テーマ:『義経』(332)
カテゴリ:テレビしびれて&DVD
子どもの頃、私の家には絵本がなかった。
その代わりに、いつも父や母が話をしてくれた。 それは、「かちかち山」だったり「桃太郎」だったり「金太郎」だったり「舌きり雀」だったり・・・。 少し大きくなる、歴史小説好きの父が「木下藤吉郎」や「義経」の話をしてくれた。 そして「那須与一」も仲間に入った。 那須与一は義経の家来で弓の名人。 那須与一が活躍するのが屋島の闘い。 義経によって平家は、海へと逃げる。 その時、逃げる平家は海の上の小船に扇を立てる。 「打てるもんならうってみろ」その扇は、そういう挑戦状のようだった。 そこで弓の名人、那須与一登場。 みごとに扇の的に的中した扇は、ひらりひらりと海に落ちる、という話。 8月14日放送の「義経」がちょうど、それだった。 矢ごろ少し遠かりければ、海へ一段(いつたん)ばかりうち入れたれども、なほ扇のあはひ七段ばかりはあるらんとこそ見えたりけれ。 ころは二月十八日の、酉(とり)の刻ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。 舟は揺(ゆ)り上げ揺り据(す)ゑ漂へば、扇も串に定まらずひらめいたり。 沖には平家、船を一面に並べて見物す。陸(くが)には源氏、くつばみを並べてこれを見る。 いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき。(続く)** (現代語訳)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 矢を射るには少し遠かったため、与一は馬を海へ一段ばかり乗り入れたが、それでもまだ七段ほどあるだろうと見えた。 時は二月十八日の午後六時ごろで、折りしも北風が激しく、磯に打ち寄せる波も高かった。 舟は上下に揺れながら漂い、扇も棹の先に定まらずひらひらとしている。 沖では平家が船を一面に並べて見物している。 どの者たちも晴れがましくなかろうはずがない。・・・・・・・・ 高校時代にこれを習った時は、嬉しくてたまらなかった。 勉強をするというよりは、物語の続きを聞くみたいで・・・。 で、前文、暗唱。( ̄▽ ̄) 8月14日 の那須与一登場の時も、この文を思い浮かべながら見てました。 で、ダメ出しがある。 「平家物語」では、与一がみごと、扇の的を射抜いた時、船の上の平家勢は、船端を叩いて、これを誉めたとある。 <沖には平家、船ばたをたたいて感じたり。> が、テレビでは、それがなかった。(細かい見方)_| ̄|○ それにしても、あの頃は、砂が水を吸うように、覚えられたのに・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に再び面(おもて)を向かふべからず。 いま一度本国へ迎へんとおぼし召さば、この矢はづさせたまふな」と心の内に祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。 与一 鏑(かぶら)を取つてつがひ、よつぴいてひやうど放つ。 小兵(こひやう)といふぢやう、十二束(そく)三伏(みつぶせ)、弓は強し、浦(うら)響くほど長鳴りして、誤たず扇の要(かなめ)ぎは一寸ばかりを射て、ひいふつとぞ射切つたる。鏑は海へ入りければ、扇は空へぞ上(あが)りける。 しばしは虚空(こくう)にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。 夕日(せきじつ)の輝いたるに、皆紅(みなぐれなゐ)の扇の日出だしたるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬ揺られければ、沖には平家、船ばたをたたいて感じたり。 陸(くが)には源氏、箙(えびら)をたたいてどよめきけり。 ・・・・・・・・・・・ ■暮らしの中の義経:祇園精舎の鐘の声■ 那須与一←イケメン那須与一 ●見逃した方は、土曜日に再放送があります( ̄▽ ̄) 人気blogランキングへ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ◎自然と人間が仲良く暮らしていたころの話です。 ★8月18日*「竹八月」というけれど・・・。 *UP お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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