ぼくのアップルマフィン 後編
「どうして勝手に来たの。帰りなさい。」そう、お母さんは言った。でも、せっかく来たのに。アップルマフィンが食べたいんだ。僕がそう思っていると、奥から知らない男の人が出てきた。「どうしたんだ?」「・・ごめんなさい。息子が来ちゃったの。」そう言って申し訳無さそうにしたお母さんに、その男は、じゃあどこかでご飯でも食べてきたらいいよ、と優しく言った。お母さんは、僕をファミリーレストランに連れて行った。何も話さずにただチョコパフェを食べる僕に、最近どう、とお母さんは尋ねた。お母さんが居なくなってから、僕はずっとずっと落ち込んだ気分だったんだ。こういう気分の時は、お母さんのアップルマフィンを食べれば元気が出る。だから、アップルマフィンを作って、僕に食べさせてくれよ。僕は、思っていることを言えず、毎日元気にしているから大丈夫だと言った。今日は、ちょっと寂しくなったから来ちゃったけど、お母さんが元気そうなのを見て安心したよ。と・・。レストランを出て、僕はお母さんにサヨナラと言った。帰り道に、僕は寂しくなった。気分は前以上に落ち込んでしまっていて、帰る足取りはとても重たかった。沈みかけている夕日で、家への道は真っ赤に染まっていた。それに照らされた僕は泣きそうになった。けど涙が零れ落ちそうになった瞬間、僕は上を向いて涙をこらえた。泣いたって仕方ない。どんなに落ち込んだ気分になっても、もうアップルマフィンは無い。さっきお母さんに言ったサヨナラは、お母さんのアップルマフィンとのサヨナラでもあったんだ。少しだけ涙が引いたその瞬間に、僕は前を向いて走り出した。全てを振り切ろうと全速力で走った。うわぁぁぁぁ・・・と声をあげて、とにかく夢中で走りつづけた。お母さんは、もう僕のお母さんじゃないんだ。これからは、アップルマフィンが無くても、自分で何とかしなきゃいけないんだ・・。結局は零れてしまった僕の涙は、夕日で照らされる道に輝いて消えていった。・・・日が暮れた頃に家に着いた僕を、お父さんと新しいお母さんが玄関先で向かえてくれた。僕は、心配かけてごめんと謝ってから、ただいまを言った。お母さんのアップルマフィン以上の食べ物なんて無かった。甘くて、柔らかくて、りんごの風味がしっかりきいていて、とにかくほっぺたが落ちそうになるくらい美味しいんだ。僕は、今でも落ち込んだ時にはアップルマフィンを思い出す。そしてその度に、前を向いて強く生きようという決意を新たにするのだ。おわり