました。
急いで支度をし、何とか7時に間に合って、ロビーに降りてゆきました。
あそこでセッションをしていなかったら、きっと行くことは無理だったので
本当にぎりぎりセーフ。

この日のガイドは、アブデュー。
アブシンベルに案内してくれたアブデューとは別の人です。
アブシンベルのアブデューは、人がよくてやさしいおじさんという感じで
またクルーズでのガイドのアハメッドは、今時のエジプトの若者、という感じ。
仕事と割り切っていて(人との間に壁は作る感じだけど)
話も端的でわかりやすいし
遺跡のガイドをするのも最初の15分だけ一緒に回って
説明をして、あとはすべて自由行動、みたいな感じだったので
私たちにとっては、よかったです。

そして、このアブデューは、なんと言うか
私たちは「渇望エナジー」と呼んでいるのですが
「満たされない、不充分、不満」という
多くのエジプト人が持っているエネルギーを、すぐに感じました。
もちろん、渇望はエジプト人に限らず
多くの人が多かれ少なかれ持っていますが
このエネルギーが大きい人の近くにいるのは疲れるもの。
普段は、それほど気にならなくても
身体が弱っている時には、ちょっと厳しい〜。

運転手とアブデューと私たち二人で車に乗り込んですぐに
アブデューは、ぐったりしている私たちにはおかまいなく
すぐにエジプトの歴史について説明を矢継ぎ早に始めました。
何とか出発したものの、私はほとんどミイラと化していたしショック
おさむも一晩中下痢が続いて、げっそりという感じでしたが
アブデューはおかないなく、エジプト何千年の歴史を
かなりハイテンションで語ります。
あ〜「空気を読んで〜」なんて期待してはいけないんだよなあ。
たぶん、いつもなら率直に「ごめんなさい、少し休ませて」と言う私も
それを言う気力さえなく、ボーと聞いていました。
とうとうおさむが
「アブデュー、大変申し訳ないんだけど、俺たち
ちょっと胃腸を壊して具合が悪いので、到着するまで少し休ませてくれる?』
と言うと、ちょっと不満そうでしたが、話をやめてくれました。

アドビス神殿へは3時間ということでしたが、運転手が近道をしたそうで
2時間ちょっとで到着しました。
私は少し胃が重い感じはあったものの
歩き回るのは大丈夫でした。

昨日、ルクソールやカルナック神殿では、けっこう人がいましたが
さすがにここまで来る人は少ないらしく
ほとんど人影は見えません。

DSC_0619.JPG
 
ここはレリーフが保存状態もよく残っていました。

DSC_0615.jpg
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世界に文字を導入したと言われるトート神。

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私たちがアドビスに来た目的は、フラワーオブライフのシンボル。
ドランヴァロの本に、ここのオシリス神殿に
フラワーオブライフが刻まれたいることが書かれてありました。
アブデューに聞いても、当然この幾何学模様のことは知らなかったので
とりあえず、オシリスの神殿に連れて行ってもらまいます。

これがオシリス神殿。

DSC_0603.JPG

階段を降りて、すぐ右の上の方にフラワーオブライフがあるのを
おさむが見つけました。
階段は人が降りれないように、鎖がしてあったのですが
ここに働いている人に10ポンド手渡すと
数分だけ下に降りることを許可してくれます。
こちらがフラワーオブライフの一つ。
この近くに二つ並んでありましたが、とても薄く彫られてありました。

DSC_0607.JPG

これがドランヴァロが発見する前に刻まれていることは確かであっても
古代エジプトとか太古のものとは限らないわけですよね。
なんと言うか刻まれている場所が、唐突というか脈絡がない感じです。


アドビスは、もう一つ、飛行機や戦車が壁画に描かれているところとして
有名で、古代エジプト人が未来を予測できた証拠だと言われています。
アハメッドにも「アドビスに行くなら、ガイドにあのレリーフを
見せてもらうのを忘れないように」と言われたのにも関わらず
この日の私たちは、ボーっとしていて、すっかり
アブデューに尋ねるのを忘れてしまっていました。
アブデューは、そのレリーフには全く興味がないらしく
私たちがアドビスを出た後で、それを聞くと
ああ、あのレリーフね、という感じでした。

ということで、フラワーオブライフを見た後は、
ハトホルに出発です。
アドビスの村の子供たちが、車の中の私たちに手を降ってくれて
心がぽっと暖かくなりました。
やっぱり子供は世界どこに行っても、天使なんだなあ。
これは、車に乗る前に手を降ってくれた子。

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エジプトの典型的な屋根のない家。

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ハトホル神殿は、アドビスから1時間半ぐらいの場所にあります。

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ハトホル神殿は、荘厳で美しい神殿でした。
残念なことに、柱の上に描かれたハトホルの顔は
ことごとくローマ人によって、破壊されていましたが
高い壁一面にびっしりと描かれたレリーフ、太く高い柱の上のハトホル神
ところどころブルーが残っていて、その美しさをとどめていました。

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天井に描かれたレリーフ。

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ホルスの眼。これも左眼です。

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やはりハトホル神のエネルギーは
何とも言えない暖かさとやさしさに包まれています。
微笑んでいるハトホル神。

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DSC_0646.JPG

そして、ここに来て、このエジプトの旅がすべてここで終わったように
感じました。
もうここエジプトで思い残すことは何もないなあと。
この日の朝は、もう無理だと思ったものの
結局、ハトホル神殿にも無事来ることができて、本当によかったです。

その日、ルクソールのホテルで、セッションをしたら
胃も十二指腸も小腸も大腸もすべて反応していて
ミネラルウォーターでここまで胃腸がやられるのだなあと驚きましたが
それらを調整したら、私はほぼ胃腸も回復し、元気になっていました。
(実は、その後、再びエジプトの洗礼を受けることになって
それは帰国後も続くのだけど、その話は長くなるのでまた)

次の日は旅の最終日、私たちは再びカイロに向かいます~。







最終更新日  2014年02月22日 12時07分11秒
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2014年02月10日
カテゴリ:エジプト

この日は、朝から船をチェックアウトなので
荷物をまとめて、船を出て、メンフィスの車に積み込みます。
3泊4日のナイル川クルーズ、船内も快適で食事もおいしかったし
何よりもナイル川の豊かさを感じることができて
本当によかったです。

そして、この日はルクソールの東岸
カルナック神殿とルクソール神殿を見学です。

カルナック神殿は、もう信じられないほど大きな神殿でした。
巨大な柱、巨大な門、巨大な像が立ち並びます。
この建物がすべて残っていた時代は、一体どんなにすごいものだったか。
想像するだけで、めまいがしそうです。

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一部に色が残っていました。
この建物全部が、カラフルに彩られていたわけですから
さぞ美しかったことでしょうね。

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このオシリスのレリーフは、カルナック神殿のあらゆる柱にあり
またルクソール神殿にもたくさんありました。

DSC_0540.jpg

トート神。
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カルナック神殿の後は、ルクソール神殿。
これもまた大きな神殿でした。

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ピラミッドもすごいですが、この神業としか思えない
巨大な神殿も圧倒的なパワーを感じます。
こんなものを作った人たち(存在たち)が
一体どんな意識でいたのかしら。
一方で、ラムセス2世が近隣諸国の人民を
足で踏みつけて立っている像、などを見ていると
どうして、こんな風に権力を見せつける必要があったのかしら?と。
もしドランヴァロの言うように、彼らが第5意識だったら
そんなことする必要あるかしら?と素朴な疑問が湧いてきます。
このあたり、ドランヴァロに聞いてみたいです。
(注、第1意識、第3意識、第5意識はワンネスの意識。
第2意識、第4意識は分離の意識だそうで
現代の私たちは今、第2意識で第3意識に移行する前とのこと)
「王家の紋章」みたいにタイムトリップして
本当のところを見てみたい〜〜。


現在、ルクソール神殿とカルナック神殿をつなぐ3kmの道が
スフィンクス参道として建設中とのことでした。

DSC_0576.JPG


さてこの日はルクソールのホテルにチェックイン。
私たちが泊まったSonesta St George Luxor Hotelは
たまたまクルーズ船と同じ系列のホテルでした。
このホテルは、Booking comでは、評価が9だったのだけど
内装もサービスもまあまあという感じ。
部屋からもナイル川が見えましたが
やはりナイル川は船の上から見た方がずっといいです。

