WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW
先週の週末と今日の二回に分けて、手持ちのCDを大量に処分する。「失意の時には部屋掃除」の実践である。おそらく200~300枚のCDを売り払ったろうか。その結果、私のCD棚はどうなったか。さぞや「がらがらすかすか」状態になったと思われるかもしれないが、なぜかいまだにぎっしりと寸分の隙もない状態である。なぜそうなるかというと、既に書棚から大量にあふれ出したCDをベッドの下の収納スペースにぎゅうぎゅうに押し込み、書棚の上の段ボールにも詰め込み、今回処分したのはそこに棲息していた日陰者だったからである。まだどう少なく見積もっても、1500~2000枚はありそうだ。やれやれ。もう余命いくばくもないというのに、これではどうしようもない。片っ端から売り払わないとどうにも身動きがとれない。だが、CDを売ろうとすると、「残す」カテゴリーと「売る」カテゴリーの間にグレーゾーンが生まれ、両者の線引きのために、そのグレーゾーンの曲を聴かざるをえなくなる。プレイボタンを押し、最初の数秒で直観的に判断し、右(残す)か左(売る)かに峻別する。貧農の家の主が娘を遊郭に売ろうかどうしようかと迷っているような、悩ましい時間を経験することになる。なんだかわけもなく罪深い気持ちになってくる。まあ、罪深い人生を送っているので、分相応の所感といえば、それまでなのだが。そうして仕分け作業を行っているうちに、とても地味なジャケットのアルバムに目がとまる。薄いグレーの色遣い。バックはニューヨークの遠景だろうか。ほとんど影絵のようにうっすらと高層ビルが浮かび上がっている。ジャケットの中央には、小さな写真がはめこまれている。背の高い短髪のハンサムな青年がたてのストライプの半袖シャツを着て立っている。袖を少しまくっているのが時代を感じさせる。60年代かな。切れ長の目とやや濃くまっすぐに伸びた眉毛。すっきりとした目鼻立ちの好男子である。彼は小柄な女性の肩を右手でそっと包みこむように抱いている。女性はブロンドの短めの髪。愛嬌のある顔。少しはにかんで首を少し傾けて、とても幸せそうな顔をして、彼の顎の下に頭をもたせかけている。男性の涼やかな視線からは自信が感じとれる。女性の穏やかな微笑みをたたえた表情からは心から信頼と愛情を傍らの男性に委ねる、ふっくらとしたやわらかな情感が漂ってくる。おそらくは20代前半の祝福されたカップルの幸せそうな姿である。「これがね、パパとママの若い頃の写真なの。パパってとっても男前でしょう」「えー、信じられなーい。これがパパなの」そういう会話を思い描きながら、気の置けない友人にとってもらったスナップ写真という感じだ。写真に写った二人は、二人でありながらほとんど一人に見える。愛情と信頼と尊敬と希望がふたりをゆるやかな一本の紐によりあわせているのだ。この数年後、幸福そうに微笑む彼女がシンガーソングライターとして自立し、累計2000万枚以上のアルバムセールスを記録しなかったならば、これは新婚夫婦のかけがえのない、しかし平凡な記念写真として、二人の家族のアルバムの中にひっそりと収まっていただろう。その写真の上にはアルバムのタイトルが記されている。GOFFIN&KING SONGBOOK この女性の名前をCAROLE KINGという。男性はGERRY GOFFIN。彼女は1958年、わずか16歳で結婚した。そして、曲を作るのは得意だが歌詞はさっぱりという彼女と、作詞は得意だが作曲はさっぱりという音楽仲間の二人は、GOFFIN&KING という名前で強力なヒットメーカーとしての活動を開始する。KINGがレコード会社にデモ・テープを送ろうと音楽仲間に相談すると、「トム&ジェリー」というふざけた名前のバンドを作っていた背の低い男性がデモ・テープの作り方を親切に教えてくれる。彼の名前をポール・サイモンという。なんだか幕末維新の志士伝を読んでいるような気がしてくる。GOFFIN&KING の記念すべき一曲目を紹介しよう。Tonight you're mine completely 今夜、あなたのすべては私のものYou give your love so sweetly あなたはとてもやさしく愛してくれるTonight the light of love is in your eyes 今夜、あなたの瞳には愛の光がともっているBut will you love me tomorrow? でも、明日も私のことを愛してくれるかしら?Is this a lasting treasure これは永遠に続く宝物なの?Or just a moment's pleasure? それともひとときの喜びにすぎないもの?Can I believe the magic in your sighs? あなたのそのため息の魔術を信じてもいいの?Will you still love me tomorrow? 