|
カテゴリ:モンゴルとチベット
モンゴルにご関心のある方はよくご存じのように、モンゴルとチベットは大変深い関係にあります。中国が現在のように「なんで俺のもんだ!」と領土拡張を主張する以前は、漢人の領土は今の半分ほどしかなく、その漢人中国の周りをモンゴルやチベット、ウィグル、女真などが取り囲んでいました。
モンゴルの兄弟国ともいえるチベットですが、残念ながら中国に占領されているので、本当の様子はなかなか見えてきません。チベットについて少しでも皆さんのご理解の足しになり、愛情も生まれてきてほしいと願い、このブログの場を使ってチベットについての記事を載せます。ちょっと古い記事から始めますが、多少なりともモンゴルに関心がある方もチベットへの関心を持っていただけたらと思います。 今回は2007年9月の「チベット徒然日記(3)という記事です。 多少は慣れると思っていましたが、私の頭痛にはその気配なく、バファリンは飲み続けるも全く効かなかったです。とにかく起きてる間中、頭痛がします。 酸素ボンベは手放さなかったが、効果は感じることなくこれまた気休めであったような気がしました。それでも、小さなバスで自然やお寺を目指し観光は続けました。
面積は琵琶湖の3倍だそうです。そこへ行くために通る峠では、なんと標高5000mの地点へも行きました。これはもう単なる頭痛というレベルの高山病ではないのかもしれませんが、相変わらず頭が痛いままでした。 こういうところへいくと、観光客目当ての子供や大人が五月蝿いほどに寄ってきます。アジアでは良く見る光景ですが、中国人(漢人)でそんなことをしている人は一人もおらず、全部チベット人だったのは、やはり被征服者の悲しさかなと思いました。 中国はチベットを征服し、チベット語を禁止し、全部漢字&中国語に切り替えたわけです。勉強も中国語、役所や企業への入社も中国語が必須となれば、昔からのチベット人にはやれる仕事がなくなってしまいます。 チベットの子供たちも、「中国語のできないおじいちゃん、おばあちゃん」を劣等国民だと思うようになります。こうして、民族の誇りや言葉、文字、文化が世代とともに瓦解していくわけです。 でも、他人事ではありません。明治以降、大和民族がアイヌ民族に対して行った施策とほとんど同じですから。大和民族も「アイヌ土人法」という明治時代に制定した法律を平成になるまで使って「保護・教育」してきたのです。 (続く) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.06.05 19:01:20
コメント(0) | コメントを書く
[モンゴルとチベット] カテゴリの最新記事
|