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今日、何読んだ?

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スピリチュアル

2021.04.21
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カテゴリ:スピリチュアル

斎藤一人 龍が味方する生き方【電子書籍】[ 舛岡はなゑ ]

 龍とは龍神様のことで、我々日本人は龍神族であり、龍神様から護られているのだそうだ。
 その証拠に空を見てみたまえ、龍の形をした雲を見ることがあるだろう、あれは龍神様があなたを見守っていることなのだ。
 その龍神様からの力をいただくには、
 それと一人さんって、仏教や神道などの修行はいっさいしていないのに、あらゆる神ごとに通じているんですよね。
 密教や修験道、陰陽道などで行われる「九字切り」も、そのひとつです。
 九字切りというのは、簡単に言うと、魔を切って邪気を払う術のこと。
 強いエネルギーを持つとされる、9つの漢字「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前(※)」の力を借りて、怖れや怒り、悲しみ、緊張といった心の闇を、明るい光で照らします。
​というように、九字を切る、とよろしい。
 九字の切り方は、
1 両手の人差し指、中指でピースサインを作り、チョキにした指を揃えて刀を作る。
  胸の前で右手を上に左手を下にして右手のピース以外の3本の指で左手の刀部分を握る。
2 南無八大龍王助け給え、という真言を唱える。
3 左手を腰に当て手を丸めてさやを作る。
  そこに右手で作った刀を収める。
4 右手の刀を抜き、臨兵闘者皆陣列在前、を唱える。
  横、縦交互に横5回縦4回の十字を切る。
5 胸の前で左から右にレ点を描きながら、臨前、と唱える。
6 1に戻り、臨兵闘者皆陣列在前、と唱えながら丹田に気を込める。
  そして力強く「エイ!」と唱え、気を解放し、その感覚を十分に味わう。
7 胸の前で合掌。
  龍王九字を手伝ってくださった八大龍王や他の神々に「ありがとうございました」と感謝を小さく口にする。
​というもの。
 かなり具体的ですよね。
 そもそも私は時々龍神様を空に見ることがある。
 私は龍神様からきっと助けてもらえるに違いないと信じている。
 早速九字切をやってみよう。
 それから、龍神様というのは、龍の形をしているようだが、実は目に見えないこの世界の大事を司る神様、絶対的な神なのであるということを忘れてはならない。
 その事に気づいた、斎藤一人氏がその秘伝を伝授しているというわけだ。






最終更新日  2021.04.21 05:00:07
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2021.04.14
カテゴリ:スピリチュアル

死んだらどうなるの? 選べる行き先は4つ!奇跡の魂ツアーに出発しよう【電子書籍】[ 桜井 識子 ]

 立て続けにスピリチュアルの本を読んだ。
 共通点は自信に満ち溢れていること。
 著者桜井識子の前が安岡直子。
 両者ともに間違いなく霊的に優れている。
 神のお告げを聞き、それを我々にフィードバックしてくれる。
 私自身、霊的に強い方から色々なアドバイスを受けたことがある。
 今になってそれらのことが当たっていることに戦慄する。
 私の進む学校は当時私が住んでいた米沢と仙台を結ぶ線上にあると言われた。
 大学が東京だったので、それは外れ、と思っていた。
 しかしその後たしかにその線上にある学校に行き研修を受けた。
 あなたは人の上に立ち指導的な仕事をすることになると言われた。
 何を、万年平社員のような私がそんなことになるものか、なんて思っていたが、今そんな感じの仕事をしている。
 その方には私の将来が見えていたんでしょうな。
 非常に不思議なこってす。
 さて著者の場合、
 次の瞬間です。
 いきなりそこにいる人たちの胸のところに不思議なものが見えたのです。
 薄く光っているような、霧のかたまりというか、雲のかたまりのような円柱形のものがあります。
 全員、同じものを胸の部分につけていて、胸から前方へと伸びています。
​というような経験をしたとか。
 これは本当のことですよ。
 霊能者がおっしゃっていることは間違いないことです。
 したがって、次の
 「死んだあと、是非ここで修行をさせて下さい」と〝生前に〟予約をしておくのです。
 予約をするためには、何回かその神社に行って、神様や眷属に自分を知ってもらわなければなりません。
 1回きりの参拝でこのお願いをするのはちょっと図々しいからです。
 何回か通って、信仰心ややる気、本気度、神様への愛情を見てもらって、予約をしておきます。
 そうすれば、ありがたいことにスカウトのようにお迎えが来てくれるのです。
 神様修行の開始が歓迎されたものとなりますから、やる気もぐーんとアップしますし、神様への忠誠心も厚くなります。
 私もいくつかの神社から「死んだら来るか?」と言われています。
 私が特別だと言っているのではなくて、このように、ごく普通に生前の〝お誘い〟はあるのです。
 スカウトとまではいかなくても、来たいのなら来てもいいぞ的なお誘いです。
​という話にも耳を傾けておくべきでしょうな。
 魂の永久性ということ。
 死んだら終わりではない、長い時間を経てまた人生やら霊的世界やら神的世界やら仏的世界を生きることになるのだ。
 したがって霊能者は大切にしなければならないと私は思う。
 ゆめゆめ粗末に扱ってはならない。