この日、おさむは朝からお腹を下していました。
どうやら、免疫力が弱っているところに、前日の夜に食べた食事が当たったよう。
前日の船のディナーはフルコースで、選択だったので
おさむは、前菜に油ものを避けて、サラダを選んだのが逆にまずかったようです。
私は揚げ物を選んだので、問題ありませんでした。

ホテルにチェックインした後、おさむは、食事を食べれなかったので
スープだけ頼んで、私はリゾットを食べました。

と、私も夜になって、急に気分が悪くなり
胸がむかむかしてきて、お腹が痛くなってきます。
おさむが「またのりこは、俺のエネルギー、受けているんじゃない?」
と言うので、え?まさか?と見てみると
やっぱりおさむのエネルギーを受けていました。

ふ〜。
おさむが具合が悪くなって、その後、私も同じ症状になる
というパターンは、何年も前からあったのですが
これもとっくに手放したつもりだったのだけど。
それで、おさむのエネルギーを受けてしまった要因となった
私の感情をスキャンリストで調べて見ると
「同情」

は〜。
確かに、おさむはご飯も食べれないでかわいそうに、とは一瞬思ったものの
だからといって、おさむと一緒の症状になりたいなんて思っていないのに〜泣き笑い
そして、さらに私の身体が反応した感情は
「(一緒にご飯が食べれなくて)さみしい』

アホちゃう?私パンチ
と自分でつっこみを入れながら、とりあえず、おさむのエネルギーを切ります。
一瞬感じた感情というのは、つい見逃してしまうのですよね〜。
さみしいって言っても、実際はたいしてさみしいと感じたわけではないのですが
ほんのちょっと感じた感情や感覚であっても
それがエネルギーを受ける要因になってしまうのです。

エネルギーを切って少し楽になったものの、胃腸はまだ問題があると反応します。
私も旅行に出てから、便秘ぎみだったので
飛行機の影響かしら?と見ていくと
身体はミネラルの調整をしなさい、と伝えてきます。
え?と思ってみてみると
体内のカルシウムや鉄分、その他のミネラルが過剰の状態になっている
と出てきました。

は!と思って、部屋にあるミネラルウォーターを調べてみてわかったのは
私が胃腸を壊した要因は、この日飲んだミネラルウォーターでした。

エジプトはミネラルウォーターでも硬水(ミネラル分が多い)なので
ミネラルウォーターでお腹を下すというのは話に聞いて知っていました。
私たちはエジプトに着いてからずっと
ミネラル”ウォーターは「Nestle」と
もう一つオーガニックと書かれたブランドの二つを飲んでいて
ぞれらは問題がありませんでした。
クルーズ内で支給されたのも「Nestle」
そして、この日、クルーズ船を出て、アヘメッドが店で
私たちに買ってくれた水が「Dasani」
調べてみると、「Dasani」は私の身体にとっては、マイナス40%以下の適合率。
ということは、飲めば確実に身体に負担になる、ということです。
飲む前に調べてみればよかったのですが、普段、胃腸は強いので
生野菜さえ避けていれば大丈夫だろう、と
すっかり油断していました(すべてにおいて油断していたのだけどねあっかんべー

ほとんどの場合、身体の不調は
外的な要因と内的な要因がいくつか関わっています。
例え、風邪であっても、ただ身体が冷えただけでは
症状として出て来ないのですが
必ず、そこに何らかの感情的、精神的なストレスが加わると
身体は熱や咳などという症状を出してきます。

今回の私の場合
おさむからのエネルギー(私の同情という感情)
プラス、私の身体に合わないミネラルウォーター
そしてそれ以前にあった飛行機の電磁波や疲れなど
が加わって、胃腸の乱れにつながったということ。

ということで、要因はわかったものの
この日、とりあえず身体内のミネラル分の調整を行った後
猛烈に眠くなり、胃腸の調整までできずに
そのまま眠ってしまいました。

PS
先日、NYに戻ってきて、これは、凍り付くNYからアップしています。
あ〜それでもやっぱり家はいいね〜〜♪
 






最終更新日  2014年02月22日 12時11分39秒
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2014年02月09日
カテゴリ:エジプト
 
前日の夜中から、船は走り続けていました。
朝のナイル川。
静けさの中に母なる大河の深いエネルギーを感じ
ハートが満たされてゆきます。

DSC_0461.JPG

そしてルクソールに到着です。
連日、食べ過ぎていたので、今朝は二人とも朝食をスキップ。
船を降りて、アハメッドとドライバーとメンフィスの車に乗り
今日はルクソールの西岸の観光に出かけます。
10人乗りのバンでしたが、私たち二人だけです。
アハメッド曰く、ルクソールの住民の92%が観光で
生計を立てているとのことで
ここも観光客が激減してからみんなSuffering しているとのこと。
車の中から畑が見えたのですが、ここの農家の人でさえ
ここで取れた作物をホテルなどに卸しているため
大きな打撃を受けているそう。
90%以上の人々が観光に頼っている地域や国というのは
観光客が来なければ当然、成り立たなくなるわけですから
それがここの大きな問題の一つなのだなあと。

車で20分ほどで王家の谷に到着です。
王家の谷では写真撮影一切禁止なので
車の中にカメラを置いてゆきます。
これまで他はどこもツーリストはまばらでしたが
ここは初めて、観光客がけっこういて
(と言っても、以前よりはかなり少ないそうですが)
大型バスで団体客も来ていました。

ここは、有名なツタンカーメン王を始め
たくさんの王の墓があるところです。
ガイドは中に入れないとのことで
私たちは、アハメッドと一旦別れて、3つの王の墓を見ました。
ここはピラミッドとは違って、明らかに墓なのですね。
墓の中には、たくさんの壁画がきれいに残っていて
かなり色が残っているものもありました。
ツタンカーメンの墓は別料金だったこともあり
どちらにしても私たちは特に墓に入りたいとは思っていなかったので
ツタンカーメンには入らずパスしました。

王家の谷の後は、ハトシェプストの葬祭殿。
ハトシェプストは、古代エジプトで唯一、女性でありながら
クイーンではなくキングとして統治した人だそう。

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ハトシェプストの像。
男だけがつけるひげと冠をかぶっています。

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ここにあるハトホルの神殿。

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ハトホルは牛として描かれます。

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これは死者をあの世に導くというアヌビス神。
空には星。

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所どころ、クリアに色が’残っていました。

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DSC_0500.JPG

それからメムノンの巨像へ。
高さ18メートル。
アハメッドからメムノンの名前の由来を聞いたけど、忘れてしまいました。
(あまり興味がなかったということもありあっかんべー

DSC_0510.JPG

そして、この日の最後に訪れたのは
アラバスター(白い鉱物)職人の工房でした。
このあたりで取れた石を、どうやって壷や彫刻などの作品にしていくか
簡単な実演がありました。
本物の石と偽物の石の見分け方
手作りの作品とマシーンで作られた作品との違いの見分け方
などを見せてくれます。
なるほど~。

中は、様々な種類の彫刻や置物が置かれてある店でした。
すべて手作りで本物の石だそうですが、数ドルぐらいのものもあれば
いくらなのか検討がつかないものもあって、ピンキリです。
最初、実演を見ていた時には、アラバスターには興味がなかったので
何も買うつもりはなかったのですが
アラバスター以外にもいろいろあり
私たちの目に止まったのは、古い感じの20cmぐらいのトート神と
15cmほどのハトホル神の石像でした。
話を聞けば、これらは彼らの祖父の世代が作ったもので
約70年ぐらい前のものだそう。

店の主人は、私たちがいくつかの候補を選び終わるまで値段を
言いません。
私たちがいくら払えるのか?を見極めようとしているのでしょう。
なので、他にいくつか安そうなものも候補として選んでみました。
そして彼が提示した価格は
エジプトの物価からするととても高いのですが
私たちが予想していたよりは安かったので
それから交渉して、結局、おさむはトート神とホルス神の石像を
私はハトホル神とラピスラズリで色づけされたホルスの左眼を購入しました。
(ふふ、またもや、まんまとはまっている私たちです)

しつこくつきまとう普通のお土産物屋は
見る気にもならなかったし
ここは一応ちゃんとした工房で、メンフィスのお勧めということで
よかったのですが
実は、これがきっかけでエジプトの洗礼を受けることになろうとは
その時は知る由もありませんでした泣き笑い

