テーマ:懐かしい昔の話(540)
カテゴリ:父の麦わら帽子
私の子ども時代、今から60年以上前は、よく火を焚いた。
食事を作るにも、風呂を沸かすにも火を焚かなくてはならない。 山に薪を取りに行っても、そこに簡単な石の炉を作り、飯盒でご飯を炊くために火を焚いた。 冬になると、毎日のように焚火にあたった。 ■当時の冬服■は、貧しいもので、とても寒かった。 毎朝、学校に途中で、焚火をしている家を見つけると、火に当たった。 大人も子どもも 「寒い、寒い」と言いながら手を火にかざした。 突然、バンッ!!と大きな音がして、私はビックリして飛び上がった。 それは、竹の破裂する音だった。 竹が温まると、節の中の空気が膨張して、破裂すると父が言った。 それは分かっていても毎回驚いた。 時々、藁を焚いたら、白いポップコーンのようなものを見つけることがあった。 藁に残っていたモミが火によってはじけたものだ。 もちろん、当時、ポップコーンというものを見たこともなければ言葉さえ知らなかったのだが・・・。 焚火の中にポップコーンのようなものを見つけると、 木の枝を使って、さっと拾って食べた。 寒くてたまらない日は、一斗缶に薪を入れ、家の中で火を焚くこともあった。 そんな時父は、火掻き棒で火を調節しながら、昔話や、笑い話をした。 休みの日に、たまに、餅を焼いたり、サツマイモを焼いたりしたのをもらうことがあったが、それは本当に稀なことだった。 最近は、火を焚くことが出来ないので、冬になっても焚火を見ない。 能村登四郎 にほんブログ村 ・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.02.26 00:15:56
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