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2017.06.28
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カテゴリ:八百八橋散歩
地下鉄天満橋駅から大川を渡った左側(西)に河岸公園があり、「天満の子守歌」の像がある。

天満の子守歌(天満の市)
 
ねんねころいち 天満の市で
 大根そろえて 舟に積む

舟に積んだら どこまでゆきゃる
 木津や難波の 橋の下

橋の下には 鴎がいやる
 鴎とりたや 竹ほしや
■解説■
(▲大川の北側もある道路から写す。)
木津村と難波村は、一世紀近くにわたって、天満市場に対抗する地元の市を開こうと活動を続けていた。
その中で、自分たちの主張を示すために作られた唄が「天満の市」であったと、右田伊佐雄は解説している。
当時、木津と難波の両村からは、大阪へ子守娘が多く出ていたので、彼女たちの歌う守り子歌として近畿一円から四国、中国地方へと広まったのではないかと推測される
公園にある「天満青物市跡」の石碑。 
天満の市
江戸時代、大坂には三つの市があった。
(一) 堂島の米市。全国の米の相場がここで決まった。
(二)雑喉場(ザコバ)。遠近の鮮魚が集散する魚市場である。
(三)天満の青物市。青物一般および果物・乾物が取引された。
いずれも、幕府から公認をうけ、その権勢はほかに並ぶものはなかった。
落語『千両みかん』は、この青物市が舞台になる。

地下鉄天満橋駅から大川を渡った左側(西)に河岸公園があり、青物市跡の石碑がある。
古地図を参照すると、この南天満公園一帯が青物市だった。
大小の青物問屋が軒を並べていた。

天満の市は、秀吉の時代からあった。
司馬遼太郎氏によれば秀吉は、天満の市の繁忙な様子を見るのを好み、妻妾をひきつれて遊びにやってきた。
市の人々が畏まってしまうのを「善し、善し」ととどめた。
「わしにかまわず、普段通りにせよ」という意味らしい。
人々は、そんな親しみやすい太閤さんが来るのを歓迎したという。


             (▲梅。近くに天神さんがある。)
大川:天満橋
天満橋界隈:将棊島
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Last updated  2017.06.28 13:55:03
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Re:天満橋界隈:天満の子守歌と青物市(06/28)   maki5417 さん
昔の名残でしょうか。
この辺は物価が安いと言われていました。

高いのは、阪急沿線とか。 (2017.06.28 14:26:01)

Re[1]:天満橋界隈:天満の子守歌と青物市(06/28)   天地 はるな さん
maki5417さん
阪急って高いイメージがありますよね。

電車の客層も違うというもっぱらの噂です(^▽^)/

>昔の名残でしょうか。
>この辺は物価が安いと言われていました。

>高いのは、阪急沿線とか。
-----
(2017.06.28 18:20:55)

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