それから船に戻って、午後からは自由行動。
もう充分満喫したし、後はゆっくりしたかったので
オプショナルツアーには参加せず、船でのんびり過ごすことにしました。

と、船内の部屋で過ごしていると
おさむが、急に具合が悪いと言い出します。
熱があって、身体がだるいとのこと。

最初は
「ぷぷ、ツタンカーメンの呪いかもよ。
(墓には入っていないけど)そばを通っただけで呪われたんじゃない?」
などと冗談を言っていたのですが
おさむが
「のりこ~~これはまずいよ〜〜ふらふらする~」
と言うので、額を触ってみるとかなりの熱。
それで、キネシオロジーのセッションをやることになりました。

おさむの腕を触ってみると、すぐに何らかのエネルギーの影響を
受けていることがわかりました。
「わ、まじで、何か取り憑いているんじゃない?」
と言っている私自身が
今度は、急に熱が出てきてふらふらになってきます。
「え~私にも何かついてる?」
と、おさむの身体の反応を見てゆくうちに
私はおさむのエネルギーと共鳴しているだけだということがわかり
すぐに私の方は熱が下がって、楽になりました。

そして、おさむが何のエネルギーを受けているか
筋反射で見ていってわかったのは、購入した石像だったのでした。

そこで、それぞれの石のエネルギーを見てゆきます。
私たちが購入した4つの石像のうち
ホルスとホルスの眼の飾り物は問題がなく
問題があったのは、トート神とハトホル神の二つ。
そして、おさむに影響を与えていたのはトート神の石像のエネルギーでした。

食べ物や薬などがどのくらいその人に合っているか、または毒であるかを調べるのに
私は筋肉のオン、オフではなく、数値で調べてゆきます。
筋肉のオン、オフで見れば、50%以上がオンで
50%以下がオフになります。
その人に完全に合っているもの、力を与えるものは100%とすると
50%以下だと身体に合わないものということです。
そして、ホルスとホルスの眼は二つとも100%
トート神はマイナス70%、ハトホルはマイナス40%でした。

おさむがトートの石のエネルギーを受けた、ということは
彼がもともと持っていた何かが
トートの石が持っていたエネルギーとフックしたということです。
トートの石のエネルギーを調べてみると
「貧しい、だまされる、信頼できない、充分でない(足りない)」
などの感情が上がってきました。
それで、おさむの感情を見てみると
この石を購入する際に
「だまされたくない、損をしたくない」
という感情があったと出てきます。
おさむに聞いてみると、確かにあの時そういう意識が
彼の中にあったとのこと。
その豊かさとは反する意識が
この石が持っていた様々なエネルギーとフックして
石のエネルギーを受けることになってしまったのです。

石は人のエネルギーを吸収します。
このトート神もハトホル神も70年以上前のものですから
これまでずっと、あの石屋にあったにしろ、誰かが持っていたにしても
そういった人のネガティブなエネルギーを吸収していても
おかしくありません。

石がネガティブなエネルギーを持っている場合
石自体に強力なネガティブなエネルギーがあれば
浄化できないと出る時もありますが
この石たちは、二つとも浄化できると出ました。
おさむの浄化と一緒にトート神の石の浄化ができるとのこと。

浄化のために選ばれた調整法は
大ピラミッド内に持っていったレムリアンシードクリスタルと
トリニティチューニングフォーク。
さらにその後、クラニアルやチャクラクレンジングや
購入したばかりのフランキンセンスやロータスのアロマや
その他、様々な手技を身体は次々と求めてきます。
そしてやっとエネルギーがクリーンになった、と思ったら
今度はおさむの身体は、リンパや大腸や小腸など身体的な問題を伝えてきました。
たぶんリンパは、旅に出る前に問題があったのでしょう。
それがさらに飛行機の電磁波の影響で
腸のリンパ節などに影響を与えて
おさむは飛行機に乗ってから、便秘ぎみになっていました。
つまり、体力、グランディング力が落ちていたところに
石のエネルギーに当たったので
一気に熱が出てしまったのです。

3時間以上のセッションになり
大腸やリンパ、免疫力の調整は
このセッションだけでの調整は無理と出たので
とりあえず、この日のセッションは終了しました。
熱はすぐに下がるとおさむの身体が伝えた通り
セッションが終わってからしばらくすると下がっていました。
具合が悪くなったのが、たまたま自由行動で時間が充分にある時でよかったです。
(たまたまではないのでしょうけどね)

さて、一方、ハトホルの石像のエネルギーを見てみると
この石が持っていたエネルギーは「深い悲しみ」でした。
幸い、私はこの石のエネルギーを受けてはいませんでしたが
そもそも、私がこの石を選んだことに
何かまだ私の中にあるのかもしれないなあと。
そのあたりは、まだ詳しく見ていないのですが
この日は、とりあえず、ハトホルの石の浄化を行いました。

それにしても、購入する時に
石のエネルギーをじっくり感じてみたり、ちょっと調べれば
わかったことなのに
どうして今回は、石のエネルギーに全く注意を向けなかったのか
しかも、私たちが二つとも問題がある石を選んだというのは不思議ですが
これらの石たちが浄化を必要として
私たちのところにやってきたのかなあと。

そして、おさむの中にほんの少し残っていた
豊かさとは反する意識が
この石のおかげで表面に出てきたのは、
それはそれで必要だったことなのでしょうね。

そして、浄化はそれだけでは終わりませんでした(トホホ)
いやはや。旅はいろいろありますね~ウィンク


ルクソールの夕日。
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最終更新日  2014年02月15日 10時48分34秒
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2014年02月08日
カテゴリ:エジプト

朝食の後、8時すぎに船は最初の目的地、コムオンボに向けて出航しました。

船は、エジプトの命の源、ナイル川をゆっくりと進んでゆきます。
岸辺には緑が茂っています。

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11時すぎにコムオンボに到着。
船を降りて、数分歩くと、すぐにコムオンボの神殿です。

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ここは、エジプトでは唯一、二つの神に捧げられた神殿で
一つは、ハヤブサの神様、ホルス神。もう一つはワニの神様、ソベック神。
すべては左右対称に作られていて二つづつあり、門も二つあります。
ちなみに、アハメッド曰く、ホルス神は二人いて
一人はアイシスとイシスの息子
もう一人はこの太陽神ラーの息子で、ハヤブサの神であるとのこと。

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ドランヴァロは、このコムオンボの神殿はチャクラで言えば
性のチャクラである第2チェクラを表し
また、二元性を表していると説明していました。
一つは光。一つは闇。
門から入って、左が光で右が闇。
1992年の大地震の時に、右側だけが崩れたのだそう。

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反対側から見た神殿(A)
(写真の左側ー神殿の右側ーは崩れています)

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アハメッドの説明では(一般的な考古学の解釈では)
ここはヒーリングセンターであり、病院だった、ということ。
確かに医療のような道具やアロマと思われる道具が描かれています。
これは出産の様子を描いたとされているもの。

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ドランヴァロの話では、ここは学校だったそう。
古代エジプトではホルスの左眼、右眼、中央の眼の
3つの学派に分かれていて
左眼は女性性の学派、右眼は男性性の学派で
ここはホルスの左眼の学校が二つあったとのこと。
(アハメッド曰く、二つの眼は
神は両目でしっかりあなたを見ていますよ
というサインだと言っていましたが
それなら、なぜ二つとも左目なのか、という疑問が湧いてきますよね)

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左眼の学派は、人間性に関するあらゆる探求がされて
感情、性エネルギー、出産、死などについて探求し
学ぶところだったそう。
このコムオンボでは、恐れの克服のために、様々なしかけやプログラムがあったのだとか。
その例としてワニのいるプールの中に飛び込み
プールの中にある先が見えない出口を通って
正しい位置から出てくる、というようなもので
この上のAの写真の中で、両方の石の中央ぐらいの床に
蓋がしてあるところがその出口だそうです。


アハメッド曰く
トートとホルスが王さまを浄化しているところ。

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他の神殿でもよく見かけるモチーフ。
何を表しているのでしょうね。

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神殿の敷地内にワニ博物館があり
ワニのミイラが置いてありました。
古代エジプトはワニも神聖なものとして
ミイラ化したのですね。
その博物館の中にあった、ワニがハトホル神の上に2匹上っている像。

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神殿から船に戻り、船はエドフに向けて出発します。
コムオンボの神殿は、ナイル川のすぐ横にあるので移動が楽でした。

