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2011.03.15
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カテゴリ:宗教/天地創造

今回の大地震について、宗教との、あるいは、予言や神様との相関関係についてつぶやかれている。凡人自身も「その通りだ!」と断定することは出来ないが、いずれもブログ次元、自由掲示板といった個々の意見として参考までに読んでいただければ、と思う。

一つ目はブログからで

大地震と宗教との因果関係?!

二つ目は韓国統一教の会員サイトの自由掲示板(2011.03.15)に掲載されたものである。web翻訳のため見苦しいところもあるが、ご理解願いたい。

 

 地震と摂理の相関関係について

謹んで、日本の犠牲者に、神の慈悲が共にありますよう..
そして、生き残った人たちの心にハナニムイ先頭が共にありますよう...
 

************* 

自然災害と復帰摂理は、どのような相関関係があるか?
韓国の有名な牧師が、日本が地震で起きた災害の神を受け入れていないからだと妄言をして、宗教人たちをドメグムに悪口を与えている。

おそらく、このような考えをしている宗教指導者たちがあるはずで、彼らに教育を受けた信徒たちもそのような考えをする。
私たちの教会でも、今回の災害を神の摂理と接続させて説明を聞きたくている家族がいるのを視ることになる。
家族の皆さんもしかしたらそのような考えは、夢にもしないようお願い....

このような自然の災害は、神の復帰摂理との関係があるのか??  と聞かれたら、 私が思うことに答えはYesです。 その場合は、復帰摂理のためにこのような災いをイルウキョトダンのかと問われれば 答えは『No』だ。

世の中にこんな答えがどこにあるのかと考える。
詭弁と言うこともありますが、なぜか一度のように考えて見れば、そんなこともあると考えることになるだろう。

ほとんどの予言が2012年を最後に、人類が滅亡するだろうと予測をしていて、その予測は、今なられる現状を見ればそんなこともあるという考えをするようにする。
人類が滅亡するようになる方法を想定したものがいくつかになる。

人類が戦争で核爆弾を使用して自滅する場合と、
恐竜が滅亡したように、小惑星の衝突により生命が滅亡している場合を考えて見ることができ、
そして滅亡までも、伝染病や地震などで、人類が苦痛をしたり、多くの人が死ぬ場合である。
そして、資源の不足や資源の過剰消費による環境の汚染と気候変動は人類が苦しそうにするものであり、最終的に人類の生存を脅かすことになるだろう。 

上記の自然による災害は、いつでも発生することができ、たとえそのようなことが起こらないとしても、人間による資源の不足と環境の汚染は、人類が人口を調整するなど、適切な措置を取らない場合、必ずダクチゲなる。
人々は科学が発達すると、そのような問題が解決されると思うのだが、いくら科学が発達したとしても、人口の数が調整されない場合は、環境の破壊は避けることができず、それによる除かれても避けることができない。

人間が自らの環境を破壊して起こる気候の変化による災害、地震や小惑星の衝突は、人間や神の意志とは関係がない。
単純な自然現像であるだけだ。
雲の中で電池がたまると、その電気が放電され、雷が打って雷が打つように地震も地球の中のマグマが対流移動をしながら、その上に浮いているタンドンオリドゥルイ互いにぶつかりながら起こる現象であるだけだ。 この地震は頻繁に起こり、マグマの対流の周期に応じて、予測が可能にしたりする。

今回の地震でもそのような地震が多く発生することができる期間に予測された期間中に起きたであり、地殻の衝突エネルギーがずっと凝縮されてから、それが解消(地震)の時点が2012年前後になっただけだ。

預言者たちはこのような時を知っていたのであり、神の復帰摂理も、意図的か否かは言えないが、この時と相まって、結び目を作って私が思っいただいたこともある。
このような時が神を離れたり、忘却していた人間たちが再び神を考えることができるきっかけとなる転換点になるだろう。

私たちは、このような巨大災害を眺めながら、人間の生活について根本的に疑問に思うことを余儀なくされる。
ライターの万枚だった人間が自然の前には何もないということを悟るようになるはずで、いくらこれが神との関係もない自然の現象だと理性的に実現するとしても、神を考えていないことができないからだ。

有神論者でも無神論者でも絶望的な状況に達すると、自分も知らないうちに祈願をすることになる。
無神論者であっても、自分の子が病気に入って死んでいるか、誘拐犯に拉致をやられて生死を見積ることができない場合は、必死になって、子が存続を祈願することになる。
その起源の対象が誰でも関係がない。

子供が親に希望することがあるなら、その親が子の願いをイルオジュルことができるので希望をするのだ。
そのように生命が存続を、または生きていることを願っているのは、自分でも分からないが、希望の対象を認めるということだ。
自然災害のせいか他の原因の違いなど、重大な脅威、あるいは脅威を受けるのを見れば誰もが安全を望みになり、その願望の対象は、当然神になるしかない。

科学者たちが言うに地震がしばらく続くものとする。
その地震が2012年の先端が出るようになるのかそれともマヤの予言どおりに2012年に12.21日の膨大な自然災害が起きて、人間がミョルジョルなるかは我々のようなトリックは、知ることができない。
しかし、2012年イェサロプゲそのまま通り過ぎることもあり、そうでない場合もある。

しかし、神の摂理の場合は、明らかに2012年とかみ合っていることは明らかだ。
神は、自然災害が起こることを知ってそうしているかどうかは分からないが
私達の摂理も2012年と密接にかみ合っていないか。
このような災害は、人間が神を信じていないながらも、ではなく、人間の罪があふれてもない。
既成教会の牧師のように私たちは、もしかしたらも、この災害が神の御心を知らない人間に下る審判することとしては決してならないだろう。
地震と津波で、人間を審判する神はないということを私達は既に知っていないか。

私たちが知っておくべきことはこの時点では、摂理の一線を画すの時のことだけは確かに知っておくべきことであり、 神はこの時の摂理をかみ合うようにしたということは確かに知らなければならない。
私たちが恐れなければならないのは、私たちの内部の対立によってで力を排出し、摂理の時を逃してしまうんじゃないかということだろう。

今回の地震を見ながら、人々は多くの思考をする。
今回の地震を通って、世界の人々の考えがたくさん変わるようになるものであり、韓国と日本の関係も たくさんダルラジゲドゥェルだ。

おそらく、良い方向に
日本の人々の犠牲を通って....

 

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Last updated  2011.03.17 03:08:04
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