最終更新日  2021.04.14 05:14:18
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2021.04.13
カテゴリ:スピリチュアル

神様から教えてもらった魂の因縁切り [ 安岡 直子 ]

 スピリチュアルについては、科学的論拠がない、つまり、統計学的云々かんぬんで論じることができないので科学的でないということだとなにかの本で読んだことがある。
 このところ本書ともう一冊極めてスピリチュアルな本を連続して私は読んだ。
 そのどちらにも共通していることは、著者が実に堂々として自分の経験を主張していることだ。
 その結果読み手はスピリチュアルな現象を信じることになる。
 本書ではたとえば​
 そして、車の中で泣きじゃくっていたある晩、このお別れも神様のお手配。
 つまり、神様によって別れさせられたものだと気付いたのです。
 車の上から何かにすっぽり覆われたように感じて顔を上げると、ボンネットからルーフに乗るように大きなお稲荷さんが現れたのです!
 お稲荷さんは何もおっしゃいません。
 ただただ寄り添ってくださっていました。
 孤独にうちひしがれる私に、「一人じゃないよ」と言ってくださるように感じて、その神様のお気持ちが私にはものすごくうれしかった。
 感謝の気持ちが湧いて、胸のつかえがじょじょに溶けていきました。
というような著者の経験譚を載せている。
 それを信じる信じないよりも、彼女にとって現実に起きたことだと解釈すべきかと思う。
 霊能力があると思われる人は現にいて、私自身今になって言い当てられた(50年以上前に言われたことですよ)​こともある。
 著者のような具体的な経験はないものの、靖国神社で涙が溢れて止まらなくなったこともある。
 神社に行ってある雰囲気を感じたことは一度や二度ではない。
 たしかに科学的根拠をしめすのは実に難しいことかもしれないけれど、スピリチュアルなことがあることは間違いないと私は思う。
 次の
 悪因縁より良因縁をたくさん積みましょう!
 今世、たくさんの人を救ったり、喜ばせたりすると、良因縁ができて来世のあなたの魂は、とても楽に生きていけます。
​という考えは随分昔から私が感じていたことだ。
 徳を積むということだと思う。
 私自身はまとめきれないけれど、著者のような霊能力者がわかりやすく本にまとめてくれるとスピリチュアルな世界が理解しやすくなる。






最終更新日  2021.04.13 05:00:06
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2020.05.01
カテゴリ:スピリチュアル

「お迎え」体験 (宝島社新書) [ 河原 正典 ]

 はじめに、お迎え体験は、死後の世界、の存在を証明するものではないと著者は断るが、私は敢えて、この本のカテゴリーをスピリチュアルに分類させてもらった。
 はじめにと著者が断ったその先には、本書に書かれた多くのお迎え体験が、あるいは、死後の世界の存在を証明することにもなるのではないかと私は思う。
 簡単に言うと、お迎え体験は、個人の脳の仕業、ということで片付けられてしまうことになるのだが、この本に集められた多くの事の中には、きっと死後の世界に生きている故人が存在しているものとも推測できるのではないのか。
 著者は在宅医療に携わる医師として、多くのお迎え体験をみてきた。
 あるいは、それが末期の病人には最も幸せなことではないかと考えて、病院での死よりも自宅での死を薦めているものでもある。
 だがお迎えは自宅であれ病室であれ現れる現象なのではないか。
 そう考えると、なにも死ぬ場所を考える必要はないのかもしれない。
 しかし、慣れ親しんだ自宅にいることにより、親しい人のお迎えがより確実になるものとも考えられる。
 何が幸せか不幸せかなんてよくわからない。
 幸せはほんの一瞬のことなのかもしれない。
 その一瞬のためにお迎えを待つということは、最期に幸せで死ねるということで、最高の人生だったということになるのではなかろうか。
 お迎え現象が、人の脳の働きであろうがスピリチュアルであろうが、最期に幸せになれるということの意義をあらためて考えてみたい。