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ランチの後は移り行くナイル川の景色を見ながら
のんびりと過ごします。
対岸には牛や小舟がいて、人々を眺めているだけで楽しい。
こんなにゆったりと時間を過ごすのは、本当に久しぶり。

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日本とエジプトの国旗。

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夕方、船のサンデッキでティータイム。

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船の後ろから眺めたナイル川。

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夕方5時すぎにエドフに到着です。
ここからホルス神殿へは、船を出て、馬車に乗ります。
馬車は、エドフの町中を通り抜けてゆきます。
馬車の上なので、写真は撮れなかったのですが
ターバンとガラベーヤ(ローブのような民族衣装)と着た男たち 
黒づくめで顔がほとんど見えない女性たち
モスク、市場、ロバやらくだや馬と車が混沌と混じり合って
さすがに’ここは異国〜〜という感じでした。
馬車のおじさんは、ここは病院、ここは学校、ここはモスク
など頼んでもないのに街の観光ガイドをしてくれます。
(こういう時は、間違いなく後からチップを要求されるのですが)

ホルス神殿は、とても大きな神殿でした。

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しばらくしてあたりも暗くなり
星空が見えだした頃、光と音のショーが始まります。
これは、メキシコの遺跡などでも行われている
遺跡をライトアップしながら、そこの伝説や物語を語るというもの。
あまり期待していなかったのですが
ここのライトアップは、とても凝っていてきれいでした。
物語はスペイン語で、ヘッドホンで英語の翻訳機を渡されましたが
私はつけないで見ていたので、話はよくわからなかったものの
どうやらホルスとハトホルの結婚の話だったよう。

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ショーが終わって、再び、さきほどのおじさんの馬車に乗って船に戻ります。
途中の街の市場。

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帰り道、おじさんは、一度、馬車を停めて
私たちがいらないと言うのに、二人の写真を何枚か取ってくれます。
最初にアハメッドは、帰りに20ポンド(3ドル弱)チップを渡せばいいよ
と教えてくれたので、船の入り口に到着して降りる時に4ドル渡すと
それでは足らない、もっとくれ、と言い出します。
ここではみんな押し売り商売なのですよね~。

この日のディナーはエジプト料理でした。
もともと中近東料理は、フマスやファラフェルなど
好きなのでNYでもよく食べますが、ここもおいしかったです。
毎日つい食べ過ぎてしまって、二人ともすっかり太ってしまいましたぶた
 







最終更新日  2014年02月12日 03時41分08秒
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2014年02月07日
カテゴリ:エジプト
 
この日から3泊4日のナイル川クルーズです。

朝7時、アスワンのモーベンピックホテルをチェックアウトして
対岸にフェルーカで渡ると、今日は違うメンフィスの人が待ってくれています。
今日から4日間、私たちのガイドをしてくれるのはアハメッド。
彼は、最初の二人のような人がいい感じではなく
ちょっとクールな感じですが、テキパキしていて
(せかせかしている、とも言えるけど)英語もクリア。
メンフィスのガイドは、みんな癖のないクリアな英語を話すので
とてもわかりやすかったです。

今日は乗船する前に、観光するとのことで
最初に訪れたのは、フィラエ神殿。
日本ではイシス神殿として知られているところです。
フィラエ神殿は水没の危機にあったので
もともとあった島から別の島に移されて
今はそこがフィラエ島と言われているそう。
小舟に乗り、15分ぐらいで島に着きました。

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アハメッド曰く、柱の上の花の模様が全部違うのが
ローマ、ギリシア建築、全部同じなのはエジプト建築だそうで
こちらはローマギリシア建築。

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最初にアハメッドは、エジプトの神殿の背景となっている宗教観
そして、その神々の物語について説明してくれます。
セト神によって殺されて、14つにばらばらにされたオシリス神
そして愛するオシリスを取り戻すために
その遺体を一つ一つ集めて、元にもどしたイシス神。
でも、一つだけ男性のあの部分だけは見つからず
あそこは魚に食べられたこと。
それでもイシスは身ごもり、ホルス神を生んで育てた場所が
ここフィラエ島であることなど。
イシスとオシリスの物語は有名な話ですが
アハメッドが身振り手振りで’話すのを聞いているのはおもしろかったです。
イシス神は、愛情深くて激しくて
戦う女神というイメージと
息子ホルスを守る母性のイメージと両方あります。


私たちは旅は自分たちのペースで周りたいし
特に遺跡などは、ガイドが話す一般的な情報には
あまり興味がないので、普通はツアーには参加しないのですが
今回はアブシンベル神殿もハトホル神殿も個人では行けないし
またナイル川クルーズは、すべてツアーなので
その点はちょっと面倒かも?と思っていました。
でも、今回はクルーズでもメンフィスからの参加は
私たち二人しかいなかったので、かなりフレキシブル。
それにアハメッドの話は、興味深くよかったです。



遺跡に着くと、まず最初に彼の説明を聞きながら周り
その後、彼と離れて、自由行動というパターンでした。
時々、アハメッドは
「さて、これは何建築でしょう?』とか
「4つの神の名前は何だった?」とか
「さて、この古代エジプトの数字はいくつを示しているでしょう?」などと
私たちに教えたことを質問してくるので
ボーっと聞いているわけにはいかず、
私たちもちゃんと話を聞きますウィンク

古代エジプト語で
「メシー」というのが、了解、わかった
という意味だそうで
彼が話しを終えるたびに「メシー?」と聞いてくるので
私たちも「メシー」と答えます。
彼は、話もわかりやすくて上手いし
彼の話を聞くと考古学的にどう言われているかもよくわかって
おもしろいです

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フィラエ神殿は、とても穏やかな心地よいエネルギーの場所でした。
入ってすぐに、ハトホルの柱が7つ。
これは、7つの音階、ドレミファソラシを表しているのだそう。
ハトホルは、愛と豊かさと音楽の神様です。

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中に入ると壁にたくさんのレリーフ。
奥の間は、捧げものをする部屋。
オシリスを自らの羽で守るイシスの姿。
オシリスを助けるのもイシスなら
守っているのもイシス神なんですね。

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これもハトホル神の小神殿のモチーフ。

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さて、フィラエ神殿を後にして
それからアスワンハイダムの見学です。
このダムがあるおかげで、雨の降らないエジプトでも
人々は水を得ることができます。
と言っても、ダム自体は、特に見所もなく
私たちはダムには全く興味がないので、写真も取らず。
到着してから10分で出発しました。

次に訪れたのは、アロマオイルのファクトリー。
エジプトはアロマオイルの発祥の地と言われていて
古代からフランキンセンスやミルラなど
ミイラ作りにも使われたり、
医学としても香水としても使われていました。
このファクトリーは、今は政府が買い上げて
保護しているのだそうです。

入ってすぐに、私とおさむは別々の部屋に通され
私はエジプト人女性に連れられ
小部屋に行くと、いきなり上半身を脱いでと言われ
サンダルウッドを使った15分ほどのアロママッサージをしてくれました。
(マッサージはけして上手くなかったけど)
それから、スペシャリストによるアロマの説明がありました。
この会社とメンフィスツアーと提携しているのか
政府の推薦なのかはわかりませんが
要はこの会社のアロマオイルを購入してもらうためのものです。
普通はこういうところでは、滅多に買わないのですが
ここのアロマオイルは、オーガニックでかなり高品質だということで
話を聞いているうちに、まんまとはまって
ローズやフランキンセンス、ロータスなど
二人で800ドル以上のオイルを購入しました。
例えば、私が使っているヤングリビング社のアロマで
フランキンセンスだと確か5mlで90ドルぐらいですが
ここは、どのオイルも50mlで62ドル、100mlで100ドルと安い。
でも、エジプトの物価にしたら、かなり高いので
観光客用の価格なのかもしれませんね。

そして訪れたのは「切りかけのオペリスク』
オペリスクとは、古代エジプトのモミュメントで
太陽の陰から時間を知るための時計の役割だったとか
神殿の印だったとか、王の力を見せるための広告塔だったとか
いろんな目的があるそうですが
世界にあるオペリスクは、ここアスワンで取れた石なのだそう。
私たちは知らなかったのですが
ニューヨークにもセントラルパークに
『クレオパトラの針」という名前のオペリスクが
エジプトから運ばれて立っているそうです。

この切りかけのオペリスクは
切り出す途中で地震があってヒビが入ったので
中止したそうですが、40メートル以上、1100トン以上の重さがあって
もし完成していたら、世界最大の大きさになったそう。

