以前、東京の事をよく知らなかった頃、蔵前と両国を取り違える事が良くありました。それはきっと田舎者にはありがちな印象の錯誤でありまして、良くは分からんけれど東京には大相撲をやるための国技館なれ施設があって、まあそうした安直で退屈な過ちがもたらす錯誤なのですね。地名のどことなく古式ゆかしい字面と響き、そして川を挟んで向かい合うというように近接しているのも勘違いの原因とみても良いかもしれません。とまあ、己のみっともない過去の思い違いを汎用的な理由に還元してみる試みはさしたる成果をもたらしはしない気もするけれど、酔っ払った勢いで紙幅を埋められたから良しとしよう。ともあれ、与えられた情報に基づくとはいえ、先日、蔵前で初めてとなる驚愕必至の酒場に巡り会えたのだから、もう少し綿密に捜索してみるにしくはないのであります。
とか勢いこそあったけれど、日中であれば喫茶巡りで何度も蔵前を訪れているから、昼間は看板や暖簾というようなそこが酒場であるという目標を晒していない店はともかくとして、そうでもなければ未だ認知しておらぬ酒場との遭遇はやはり困難なのでした。ということで、「おいわ木」というどうということのないお店に妥協せざるを得ないのは、わざわざ蔵前に出向いたことを思うと無念ではあります。でも入ってみなければその店の真価など見極めようもないのです。という事で迷っている時間が惜しいというよりもうすぐにも呑みたい気分が昂じていたのですぐに入る事を決断するに至ったのです。入ってみると店内は大衆割烹風のゆったりとした造りで、この夜のように知人を伴っている場合には都合が良いのです。部長という役職が似付かわしいようなちょっと敷居の高い感じが悪くないと思えるのは歳のせいか。にしては役職が全く追い付いていないのであるが、そんな事は一向に構うまい。席に着くとお通しが自動的に供されるスタイルも面倒がなくて良いと言ってしまうと、酒場好きとしては不徹底かもしれぬ。肴選びに迷うのも妙味かもしれないしねえ。でもまあ、しがないおっさんが3名寄り合ったりすると熱燗に簡単な肴でもあれば満足です。実際、品書きもなく店の方が今晩はクリームシチューもありますよ何て仰ってますが、そう品数は揃えていないようですが、それで良いと思うのです。カウンター席では女性客が独りで呑んでいたりもして、それはそれで肩の力を抜く場所があるのっていいなあなんて思うのです。