最終更新日  2020.05.01 05:00:08
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2020.04.16
カテゴリ:スピリチュアル

「超常現象」を本気で科学する(新潮新書)【電子書籍】[ 石川幹人 ]

 まず人間は顔認識がすごいのだそうだ。
 その結果、 
 このように傷だらけの壁には怖い幽霊が度々現れるのですが、その科学的な理由には大きく次の2つがあります。
1 人間の認識機能が顔に対して大変敏感であること。
2 恐怖という感情に対する人間の反応が極めて早いこと。
​というように、壁のシミの顔の形にまんまと取り込まれ幽霊を信じることになるのだ。
 つまりこれは科学的に解明された幽霊論の根拠である。
 確かに心霊写真なんかは緑濃い庭の岩を写すと見事に人の顔だらけになるのだ。
 つまり、人の顔に敏感な人間が自ら霊的世界を作り出しているということを著者は声高々に主張したいらしい。
 次、波動と霊感について。 
 霊感を感じると言われれば、私が理解できない何かを感じているのだなと、とりあえずは理解できるのですが、波動となると、そもそも何を指しているのだろうかとかえって疑問がわきます。
 時には万物は波動からできておりその波動を感じとっているとまで主張します。
 万物は波動からできているのは現代物理学が解明した一つの成果なのですが、それを聞きかじって自分の思いを物理学的に正当化してるだけのように思えてなりません。
 霊感というそもそも物理的世界を超えた現象に波動という物理用語をあて、無理やり 疑似科学的説明を導入したのではないかとそうした疑念から、万物を構成する波動とは確率の波でありそれを感じ取ると不確実さが確実になって消失してしまうのですが、と現代物理学との矛盾を指摘しますが埒があきません。
 しかしよくよく聞いてみますと、光の波、エネルギー、パワー、などと呼ぶに相応しいものが本当に最初から自分の方へやってくると本人は感じているらしいのです。
 ところがその感覚がなんとも形容しがたいので波動をという言葉で表現しているのだそうですが、現実に存在するかのように霊能力者がありありと感じているのであれば、とりあえずはその体験を尊重して個人的な心理的存在であることまでは一旦は認めざるを得ないのかもしれません。
 ここは、難癖つけですな。
 霊感側が波動という言葉を使ったばかりに著者をはじめとする科学者から、徹底して批判を受けることになる。
 つまり霊感とはイメージ的に波動だということを言いたいらしいのだが、その波動の使い方を今の宗教家は理解していない、ということなのである。






最終更新日  2020.04.16 06:25:44
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2020.03.05
カテゴリ:スピリチュアル

「あの世」の先輩方が教えてくれたこと [ 松原照子 ]

 古今の優秀な学者によればあの世とか霊とか神とかは存在しなということになる。
 しかし著者のようなスピリチュアルな人は世の中にたくさんいる。
 先述の学者方はそれを眉唾ものなどという人もいるが、私はそうは思わない。
 スピリチュアルなことを語ったり書いたりする人たちの言葉に大きなブレがないからだ。
 本書ではまず
​ だからといって気を落としてはいけません。
 あの世に着いて、自分の記憶に残るこの世での出来事を思い出すと、この世で過ごしたときの姿形で動物たちとも会えていると思えるくらい自分の記憶フィルムが作動して思い出に浸れます
 でも他の光の水玉にはこの映像は見えません。
​として、愛する動物たちと別れてもなおあの世でこれらの愛する動物に会えるというのだ。
 そりゃあ、本当に自分と同時期を過ごした、リキ、という犬や、トム、という猫に会いたいな、という気持ちが私にもあるので、この一文を読むと少し救われた気持ちになる。
 次、
​ この世でお経やコーランを唱えていると、その波動があの世にも届く。
 この世で篤い信仰心からお経を唱えていた者にとっては、お経の波動はとても心地よく感じられるのだ。
 あの世でこの波動を感じ取ると、光の衣が反応して、キラキラ光り輝く。
 光の水玉が喜んでいるのがよくわかる。
​と、読経の功徳を説く。
 この記述は明らかに死後の世界の存在を意識しているものである。
 このようにスピリチュアルな人々はあの世について語る。
 だから死は怖くないのだ、信仰を大事にしろ、ということになるだろう。
 ただやはり私は前野氏が言うような、あの世、あるいは、死後の世界、霊、とか、神の領域について何らかの、計数的なもの、があればいいなと思っている。
 そうしないと古今の学者が納得しないではないか。