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やはり実際に見てみると巨大です。
作り方は、石の割れ目に木のくさびを入れて
水分を入れて、木が水分で膨張するので石が割れる
という製法で切り出された、などというのが定説みたいですが
とてもそんな製法で切り出せるような大きさではないのです。
しかも、これをどうやって運んだか?は
全くわかっていないそう。
ハトシェプストにあるオペリスクもこのアスワンから
運ばれたそうですが、現代の技術を持ってしても7年かかるのに
古代エジプトではそれが7ヶ月で運ばれたと言われているそう。
あり得ない~。

さて、午後になって、いよいよクルーズ船に乗船です。
私たちが乗るSonesta号は5つ星クラスのホテルで
アハメッド曰く、たくさんあるナイル川クルーズ船の中では
2番目にゴージャズなのだそう。
(一番目でなく2番目というのが、ミソというか)

そして、それがそのクルーズ船。
クラシックで、外見もいい感じです。

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船の中に入ると従業員、船長らが笑顔で迎えてくれます。
まずは’ロビーでウエルカムドリンクとレジスター。

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それから部屋へチェックイン。
私たちの部屋は4階でした。
大きな窓がある感じのいいツインルームです。

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バスルームもウッドフロアできれい。
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すぐに船の中でのランチ’。
ビュッフェ形式で、種類もそこそこあっておいしかったです。

それから、サンデッキに上がって
プールの前にあるパラソルの下でひなたぼっこ。
あ~極楽~~ハート(手書き)

ちょっとだけ不便だったのは
インターネットはすべて有料。
1時間8ドルで、ロビーでしか使えなかったことぐらいで
他はすべて完璧でした。

そして、最初の夜はロビーでのレセプションの後
ダイニングでのディナー。
ディナーには50人近くのお客がいて
3分の1ぐらいは欧米人でした。
(アジア人は私たちだけでした)

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ドリンクは、すべて別払いですが、
ワインも何種類があります。
この日のディナーはビュッフェ形式では’なく
前菜、スープ、メイン、デザートのフルコース。
3種類づつからの選択で
私たちはメインにすずきのグリルを頼みましたが
とてもおいしかったです。

この日、部屋から見た夕日。
ナイル川に沈む美しい夕日を
部屋から眺めることができて、最高でした♪

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最終更新日  2014年02月10日 04時30分16秒
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2014年02月06日
カテゴリ:エジプト
 
この日はアスワンからアブシンベル神殿へ向かいます。

ご存知のように、アブシンベル神殿は、世界遺産の第一号。
1960年代にアスワンハイダムの建設計画のため
水没の危機にあり、ユネスコがそれを救うため
4年かけて、今の場所にすべての神殿を移設したそう。
移設により日にちがずれたとのことですが
以前は、ラムセス2世の誕生日と、王に即位した日の年2回
朝日が神殿の奥にある4体のご神体のうち
3体を照らすように作られていることで有名です。

アスワンからアブシンベル神殿へは
普通は陸路と空路の2つの行き方があるのですが
この時期、観光客が少ない日は飛行機は欠航になるそうで
あいにくこの日の飛行機も欠航。
ということで、メンフィスのプライベートツアーを利用しました。
迎えに来てくれたのは、エジプト人のアブデュー。
Tarekもそうですが、この方もとても温和なまじめな人で、インテリジェンス。
アブデューは、エジプト生まれのエジプト育ちだそうですが
英語も流暢で、10年この仕事をやって日本人をガイドするのは初めてだそう。
あのミミズが這ったようなアラビア語について
おさむが質問すると
アラビア語は、とても深い意味を持つ複雑な言語だそうで
一つの言葉に10のレベルの意味があると話してくれました。
だから言葉の受け取り手によって、意味が異なってくるのだそう。
おもしろい~。

やはり観光客はこのあたりでも激減しているとのことで
「革命以来、エジプト人は誰でもみんな Suffering
(もがいている、苦しむんでいる)だよ。」
と話していました。

おさむが出発の前、集合場所のトイレに入ろうとすると
トイレの門番が2エジプトポンドだ、と言います。
ちょうどおさむも私も細かいお金を持っておらず
アブデューも1エジプトポンドしかなかったのですが
トイレの門番はそれなら1ドルだ、といい
おさむは1ドル(7エジプトポンド)払います。
それを見ていたアブデューは
「は~ごめんね。2エジプトポンド持ってないなら1ドルよこせ
なんて、ほんとどん欲なやつらだよね」
とため息。
アブデューが謝るようなことではないのに
同じエジプト人として恥ずかしい
という彼の思いが伝わってきます。
世の中には貧しくても、どん欲でない人たちも多いですし
どん欲になってしまうのは
ちゃんと親や学校から学んでいないからだなあと。

アスワンからアブシンベルまでの道のりは、すべてコンボイという
警官が護衛する車で向かいます。
これは途中でテロの攻撃から観光客を守るためだそうで
陸路ではコンボイなしで行くことはできないそう。
コンボイは、以前は観光バスなども含め、60台ぐらい連なって
アブシンベル神殿とアスワンを往復していたそうですが
この日のコンボイは、私たちの車を含め、乗用車が6台のみでした。
飛行機も欠航ですから、この日、神殿は人が少ないことが予想されます。
私たちの車は、運転手とガイドのアブデュー
そして私たち2人の4人です。

車での移動は、予想以上に快適で、コンボイと言っても
物々しい感じは全くなく、途中の砂漠の道も危険な感じは全くなく
ごく普通のドライブでした。
3時間の移動もそれほど長くは感じず
飛行機で行くとアスワンからアブシンベルまでは1時間弱ですが
空港までの移動や、1時間前ぐらいに空港に入ったりすることを思えば
時間的にもそれほど変わらないので
逆に車でよかったかもしれません。

アブシンベル神殿に到着してから
アブデューがアブシンベル神殿の入り口まで私たちを連れていってくれます。
そして、ここからは約2時間の自由行動。
アブシンベル神殿では、ガイドは中に入ることはできないのだそうで
それがまた神殿内で自由に行動したい私たちにとっては
さらによかったです。

大神殿の4体の巨大なラムセス2世。
(私たちが写真を取っていると、なぜかポーズを取る神殿の門番パンチ

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王の横にいるのは王妃。
考古学の見地からは、王は王妃よりも大事だったから
王の方が大きく描かれている
という結論に達しているのだそうですが
ドランヴァロ曰く、王と王妃は意識レベルが違っていて
実際に大きさが違ったのだそう。
その当時は、いくつかの意識レベルが混在して存在していたとのことで
その意識レベルによって、大きさが違うとのこと。
王は第5意識レベルなので、立つと18メートル。
(これが実際の大きさだったなんて、ほんまかいな!と
つっこみたくなりますがウィンク


神殿のあちこちにアンクが描かれています。
アンクは、鍵穴のような形のシンボルで、永遠の命を表すそう。
これは上の写真の王の足の間に描かれたアンク。

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アブシンベル神殿に入ると、すぐに
5メートルほどの第3意識レベルの像が立ち並びます。

その大広間の左右には
壁にレリーフが刻まれた小部屋がいくつかあります。
その小部屋に何気なく入った私たちは
あまりにも強いエネルギーに驚きました。
髪の毛が逆立ち、手がびりびりして
身体全体が強いエネルギーに包まれるのを感じます。
この大神殿の小部屋は、どこよりも強いエネルギーでした。

これは、この小部屋の一つにあるレリーフ。
(神殿内は写真撮影禁止なのだけど
周りに人が誰もいなかったので、ささっとあっかんべー
オシリス神とイシス神。
(オシリスは、台に乗っているのでわかりますが
イシスは、階段のような王座を頭に乗せています。
これは乗せていないけど、たぶんイシスかなあと)

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こちらは中央の部屋にある
ドランヴァロも本の中で説明していたレリーフ。

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左からイシス神、イシスとオシリスの息子ホルス神、そしてオシリス神。
説明によると、ホルスの棒(笏)がオシリスの第8チャクラに当てられ
オシリスは、右手で音叉を支え、音叉の振動は脊椎を駆け上って
身体を調整するのに使われていたそう。
上のレリーフもそうですが、オシリスの後頭部に棒が当てられ
音叉を支えた状態の時に、あそこが立っている、つまり
この時、性エネルギーが使われていたことを示すとのこと。
性エネルギーは古代エジプトではリザレクション(復活)
のための最高のエネルギーとして使われたそう。
(本の中では、復活とアセンションの違いについて
ドランヴァロは詳しく語っています)

