テーマ:☆詩を書きましょう☆(8326)
カテゴリ:AVE予告篇
ジョン・シェイドの外貌はその男の中身とあまりにもそぐわないために、人びとはそれを粗野な偽装だとか、ほんのかりそめのものだと感じがちなのであった。と言うのも、ロマン派時代の流行が、魅力的な首をむき出しにしたり、横顔を省いたり、卵形の眼球のなかに山の湖を映し出したりすることによって、詩人の男らしさを希薄化することにあったとすれば、現代の詩人たちは、おそらく老齢まで生きのびる機会に恵まれているせいなのだろうが、ゴリラや猛禽類に似ているのである。畏敬すべきわが隣人の顔も、いっそのこと獅子だけとかイロコイ族(割注:北米インディアンの種族)だけを思わせるのだったならば、ことによると目を奪うようなものが何か備っていたかもしれない。しかし不運にも、その二つを合せ持ったために、その顔は要するに男女の区別の定かならぬ、ホガースの絵に描かれた飲んだくれを思わせるばかりなのだ。
(ナボコフ『青白い炎』前書き、富士川義之訳) トインビーは、スパルタのミストラの丘の上の白のてっぺんに腰を下ろし、一八二一年にそこを壊滅させた蛮族が残した廃墟を眺めていた。まるで今にも、その蛮族たちが地平線の彼方からだしぬけにどっとあふれ、この街を滅ぼしつつあるように思われ、昔のことがありのまま(、、、、、)に起こったことに彼は打撃を受けた。(コリン・ウィルソン『時間の発見』第5章・5、竹内 均訳) あたしがジェイクに恋したのは、ジェイクの頭がよかったからじゃない。あたしだってけっこう頭はいい。頭がいいっていうのはいい人だってことじゃないのはあたしだってわかるし、学識があるってことでさえないのもわかる。頭のいい人が、いろんな厄介事を自分で招いてるのを見ればそれくらいわかる。(ケリー・リンク『余生のハンドバッグ』柴田元幸訳) クロフォードの背後の斜面の木々が折れたり倒れたりしている。丘そのものが目ざめて自分の器官である木の絨毯を投げすてているかのようだ。海が鍋のお湯のように泡だっている。空いっぱいに幽霊が勢いよく飛びかっている。(ティム・パワーズ『石の夢』下・第二部・第十七章、浅井 修訳) まぎれようもない態度を何か示すべきだ。だが、ハトン氏は急におびえてしまったのである。彼の身内に発酵(はつこう)したジンジャー・エールの気が抜けたのだ。女は真剣だった──おそろしく思いつめていた。彼は背筋が冷たくなるのを感じた。(オールダス・ハックスレー『モナ・リザの微笑』龍口直太郎訳) 町が変わりつつあることは、ブリケル夫人にとってはべつだん驚くほどのことではなかった。小さいときからずっと見てきた子どもたちも、いずれ大人になって、それぞれ子どもを持つようになるはずだ。最近は、かつてのように都会に出て名をあげようとするのではなく、小さな町でゆったりと暮らしたい、という人も多くなった。そういう人たちは何かを経験しそこなうことにはなるだろうが、逆に得るものもあるはずだ。日々が連続しているという感覚や、帰属感といったものを。(アン・ビーティ『貯水池に風が吹く日』8、亀井よし子訳) スケイスは蛇口を締めて、その規則的な静かな滴りを止めたい衝動にかられたが、こらえた。(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第三部・6、青木久恵訳) それじゃ宇宙は電子からなっているのね。その電子は、カ空間がとても小さく丸まってできた極(ごく)微(び)の輪なのね。そうなのね、ヤリーン?(イアン・ワトスン『存在の書』第三部、細美遙子訳) アンジェリーナ・ソンコは今や二重ヴィジョンで世界を眺めており、第二の景色が現実の世界を明るく照らし、明晰化し、絶えず作り変えてゆく。(イアン・ワトスン『マーシャン・インカ』I・7、寺地五一訳) もうひとりの男はジェミーと紹介された。《長老》? そんな歳には見えない。だが、このひとたちにとって〈老〉ということばは〈賢明〉を意味するのかもしれない。その点では、かれにはその資格がある。多くの人間に見られる未完成なところが、このひとにはみじんも感じられない。彼は──そう、完璧だ。(ゼナ・ヘンダースン『忘れられないこと』山田順子訳) アメリカの上層中流階級の市民はいろいろな否定の合成物だ。彼らは主として自分がそうではないものによって表現されている。ゲインズの場合はそれ以上だった。彼は否定的であるだけでなく、絶対に目に見えない存在で、つかみどころのない、かといって非の打ちどころのない存在だった。シーツか何かの布切れをかぶせて輪郭を浮かび上がらせないかぎり姿を現わすことがない幽霊がいるが、ゲインズはそれに似ていた。彼はだれかほかの人間のオーバーを着たときに姿を現わすのだった。(ウィリアム・バロウズ『ジャンキー』第六章、鮎川信夫訳) こういう状況だというのに、ジョニイは力強さと生気をみなぎらせていた。こんな人間にはめったにお目にかかれるもんじゃない。説明はむずかしいが、いままでにも何度か、部屋にいならぶ大物たちが、ジョニイのような人物を中心にして、ひとりでに動きだすのを見たことがある。そんな感じをいだかせるのは、その控えめな態度や感性だけじゃない。ものを観察しているだけのときにも放射している、独特の力強さもそうだ。(ダン・シモンズ『ハイペリオン』下・探偵の物語、酒井昭伸訳) オードリーの首の中に脊椎骨がひょい(ポツプ)と現われる。アーンは舌をチッと鳴らす。オードリーがじっと鏡の中のトビーの虚ろな青い目を一心に見つめると、生まれたばかりの死霊のような乳白色の肉が自分の体に張りついているのが見えた。(ウィリアム・S・バロウズ『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』第三部、飯田隆昭訳) 飛行機の旅はよかったかとか、ブロンズの鐘を鳴らしたかとか、と彼女が訊いた。善良な老シルヴィア! 彼女は物腰の曖昧さ、なかば生来の、なかば飲酒したときの好都合な口実として培った無精な態度の点で、フルール・ド・フィレールと共通するところがあった。しかもあるすばらしいやり方で、その無精な点を弁舌癖とうまく結びつけていて、お喋り人形に話の腰を折られる訥弁な腹話術師を思い起こさせるのだった。(ナボコフ『青白い炎』註釈、富士川義之訳) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2016年01月20日 09時53分29秒
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