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カテゴリ:世界とモンゴル
先日、日本の大学で活動している中国人の大学教授とお話しする機会がありました。その先生は、近代史・現代史における中国の外交を専門にされている方です。
日本には20年以上もおられ、非常に温和で優しい話し方をする先生です。中国の方が日本で研究を続けるにはいろんな難しいことがあったんだろうなと拝察しましたが、先生はまさに「忍耐強く」優しい表情を崩すことはありませんでした。 そんな人格者的な先生なので、ついつい「モンゴルへの愛国心」的立場から、中国の民族問題についていろいろ質問させていただきました。 先生は、中国の民族問題について近代史や現代史における日本の役割を十分に理解、評価されています。 中国国内でも、現在に続く民族問題はなかなか中立的に研究できません。更に、民族問題と密接に関係がある文化大革命のこととなると、とても研究、発表はできません。 周辺諸国となると、それどころじゃない国も多く、モンゴルや中央アジア諸国のように社会主義だったり(社会主義では根こそぎモンゴルの歴史は否定されていました)、戦争したり、貧しかったりで、それらの国々も考えると、やはり日本がもっとも中立的な研究をしてきたということです。 なので、先生は日本の立場、役割への理解も十分にわかっています。そんな先生でも、やはり中国の少数民族問題となると、やはり大国としての言い方になってしまうんだなと思いました。 中国には少数民族は55あると言われていますが、少数と言っても一番多いチワン族(ベトナム民族の仲間)は2千万人もいるわけですから、ヨーロッパの小国と比べると結構な規模です。 私は「新疆ウィグルやチベットなど、どんなに力で制圧しようとしても永遠にこの問題は解決しないんじゃないでしょうか?そもそも違う民族だし、一方的な価値の押し付けは反発が増えるだけでしょう」などと言いました。 先生は温和な顔で、中国の立場を話してくれました。多少はもっともかもと思う部分もないとは言いませんが、結局は「誰かが管理しないといけない」という立場です。 こんなに自由に物事が言える立場なのに、なんでこういう発言になってしまうんだろうと考えました。 少なくとも、現在の共産党政権に洗脳されているわけではないことは事実です。やっぱり漢人としての発言というか、中国中心の考え方なのです。これを中華思想というのは簡単ですが、私はなぜそう考えるんだろうと思いました。 ヨーロッパは、伝統的にキリスト教、白人、などの共通基盤を持っていながら、人口数百万人の国々も含めてたくさんの国に分かれています。 スイスやベルギーのように、複数言語の国すらあります。全体の管理なんかしなくても、それぞれの国が独自の道を歩んできました。(逆に今はEUが管理していますけど) ですが、中国はそういう共通基盤を無理やり一つの価値観、政治支配でまとめないと気が済まないDNAがあるんじゃないかと思いました。 私のチベットでの体験談を聞いても、「さすがにモンゴルやチベットに行ってそこまでいろいろ知っている人はあまりいないでしょう」的にはおっしゃってくださいました。 が、その体験すらも「たまたまそういうこともあるでしょうが、今のチベットは生活は向上してずっと良くなっていますよ」と、あまり問題視してはいないようでした。 パンチョンラマの問題も、「ダライラマの方が偉いというのではなく、チベットの人たちの選択ですね」みたいな、ちょっと共産党発表そのままか、という言い方もあって驚きました。 私はここで、先生の考え方を非難するつもりは毛頭ありません。先生の方が当たり前ですが、付け焼刃の私の知識なんかよりもずっと深く広いのは明確です。 ただ思ったのは、日本にいて自由に発言でき、かなり客観的に物事を判断でき、しかも決して感情的にならずに温和な表情のままの先生でも、やはり民族問題となると「漢人中心」になってしまうんだなということです。 そう考えれば、中国内で共産党教育にどっぷりつかった普通の人々が少数民族をどのように扱うかは、容易に想像できると思いました。 先生と話していて、正直ちょっと「カチン」ときたことがありました。(笑) 先生が中国の歴史やアジアの歴史を語っていた時、20世紀直前まで(清滅亡前ってことでしょう)アジアは全て2000年もの間中国文化圏だったというのです。明確に「日本も含めて」と言ってました。 そこではあえて強い反論はしませんでしたが、うーん、江戸時代や鎌倉文化も全部中国文化の一つなのか・・・ほんまかいな!と思いました。 何をもって中国文化というかはいろいろ基準はあるのでしょうが、米を食べて漢字を使うと言われればそれまでですけどね。 でも、最後には意見は一致しました。 「先生、本当に今の体制が永遠に続くと思いますか?」と聞いたら「やはり行きつくところは、どこかで民主化をして連邦国家になるんだろうね」と言いました。それもそんなに遠くない将来、2025年から30年くらい? 私も同感です。民主化のレベル、連邦国家内の国家像、共産党が支配を続けているかどうかなど、細かいところは違うでしょうが、このままでは国が持たないのも事実だという認識は一致しました。 自分と同じ意見かどうかには関係なく、こうしてモンゴルや中国少数民族問題を何の遠慮もなく知識の深い方と議論できるのは、ある意味楽しかったです。 またお目にかかりたいと思いました。そしてその忍耐強さには敬意を表したいと思います。(私、民族の話となると結構突っ込みますから、笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.07.19 11:57:49
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