イシスとホルスは、右手にアンクを持っています。
アンクは呼吸と性エネルギーに関連する強力なエネルギーを
持ち、リザレクションのために、最も大切な道具として
使用されていたとのこと。
(もちろん、これは一般的な考古学的見地ではないでしょうが)

アブシンベル神殿には、予想通り、観光客がほとんどいなかったので
それぞれの場所で、じっくりとエネルギーを感じることができました。
以前は、わんさか人がいるでしょうから
この時期に来て本当によかったです。
エジプトで神殿や遺跡をゆっくり見たい人にとっては
今がお勧めかも。
カイロ市内には泊まっていないのでカイロ市内はわかりませんが
私たちが予想していたのとは違って
他はどこも危険な感じはほとんどなかったです。

アブシンデル小神殿の方は
ラムセス2世が王妃ネフェルタリのために作った
神殿だそうで、ハトホル神に捧げられた神殿です。

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中に入ると、大神殿のような強いエネルギーではなく
穏やかなエネルギーを感じました。

私たち以外、誰も人がいなくて
たいくつそうにしていた門番が
入り口からなら中の写真を撮っていいよ
と言ってくれたので、撮りました。
(こういう時には、強要されていないので
気持ちよくチップを渡すことができるのですよね)

柱には母なる豊かさの神、ハトホル。

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こちらはトート神。
やはり右手にアンク。

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上から見たアブシンベル神殿。
人造湖ナセル湖に向かって建つアブシンベル神殿。

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帰りは車の中で眠くなって、ぐっすり眠りながら
アスワンに到着しました。

アブシンベル神殿、最高によかったです♪






最終更新日  2014年02月08日 21時19分33秒
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2014年02月05日
カテゴリ:エジプト
 
さて、この日、カイロからアスワンへ飛行機で向かいます。
メンフィスの空港送迎サービスを申し込んでいたので
Tarekが車で迎えに来てくれました。
「昨日は、どうだった〜?」
と私たちに尋ねる彼に
「いろいろ大変だったよ〜」と答えると
「だから言ったでしょ〜」と笑うTarek。
「それでも経験できてよかったけどね」
と答えるおさむ。

それでTarekが
「アスワンに着いてからホテルまでは
君たちでタクシーに乗らなければならないよ。
(メンフィスの)送迎サービスを頼まなくて大丈夫?」
と聞いてきます。
カイロに戻ってくる日も、カイロを出発する日も
すべてメンフィスで空港送迎サービスを頼んでいたのですが
アスワンに着くこの日ぐらいは、自分たちでタクシーに乗っていこうと
「大丈夫、この日は自分たちでタクシーに乗ってゆくよ」と言うと
Tarek は
「それなら、まず最初は40エジプトポンド、と言えばいいよ。
たぶん相手(タクシー運転手)は150エジプトポンドぐらい
ふっかけてくるからノーと言って、できれば50エジプトポンド
まあ60エジプトポンドまで下がればグッドだよ」
と教えてくれました。
今回、Tarekは、私たちに携帯電話を貸してくれて
何かあったら、いつでも電話してと言ってくれていたのも
とても心強いです。

機内は私たちともう一組以外は、全員エジプト人でした。
カイロからアスワンまでは1時間25分で
アスワン空港に到着です。

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さあ、これから、タクシー交渉にいざ出陣〜〜

と、空港を出るとすぐに何人かの強面の
タクシー運転手たちが近づいてきます。
ホテルまでというと、Tarekが言った通り
150エジプトポンド、と言ってきます。
Tarekの教え通り、40エジプトポンド、と言うと
「トンでもない、150エジプトポンドは
ここで決まった料金なんだ、
とても遠いのだから、そんな料金では行けない」
と言います。
「それでは話にならない、いらない」
と突っぱねて、私たちが歩き出すと、あれこれ言いながらついてきます。

さすがに彼らは交渉のプロ。
簡単には下げようとしないのですよね。
しかも、ここではタクシー運転手みんなが話を合わせていて
みんながそうだそうだ、150エジプトポンド以外は
ありえない、と口を合わせます。
Tarekに相場を聞いてなかったら、まあいいか〜と
150エジプトポンドでオッケーにしたでしょうが
ここで言い値通りに従うのは、しゃくにさわるので
「私たちは地元の人に相場を聞いて知っているから
そんなに高い料金では行かない」
とあくまでもノー。

そうこうしていて、私たちがウンと言わないので
ようやく120エジプトポンドになり
それから100エジプトポンドに
そして、80エジプトポンドだ、もうこれ以上下げられない
と言ってきました。

そこで、おさむが「80エジプトポンド?」
と尋ねて、それだったらいいんじゃない、という顔をしたので
あ〜これまでだなあ、と。
彼らは、相手がどこまでなら受け入れるか、人の表情をよく見ているのですね。
彼らが値段を交渉してくるのは最初から私であって、おさむではなかったのも
私が納得しなければ決まらないことを見抜いているのかも。。。ウィンク
結局、80エジプトポンドで決まり、タクシーに乗り込みました。

80エジプトポンドは、11ドルぐらいです。
150エジプトポンドでも20ドルちょっと。
実際は、私たちにとっては、10ドル、20ドルの違いなんて
どうでもいいのですが
相場まで下げれなかったのは、ちょっとゲームに負けた気分。
でも、全く嫌な気持ちにはならず
逆に彼らのたくましさに、あっぱれ〜という感じでした。
まあ、どちらにしても、このあたりでは一番高級な五つ星ホテルが行き先だと
伝えた時点で、交渉はすでに負けているのですけどねあっかんべー

そして、この運転手は、タクシーに乗ると
いい感じの人になって私に
「やっぱりきみは笑顔の方がいいよ〜」などと言ってきます。
そして、降りる時にも、ごねるようなことはせず
素直にありがとうと、80エジプトポンドを受け取ってくれました。
(そうすると、今度はもっとあげたくなってしまったのだけど)

私たちが今回アスワンで泊まったモーベンピックアスワンホテルは
ナイル川の中州にあるので
ファルーカ(小船)の波止場からホテルの無料ボートに乗ります。

DSC_1483.JPG

DSC_1484.JPG

ホテルの周りには緑があって
エジプトに着いてから初めて、緑を見てほっとしました。

カイロのホテルでもそうでしたが
このホテルでも、入り口には警官がいて
一人一人荷物を調べて、セキュリティチェックをしていました。

ホテルのレセプションに行くと、ホテルのマネージャーが
私たちの顔を見るなり
「なかむらさ〜ん」と声をかけてきました。
「日本人よく来るの?」
と尋ねると
「いや、まだそれほどでもないけど、これからだ。
君たちが来てくれたのはいいサインだ」
とマネージャー。
このホテルの従業員の人たちは、みんなにこやかで
素朴ないい感じです。
ここはカイロとは違って、のんびりした空気が流れています。

ホテルのベランダから母なるナイル川が見えます。

DSC_0093.JPG

DSC_0097.jpg

ホテルの庭のちょっと変わった木。

DSC_0118.JPG

DSC_0101.JPG

ナイル川を照らしながら、沈んでゆく夕日。

CSC_0139.JPG

この日は、ホテルのレストランで食事をしました。
次の日にヨーロッパ系の夫婦を数組見かけましたが
アメリカ人やアジア人は、見かけず
泊まっている客のほとんどが
お金持ち風エジプト人でした。

今日は、ベジタリアンの食事。
次の日にここで食べたビュッフェは
種類も充実して’いておいしかったです。
赤ワインも白ワインも置いてあって、両方飲みましたワイングラス

DSC_0125.JPG

Tarek曰く、エジプト人の80%はモスリムなので
お酒は飲まないし、後の20%の人たちも
多くはキリスト教で。あまりお酒を飲まないとのこと。
ホテルなどでは海外客のためにお酒を置いていますが
普通、街ではお酒を販売するのは禁止されているので
リカーショップもないのだそう。
(でも家飲みレベルでは、密かに出回っているそうですが)

部屋で夜景の写真を撮ったら、オーブがたくさん。
一眼レフでオーブが写るのは珍しいかも。

DSC_0134 2.JPG

ということで、エジプトの旅、続きます〜






最終更新日  2014年02月07日 06時33分12秒
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2014年02月04日
カテゴリ:エジプト
 
