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カテゴリ:鹿児島の歴史
鹿児島の夏を彩る祇園祭り「おぎおんさぁ」が7月23日(土)宵祭、24日(日)本祭と二日間にわたって開催された。そしてそれは、私にとっていつにない特別なものとなった。 祇園祭りはいまからおよそ千百余年前の平安時代毎年のように夏に全国で大流行する疫病の惨害を免れたようとして当時の全国の国数に応じた六十六本の鉾を建て神霊を祓う神事を行ったことに由来するという。(鹿児島商工会議所ホームページ) 神輿は大人神輿6基 担ぎて確保に苦労するみこし連が多い中、納屋通り商店街振興組合が出す二番みこしには、毎年県外から多くのお祭り好きが参加する。今回も約40人が集結し、鹿児島の夏祭りに酔いしれた。知人に誘われたり、転勤時代に参加しファンになたりと理由はさまざま。好きが高じて同僚や部下を巻き込んで参加する人もおり、関東・関西で「納屋睦会」というグループもある。(南日本新聞) 下の神輿が納屋通りの神輿だったが、外国人の担ぎても加わり一際威勢が良かった。 私にとって特別なものとなったと言うのは、今年のご神幸行列の稚児として親戚のMちゃんが参加すると聞いたからだ。私たちの子供の頃から稚児行列はあったが、かれまでに親族でこれに参加した子供は一人もいなかった。 下の写真の通り、可愛い籠に乗せられた稚児を若い人(大学生のアルバイトが多い)二人が担いで粛々と進むものだ。男児、女児を問わないが、暑い盛りのこの時期に日頃着なれない着物など着て、重装備で2,3時間かごに揺られることで、ぐっすり寝込んでしまう子供もいたという印象がある。Mちゃんが居眠りしたかどうか確かめる間もなく私はコーラスの練習に急いだので今度聞いてみよう。 これより前、7月14日には八坂神社で、本祭のご神幸行列に参加する稚児の健やかな成長を願う「御位奉戴祭」(みくらいほうたいさい)もあったという。本祭には3~5歳の10人が今年も参加した。 こいう形で進む Mちゃん大写し 街の中心街は歩行者天国となり、約3000人が参加するご神幸行列を見ようという見物客で大賑わいだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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