名探偵の掟
名探偵の掟 (講談社文庫) [ 東野 圭吾 ] パロディを駆使したみごとなミステリー現況批判。 これだけのものを東野が書けるのは,彼がミステリーを愛し,ミステリーをリスペクトし,そしてミステリーを精緻に丁寧に読み込んでいる証左であり,快哉である。 私は彼の名探偵シリーズに出てくる祭文語りの大河原番三が大好きだ。 彼が本作のエピローグで犯人扱いされたことで名探偵の呪縛との齟齬が産まれているのではないかという(夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記 200108),つまり,大河原が逮捕されたら名探偵の呪縛には出られないはずだということが心の澱になってしまって,しばし大河原は本当に逮捕されたのかということを調査したのだが,いまのところ明確な解答は出ていない。 さて本作は12章とプロローグ,エピローグ,最後の選択から構成されている。 エピローグで大河原が逮捕され,最後の選択で名探偵天下一大五郎が犯人に指摘されまたは犯人に殺されると言う,講談社文庫特別書き下ろし作品である,名探偵の呪縛(夕顔絵夢二郎の江戸ハブ日記 200112)に繋がらなくなる話で,ここはひとつエピローグにしろ,最後の選択にしろ何らかの形でつまりミステリー的な解釈でなかったことにしなければなるまいなとミステリーリーダーたる私は悩んでいるところだ。 12章の特徴を書くことにしよう。 1 トリックの王様,密室宣言。 果たして密室がトリックの王様と言えるのかどうかはともかく雪を利用しているのが小品にしろユニークだ。 2 Who done it? 二重人格をミステリーに導入。 3 閉ざされた空間。 1の密室によく似ているが別カテゴリーだ。 その空間そのものが動くトリックは他の作家の作品にもある。 4 ダイイングメッセージ。 これは吾われプロのミステリーリーダーだけじゃなく初心者的なファンでもすぐに思い当たるもので,どんな読み方をするのか,どのように見えるのかということがポイントになる。 5 時刻表トリック。 本格ミステリーに出てくる名探偵では似合わないからという理由で天下一が刑事に扮する。 東野は,このトリックが大嫌いなのか,SEJAなる新たな乗り物を創出してしまった。 6 2時間ドラマ,サスペンス劇場とか一頃大流行の… ここでは私が時々書いている原作vs.映画について東野は, 小説をドラマにするのはいいんだけど,その場合,絶対に原作と違ってて,しかも必ずと言っていいほど原作よりもつまらなくなってる。あれ,どういうわけだろうね。それとも脚本家とかは,こっちのほうが面白いと本気で考えてるのかなと作中の登場人物を通じて述べている。 同感といえば同感,ただし,野村芳太郎監督の砂の器を除いてね…。 7 バラバラ死体。 顔なし死体と同カテゴリーとも言えようが,本作では切手のミシン目模様がヒントになる。 8 ??? つまり最初に作中この作品は〇〇のトリックですと述べてしまうと興味が半減するよね、という東野の主張で、本作ではよくある「一人二役」というカテゴリーである。 9 動揺殺人。 第二祖正史に対する明確なアンチテーゼ主張。 これで東野は第四祖森村についで祖師を批判したことになる。 10 ミステリーのルール。 犯人が探偵や召使いであってはならないというミステリーの不文律があり,本作では読み手が東野の目眩まし作戦にあって,大河原警部が犯人だと誤認してしまうのだが,天下一が指さしたのは,金田警部,だった。 ここで私は,かつて読んだことなど全部みろっとめろっと大忘れでなんと,大河原番三が犯人ではなかった,良かったとぬか喜びしてしまったのだった。 11 首なし死体。 このトリックは今やDNA鑑定の精度が高まって使えない。 しかし本作では重たい死体をヘリウム風船で浮かすために首を切ったという犯人の自供がある。 いかにも東野の理系的な発想である。 12 凶器の話。 氷を刃物にして相手を殺すというのは今までよくあったトリックだが,今回は血液を凍らせて凶器にしたという天下一の推理が披露された。 しかし真相は,右大腿骨の骨折端によるものだった。 以上でございますが,何か? つまりあわてんぼうの天下一の推理がパーフェクトというわけではないのだ。 特にエピローグにおける大河原を指摘したシーンはどうにでもできる根拠薄弱な推理であったことから,大間違い,犯人は別におり,最後の選択における二者択一の選択は,最後に,「名探偵大河原番三警部殿」がでてきてCome back上々颱風(シャンシャンタイフーン)by白崎映美!だったはずなのである。(1/3記)