さて、大ピラミッドから、一旦、ホテルに戻った私たちは
ホテルで朝食を取り
今度はカメラを持って、再び、またピラミッドに歩いて向かいます。
ピラミッドまで20ポンドで行くから乗っていけ
などと言い寄ってくるタクシーの運転手を無視して歩いていたら
5ポンドで行く、という別のタクシーの運転手がいました。
歩いても15分、20分の距離ですが
今朝、入り口にいたしつこい男たちのことを考えたら
そこを通らなくてすむのなら5エジプトポンドは
1ドルにもならないわけだし
それじゃ乗って行こうか、とタクシーに乗りこみました。

ところが、そのタクシーは、私たちが今朝入った入り口とは別の
入り口へ行くということで
ゴミだらけの汚い街の路地にどんどん入ってゆきました。
あ~こりゃまずいなあ、と思う間もなく
タクシーは狭い路地裏で止まり、その途端、このタクシー運転手の仲間らしき
浮浪者のような男が窓から顔を出してきて
俺がピラミッドを案内する、などと言ってきます。
運転手は、最初から仲間のところに連れてくる気だったのです。
おさむと私が「そんなのいらないから
さっさとピラミッドの入り口に行って」と怒りを表しながら伝えると、
運転手ははわかったわかった、と言いながら
そこからピラミッドの入り口まで走りました。
もうこれだから油断できないなあ
と思いつつ、やっと入り口に着いて
5ポンドを渡して降りようとすると、今度は運転手は
いや、一人5ポンドだから、二人で10ポンドだ、などと言い出します。
たった1ドル未満であっても
こんなやつに、これ以上1銭も渡すつもりはなかったので
「5ポンドって言ったでしょ」
と怒りを表して降りると、それ以上は何も言ってきませんでした。
こちらが怒ってみせれば、引き下がるのです。
期せずして、エジプトの下町見学にもなってよかったですが
これがもっと質が悪い人たちだったら
そう簡単には引き下がらなかったかもしれないし
今度からもっと気をつけようと。

ということで、今度はスフィンクス側からの入り口から入りました。
観光客のほとんどはエジプト人で
日本人は全く見なかったし、欧米の観光客もほとんどいませんでした。
予想通り、ラクダ引きや物売りがしつこくやってきます。
今、観光客が少ない分、私たちにしつこくなるのでしょう。
エジプトの多くの人たちにとっては
海外からの観光客が生活を支えているのですから
治安が悪くなって、海外からの観光客が減れば
生活が苦しくなってしまいます。
それはよくわかるのですが
ここまでしつこいと、うんざりしてきます。

スフィンクスは、私たちがイメージ’していたものよりは小さかったです。
(といっても、大きいですが)
フラワーオブライフによると
7月23日に限って、シリウス星が日の出の一分前に
赤星とし出現する瞬間、地球と太陽とシリウスが一直線に並ぶそうですが
てスフィンクスの両眼はきっちりその方向を向いていることが’
コンピューターでわかっているそう。

DSC_0011.JPG

DSC_0021.JPG

それからカフカ王の墓と言われているピラミッドへ。
この上に座っていると、とても強いパワーを感じました。

DSC_0037.JPG


No Climibing (上るな)
と書かれてある看板の上に座るおさむパンチ
この後しばらくして、係の人が注意しに来ました。

DSC_0054.jpg


砂ホコリがすごいので、あまり一眼レフを取り出せず
そう多くの写真は取れなかったのですが
ラクダに乗ってはしゃぐエジプトの子供たち。
DSC_0045.JPG

ラクダ引きは、どれも信頼できそうにないし
事前に交渉しても、ラクダの上から’降りる時に
お金を追加で払わないと降りさせない
などという話もよく聞くので、乗るつもりはありませんでした。
でも、大ピラミッドの前で座っていたラクダがいたので
ラクダ引きの人にラクダの写真を一枚撮っていい?
と尋ねて一枚撮らせてもらい
それで、5ポンドぐらい渡そうとすると
「ノー、ノー、写真撮るだけだから、お金はいらないよ、
僕は君たちがハッピーになればうれしいんだ」
と言います。

え?中にはこんな人もいるんだ!
そう感動していると、おじさんは
「もう少し写真を撮ったらいいよ。
僕が写真を撮ってあげよう」と言って私にカメラを渡すよう言われます。
それならラクダと一緒に一枚撮ってもらおうかしら
と思って、ラクダの横に立つと、おじさんは
「せっかくだからラクダに座って」
と言います。
え、それはいらないよ、と言っても
ちょっと座って一枚撮るだけだから
と言うので、それじゃあ、と座っているラクダの上に乗ると
おじさん、いきなりラクダを立たせます。
「え~いらないと言ったのに、降りる~~」と
騒いでいるところに、おさむがやってきて
「せっかくなら写真撮ったら」というので
それじゃあ、と写真を撮ってもらうことに。

DSC_0071.JPG

それから、おさむもターバン風にスカーフを巻いてもらって
撮ってもらいます。
(おさむはまるで現地人みたいという噂がウィンク

DSC_0074.jpg

DSC06569 2.JPG

さて、それでラクダを降りて
2ドルほどチップを渡そうとすると、今度はおじさん
いきなり表情が変わって
一人40ポンドだ、と言い出します。
さっきお金はいらない、って言ったじゃない
と私が言うと
「それは写真撮るだけだったら、ということで
ラクダに乗れば、別だ」などと言います。
ちょっと上に乗って写真を撮ったぐらいで一人40ポンドは
高いのはわかっているので、二人で20ポンドだけ渡したのですが
それでもおじさんは納得せず、もっとくれとしつこくついてきます。
あ~一瞬でもこの人は他とは違うのね~なんて思った私がばかだった~~
と思いつつ、2ドル追加で渡しましたが
こちらが甘い顔をしていると、いつまでもしつこくついてくるので
それ以上は絶対に渡さないと、怒った顔で伝えたら
やっと引き下がりました。

ケント君も言っていましたが、この人たちは
うそをつくことや人をだますことを何とも思っていないのです。
その意識が彼らの貧しい現実を生み出しているのだなあと。

メンフィスツアーのTarekなどは、そのあたりはちゃんと心得ていて
私たちがカイロ初日に個人でピラミッドを回ることを言うと
メンフィスツアーのピラミッド1日ツアーを利用すれば、プライベートで
車でピラミッドを回れる上に、うるさいラクダ引きや物売りたちの
惑わされることもないしいいよ
と勧めてくれたのですが、私たちがこの日は二人だけで
ピラミッド内に入りたかったこともあって
この日は二人だけで行動したい、と伝えると
オッケーとそれ以上は無理に勧めたりしてきません。
「信頼」がクライアントが増えていくことにつながる
ことを彼らはちゃんとわかっているので
この観光客が少ないこの時期でもやっていけるのです。
一方で、人をだまそうがうそをついてもお金を得ようとすればするほど
より貧しい現実に生きる人たちもいる。
すべてはそれぞれの意識次第ですね。

さて、この日の夜も、ホテルの近くのレストランに行きましたが
そこは店構えもちゃんとしていて、100人以上座れる店でしたが
私たち以外は一人もお客はいませんでした。
従業員も何もすることがなく
ただぼーっとしています。
きれいにセッティングされたテーブルに誰も座っていないのを見ると
何とも寂しい感じがしてきます。
早く観光客が戻ってきて、彼らの生活が安心してできることを祈ります。

ということで、この日の夜、私のキネシオロジーのセッションを行いました。
セッションに必要な、ごく簡単な資料や道具は持ってきていました。
おさむが最初、私の筋反射を見てくれていましたが
私が眠くなって腕をキープできなくなったので
途中からは私がおさむの身体を使って
私自身の筋反射を取ってゆきました。

あがってきたのは
「人をケアしない、人を踏みにじる人への怒り」
「平和や調和を乱すものへの怒り」
「ずるい人たちへの怒り」などなど。
「mean( 卑しい)」という言葉を身体がスキャンリストから
ピックアップしたのですが
まさに、なんと卑しい人たちなのかしら
というのは、私がこの日の昼間に思ったことでした。
ペルーやトルコでもしつこい物売りや交渉でふっかけてくる人は
たくさんいましたが、交渉すればその料金でオッケーだったし
こんな風に人をだましたり
うそをついたりする人はいませんでしたから。