最終更新日  2020.03.05 06:06:35
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2020.03.04
カテゴリ:スピリチュアル

死者はどこへいくのか 死をめぐる人類五○○○年の歴史 (河出ブックス) [ 大城 道則 ]

 アリストテレスの著書、魂について、について著者らは
 魂は生きている身体の原因であり、始原である。
 霊魂は運動の始まりであり、生きることの原因や原理、である。
 質的変化や成長は霊魂によるし、霊魂を持つ物質の本質である。
 霊魂は、生命、生物、の原理であるということなので、魂について、は世界や自然を記述・分析するための原理論として執筆されたのだろう。
とする。
 この考えははじめに霊魂ありきだ。
 霊魂がすべてを支配するということになる。
 個々の科学者には許されない暴言となろう。
 しかし古の哲学者が上記のように分析したことは実に面白いことでもある。
 前野よ!思い知ったか!なのだろうが、科学者前野氏はきっとこういうだろう。
 たとえアリストテレスと言え、計数化できないものは科学ではない。
 したがって、霊魂が全てであるわけがない、と。
 死についての次の分析もまた面白い。
 また、手紙を書くという行為は受け取り手に思いを届けるだけではなく、後の時代に記録を残す行為でもある。
 それはまた、記憶、を残す行為でもあるのだ。
 悲しいことではあるが、人の、死、というのは故人を記憶している人が一人もいなくなったときに完成するものなのである。
 それゆえ古代エジプト人たちは故人を忘れないために子孫や知人たちが参る対象として墓を造ったのだ。
 というのだ。
 ポイントは、死とは故人を記憶している人が一人もいなくなったときに完成する、ということだろう。
 それゆえ、人は文書と墓を準備した。
 こういうことになる。
 ここでは、死を否定するものとは、文書であり墓であるということになり、霊魂論とはまた別の次元になる。
 文書と墓は計数化できるから、科学的ではあるが…。​






最終更新日  2020.03.04 05:00:08
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2020.03.03
カテゴリ:スピリチュアル
「不思議な世界の力」を借りて、幸せになる 松原照子

 いやあそれにしてもスピリチュアルな分野には様々な方がいるもんですなあ。
 著者もその一人ですが、素晴らしい持論をお持ちの方です。
 科学者など足元にも及ばないほどの説得力をお持ちです。
 たとえば、​
 ひらめきというのは自分が持っている知識の中には絶対に存在しないはずのものが突然出てくると思いがちですが、過去の記憶を整理できる機能が働き、ある日明確な意識として表面に出てきただけでもともと存在していたのだと思います。
 そんなひらめきが誕生する素地、ひらめきの元が格納されている場所、それを本書では、潜在意識、ということにします。
とか、
 ちなみに睡眠というのは、死後の準備でもあります。
 毎晩寝ているときの状態、それが死んだ後の状態だと思っていいと思います。
 私達は毎日、死後のお稽古しているわけです。
 さて現在、人類が知り得ている元素の数は113だったと思いますが、スワニーおばちゃまは「地球上には121の元素が存在している」と話されています。
 特に私達の意識体は「地球にとって最も大切な元素のひとつ」だそうです。
のように、前野隆司を完璧に凌駕していますよ。
 前野さんならこう言うでしょう、それを計数化せよ、と。
 でも私は例えば、睡眠に関する著者の考え、全く同じに考えておりました。
 考えておりましたというのは今を去ること、50年ほど前のことであります。
 私はませた小学生で、睡眠について、全く上記のとおり考えていたのです。 
 そのことを一回り上の叔父に言ったら、言下に否定されましたな。
 睡眠と死とは明らかに違うと。
 この叔父は、早稲田OBで、尊敬できる人でしたな。
 過去形なのは、平成7年、52歳で鬼籍に入っているからです。
 私は様々な影響をこの叔父から受けました。
 叔父はしっかりした人で、大学論とか、それから私が大学を受けるときに付き添ってくれたりとか、特に私が影響を受けた人なのだが、今思うと、先の睡眠=死後の準備論とか、國學院には絶対行くな、とかで、以後の私の進路にも大きな影響を与えたのだった。
 他人事のように言うが、私はなぜあのとき、國學院、がだめだと言われたのかがわからない。
 その私が今毎日天津祝詞を神前に上げているのですぞ!