明日も私のことを愛してくれるかしら?Tonight with words unspoken 今夜、あなたはことばを使わずにYou say that I'm the only one おまえだけだよ、っていってくれるBut will the spell be broken でもその魔法は解けてしまうのかしらWhen the night meets the morning sun? 夜が朝日と出会うその時にI'd like to know that your love 知りたいのよ、あなたの愛はIs love I can be sure of 私が信じることのできる愛なのかどうかSo tell me now, and I won't ask again ねえ、教えて。もう二度ときかないからWill you still love me tomorrow? 明日も私のことを愛してくれる?(INSTRUMENTAL) So tell me now, and I won't ask again ねえ、教えて、お願い。二度ときかないから。Will you still love me tomorrow? 明日も私のこと愛してくれる?Will you still love me tomorrow? 明日も私のこと愛してくれる?Will you still love me tomorrow?明日も私のこと愛してくれる?WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROWというタイトルのこの曲は、THE SHIRELLESというコーラス・グループが唄い、全米ナンバーワンのヒット曲となる。その歌は、ちょっとはすっぱで遊び好きな少女が、遊び人の彼氏を見上げながらだだをこねるような甘えた軽い調子で唄われる。軽快なポップソングという風情だ。1967年、二人は離婚する。1971年。彼女はパーマをかけた髪を無雑作に伸ばし、ジーパンに素足という姿で窓際に腰掛け、初のソロアルバムのジャケット写真を撮る。手前には「へっ」という顔をした小さな猫がクッションの上からこちらを振り返っている。世界中で2200万枚以上のセールスを記録した怪物的アルバム「Tapestry」がこうして作られた。珠玉の名曲揃いのこのアルバムの9曲目には、彼女自身が唄うWILL YOU STILL LOVE ME TOMORROWが収められている。彼女はゆったりとしたテンポで内省的にピアノを弾きながら、この曲を歌う。おそらくはGOFFINの作ったであろうシンプルで奥行きのあるこの歌の世界を、虚飾を排したシンプルで、かつ奥行きのある歌声で。そこにはもう若い頃のあの嬌声を聞くことはできない。すっと背筋を伸ばした自立した女性が「あなたは私を明日も愛してくれるの」と真摯な眼差しで正面から男性に問いかける。そういう情景があざやかに浮かんでくる。だが、実は私がもっとも愛するこの曲のバージョンは、別にある。それを唄うのはROBERTA FLACKである。彼女もまた自らピアノを弾きながら、シンプルなアレンジでこの曲を唄う。ベースはRON CARTER。そこには知的で内省的な女性の深い悲しみを帯びた痛切な響きが聴きとれる。その声には明るい希望よりも、むしろやるせないあきらめが漂う。人生は思い通りにならないもの、やるせなく希望をうち砕くもの、でもだからこそ私は希望を失わない。深い願いをこめて、その唄は感動的なエンディングを迎える。10代の可憐な少女は20代の自立した女性に姿を変え、さらに30代で深い哀しみを内に秘めながら、なお明日への希望を失わない。たったひとつの曲でありながら、一人の女性の生きる姿をこれほどあざやかに描き出すことのできる曲が他にあるだろうか。WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW名曲中の名曲である。ぜひこの三つの歌唱を順を追って味わっていただきたい。そこには時間とともに変わりゆくものと変わることのないものとが、ふたつながら生き生きと音の中に浮かび上がってくる。あなたは明日もまだ私のことを愛してくれるの?