そして私のこの感情の要因として出てきたのは、やはり前世。
エジプトでの前世を含め、3つの前世でした。
その3つとも女性でした。
男性からの抑圧、男性の身勝手さ、ずるさ、エゴ
そんなものへの怒りと抵抗が出てきました。
エジプトに発った日の朝のおさむのちょっとした行動に怒りを感じたのも
そことリンクしたからなのですね。
この前世のエネルギーを解除するための調整法として
今朝、王の間に持っていったレムリアンシードクリスタルが
選ばれました。

確かに、ずるい人、卑怯な手を使う人などに対しての
怒りは昔から強かったなあと。
最近は、そんな人にも出会わないので
普段の意識の上にはなかったですが。
今回のエジプトに来ることで
そういう前世での思い、そしてそれにつながる
今生での感情を手放すことになったのでしょうね。
この意識を手放した今から、私の見える「現実」も
また変わってゆくのでしょう。

そして、実際はもちろん、エジプト人は卑しい人ばかりではありません。
この日も私に声をかけてきたのは、たかろうとする人ばかりではなく
「エジプトにようこそ。ありがとう」
と3人のエジプト人に言われました。
彼らの表情を見ていると、このシンプルな言葉の中に
「この海外からの観光客が来ないこの時に
私たちの国に来てくれて、ほんとうにありがとう」
という思いが伝わってきて、胸がちょっと熱くなりました。

ということで、次の日、私たちはカイロからアスワンへと向かいました。








最終更新日  2014年02月06日 16時40分19秒
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2014年02月03日
カテゴリ:エジプト
 
カイロ2日目の朝、私たちはピラミッドに向かったのですが、
その前に、エジプトに出発する朝のことを少しお話します~。

エジプトに出発の日の朝、珍しく私とおさむにちょっとした衝突がありました。
衝突と言っても、一方的に私が怒ったのですが
それもささいなおさむの行動で、普段なら特に気にもしない
怒るようなことでもないのに
私はなぜかこの時は、妙に腹が立って、おさむが謝っても私の怒りは収まらず。
ここ最近、おさむに対してだけでなく、こんなに怒りを感じたことはほとんど
なかったし
ちょっとしたおさむの言動で怒ってみせることはあっても
すぐにぶぶっと笑ってしまって、一瞬で変わるのに
この時ばかりは、どうしても怒りが収まらない。
これは前日、おさむに対して行ったセッションのデトックスが
私に出てしまったのか、それとも何か(他のエネルギーが)
取りついた?と思うほどでした。
空港についてから簡単な自己ヒーリングを行ったので、その怒りは消えて
またいつもの私に戻りましたが、これはきっと何か私の中にまだあるなあ、
後でゆっくり見てみよう、と思っていました。

さて、この日、最初のお目当ては、大ピラミッドの中に入ること。
ホテルからピラミッドまでは歩いて15分ぐらいの距離です。
ピラミッドの中へはカメラ持ち込み禁止なので
カメラを持たずに出かけました。
ホテルからピラミッドまでの道は、車がひっきりなしに通って
排気ガスもすごく、通りはゴミゴミしていてとても汚い。
その間、ひっきりなしに、タクシーに乗らないか、とか
ガイドはいらないか、など声をかけてくる男たちがいて
いらないと言っても、中にはしつこくついてくる人もいます。
ピラミッドの近くになると、そういう男たちは増えてきて
まだ開演の数分前で、入り口が閉まっていたことに私たちは気づかず
おさむは男たちから逃れるようにして、入り口とは違う方向にずんずん歩いてゆき
明らかにこれはピラミッドの入り口への道ではない荒れ果てた場所に入っていきました。
私はその時、また同じような怒りがわき上がっていることに気づきました。
後ろからついてくるほとんど浮浪者のようなしつこい男たちにも
また私を見ないで、どんどんと見当違いの方向に歩いてゆくおさむに対しても。
さすがにこの時は、この怒りは一体どこから来るのかしら?
と意識を内側に向けながら、ピラミッドエリアへのゲートが空いた後
チケット売り場に向かいました。

一般的にクフ王のピラミッドと言われている大ピラミッドへの
入場料は200エジプトポンド(約30ドル)
プラス、ピラミッドエリアへの入場料が80エジプトポンドです。
大ピラミッドへ入場できるのは1日300人まで
という人数制限があるのですが
当然、この観光客がとても少ない時なので、余裕で大丈夫でした。
私たちは真っ先に大ピラミッドの入り口に向かいます。
私たち以外にはまだ誰も入っていませんでした。

これは後から撮った大ピラミッド。

DSC_0077.JPG

ピラミッドの内部に入るとすぐに
腰を低くかがめないと通れない狭い回廊に入ります。
これがけっこう大変。
入っているのは、私たちだけだったので、両手の手すりにつかまりながら
歩くことはできましたが、これがもし、普通に観光客が多ければ
降りてくる人とすれ違わなければならないのでもっと大変でしょう。
ピラミッド内部は、冬でもサウナのように暑かったと
エジプトに行った方が言われていましたが
もしこの狭い空間に何人もの人たちが並んで歩いてゆくかと思うと
とても暑くなることは予想できます。
狭い回廊を抜けると、今度は天井の高い通路を上ってゆきます。

王の間への道以外は封鎖されているので
そのまま王の間へ。

そこは本で読んでいたように、長方形の部屋に
石棺が置かれてあるだけの部屋でした。

ドランヴァロ曰く
ここが王のミイラを安置していたのではない理由として
古代エジプトのミイラ作りと合致しないことについて書かれてありました。
古代エジプトでは、王や女王たちのミイラ化の手順は
すべて同じプロセスが行われていて
その儀式の後、石棺を埋葬する墓に運んだとのこと。
ですが、この大ピラミッドで私たちが最初に通ってきた狭い通路は
この石棺より小さいので
この石棺は、あの通路を通ってきたのではないことは明らかで
最初から備え付けられたものであること。
また、他にもこの王の間には通気孔があることも書かれてありました。
通常、ミイラを安置さている部屋はミイラを保存するために
可能な限り密封する試みがされていて、通気孔のある例は
他には皆無だそう。
ところがこの部屋には通気孔がいくつも見つかっているとのことで
ここがミイラの安置所ではなく、人が出入りする場所だったことは
明らかであるとのこと。

フラワーオブライフによると、当時、イニシエーションを受ける人たちは
この石棺の中に入って、上からのエネルギーを受け取り
そのエネルギーが松果体を突き抜ける仕組みになっていたとのこと。
エジプト政府もそのことはわかっているそうで、ですから
石棺は、その当時の位置からずらしておかれてあるとのことでした。

さて、王の間に入ってすぐに、私は他の人が来ないうちにと
石棺の中に入って横たわりました。
ここにセドナの亡きリーがチャージした
レムリアンシードクリスタルも一緒に持ってきました。
静かに目を閉じていると、身体全体に温かなエネルギーを感じました。
しばらくして「あ、私、まだエジプトの前世とつながっている!」
ということを直感的に感じました。
エジプトに来る日の朝、そして着いてからも
怒りが湧いてきたのはそのエネルギーだったことに気づきました。
そして、それがようやく解けてゆくかのような温かな優しい感覚があり
それから目の前に何か急に開けたような感じでした。
まるで洞窟の中から、いきなり地平線が見える丘の上に出てきたような
感覚でした。

不思議なことに石棺の中で目を閉じていると、右側から光が見えたので
目を開けてみると、何も光はありません。
後で石棺を出てから気づいたのは
私が横たわっていた石棺の右側にライトがあったのです。
目を開けていると石棺に遮られてそのライトは見えないのだけど
目を閉じていると、その光がはっきりと見えるのはおもしろいなあと。

それから、石棺を出て、おさむと交代し
座って瞑想しました。
エネルギーがとても強く、ぐわんぐわんと回ってくる感じです。
そして、おさむが石棺から出てきた直後に
ピラミッドの入り口にいた門番が入ってきました。
私たちがピラミッドに入ったっきり、出てこないので
心配になったのでしょう。
英語ではないので、何を言っているかはわからないのですが
いろいろ説明していて、どうやら、もう出なさい、ということらしい。
たぶんここで10ドルぐらい渡せば、もう少し長くいられたでしょうが
もう十分ここのエネルギーを感じることはできたので
出ることにしました。
時間にすると王の間にいたのは30分ぐらいだったのでしょうが
その間、私たちだけでいることができて本当によかったです。

DSC_0041.JPG


この続きも書いたのですが、文字制限になってしまったので
半分に分けてアップします〜。







最終更新日  2014年02月06日 13時17分38秒
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