最終更新日  2020.03.03 05:00:08
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2020.03.02
カテゴリ:スピリチュアル

霊活のすすめ [ 徳永康夫 ]

 霊的現象については様々な事例が報告されているが、特に3.11巨大地震後における事例については
 津波で2万人近くの人々が一瞬に呑み込まれ亡くなったのです。
 彼女がインタビューした100人のタクシードライバーの内、半数近くの人が幽霊体験をしたといいます。
 そのうちの数人が「季節外れの服を着た人(幽霊)を乗せた」とはっきり証言し、あとで集計した一日の売上もその乗客分だけ不足していたとのことです。
 あるタクシードライバーの話では、乗り込んできた客が指定した場所は、津波でさらわれ、何もない更地なので、不審に思ったそうです。
 目的地に着いて振り向いたら、その客は消えていました。
 またあるタクシードライバーは「お客さん、そこは更地で何もありませんよ」と言ったら、「私は死んだのですか?」と聞かれ驚いて振り向いたら消えていた、というような体験を語っています。
​のように数多く出ている。
 このように霊的体験者が相当数存在するというのに未だに科学はその証明ができず従って科学者は霊がないと断じている。
 このような空疎なことがまかり通っていいのだろうか。
 あたかもこの科学万能の時代に未だに克雪ができないのと同じである。
 科学に対してスピリチュアル者たちは、
 霊心、の代表は、ことば、です。
 言葉を使って意思を伝えたり、小説を書いたり、書物を読んだりする能力です。
 体心、にはありません。
 数字、を使って、複雑な計算をする能力も、霊心、です。
 音楽、や、絵画、彫刻、などの、芸術、も霊心サイドです。
 体心、にはありません。
​などという理論も打ち立てているのだ。
 そりゃあ確かに科学者たちのいう眉唾ものも霊的なものにあるのだろうが、例えば死後の世界や幽体離脱などについては一定したもので、大きな齟齬が見えず、また、霊界というところの階級的なものも各論者にブレが見えないと、それになにより自分が神社で感じる感覚等を加味すると霊はおり、死後の世界はあると断じたい。






最終更新日  2020.03.02 05:00:09
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2018.08.27
カテゴリ:スピリチュアル
​​​
ノンフィクション作家だってお化けは怖い (幽BOOKS) [ 工藤美代子 ]

 霊を感じる人感じない人、様々だ。
 感じるという人は結構いる。
 しかし霊と交信できる人は少ないし、霊視できる人も少ない
工藤美代子

 3月頃から M さんがアラフォーさんと会って帰ると必ず娘さんが「パパなんか変な空気が漂っている。なんかへんよ」と言うようになった。
 夜になって寝室 に入ると「うっ」と奥さんがのけぞる。
「どうしたの」と聞くと「すごく悪い気がお部屋に充満しているみたいなの。あなたを感じない?」と聞かれるがM さんは感じない。
 このMさんに霊がついて、家まで連れ帰ったということでしょうなあ。
 私は、葬式や法事などのあと急に左肩が重くなったりしたことがある。
 そして数日ですっと軽くなるのである。
 そんな時、ああ、帰っていったんだな、と思う。​
 そういえば「親子は一世夫婦は二世なんて古い言葉があったなぁ」と私も思い出した。
 あの世に行っても夫婦の契りは続くという意味だ。
 もし真実なら、98歳の女性は、喧嘩ばかりしていた夫と今のうちに仲直りしようとしているのかもしれない。​
​ だそうだ。
 人は生まれ変わるのか、霊のままなのかはっきりしない。
 それでも生まれ変わると信じている人は夫婦関係を良くしておいたほうがいいと思う。






最終更新日  2018.08.27 05:00:15
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