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カテゴリ:縄文研究 甲斐鉄太郎
オオカミの化石と骨-雑記帳 その2-
オオカミの化石と骨-雑記帳 その2- 犬の頭骨の模型。歯と頭骨。犬とオオカミは歯の数などが共通である。 犬の頭骨と歯の図。犬とオオカミは歯の数などが共通である。 犬の骨格図。全身骨格図奈良県文化財研究所による。 オオカミの化石と骨-雑記帳 その2- (本文) http://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin08_5.pdf 石灰岩洞窟内で発見された九州産ニホンオオカミ遺骸 群馬県立自然史博物館研究報告(8) :57-77,2004 原著論文 石灰岩洞窟内で発見された九州産ニホンオオカミ遺骸 長谷川善和1 ・小原巌' ・曾塚孝, 群馬県立自然史博物館:〒370〆2345群馬県富岡市上黒岩1674-1 ,〒146-0085束京都大田区久が原5-5-21 3〒802-0985 棉岡県北九州市小倉南区志井2-8-10 要旨:九州各地の石灰岩洞窟内で発見されたニホンオオカミの遺骸4点を蝿告する. 3点は福岡県平尾台産頭骨で、他の1点は熊本県矢山岳産の頭骨と体骨格の一部である. 4点中3点はニホンオオカミとしては中等大であるが,平尾台産のl頭骨は大きく ,ニホンオオカミとしては既知のもので最大の部類に入る. キーワード:哺乳類,ニホンオオカミ,QJFJjJ/mf北Jph//fJLr , 石灰岩洞窟,洞窟堆枇物,熊本県,福岡県,北九州市,平尾台 数は少ない. この報告では, これまで知られていなかった, または十分な検討が加えられていなかった九州産ニホンオオカミ頭骨を主とする遺骸4点につき報告する.このうちの1点は熊本県から採集されたもので,九州産狼の標本としては最初のものとして報告されている(今泉,1970a;北村ほか、 1999)が四肢骨等については記録がないので,未報告の四肢骨も含め改めて報告した‘他の3点はすべて北九州市の平尾台から曾塚らによって採集された(曾塚, 1982)ものである.Hasebe(1924)は,蜆塚貝塚産の下顎骨に対して,貝塚オオカミCq"/so/TDAq"〃なる名称を与え, また高知県の洞窟堆積物より産出したl~5号標本に対して,佐川狼“"芯/""""wqe"応を提唱した(長谷部, 1941) ,前者は今日はじめにニホンオオカミαJ"LF加"p"/cIxT℃mminckと思われる頭骨等の遺骸資料は本州,四国及び九州の各地に散在し,かなり多数に及んでいる. この中には民間信仰の対象とされた個人所有のもの(直良, 1965;小原. 1990等) ,考古学的調査により遺跡から発見されたもの(中村, 1999;茂原・江木, 2002等) , さらに洞窟内の堆積物から発見されたもの(小原・長谷川, 2003)等がある.九州からの記録としては,大分県から下顎骨が根付けに加工されていた2例(高橋, 1994;小野・高橋, 1994)及び熊本県八代郡泉村落合の京丈山の石灰岩洞窟の堆積物から発見された全身骨格のl例(北村ほか, 1999)等があるがそのでいうニホンオオカミで後者はエゾオオカミ型のもののようであるが,いずれの標本も不完全なものであること,タイプとされているCa"Is/Fc(物ル"QXTemminck,1839との議論が充分にされていないことなど,動物命名法上からも問題があるので,今後の課題として議論しないこととした.ここでは国立科学博物館に保管されているニホンオオカミの骨格標本との比較を行い,当該標本類がニホンオオカミであることを確認した.よって九州産の未記載標本について報告しておくこととした.また,エゾオオカミCq"商/""ルα"“とニホンオオカミCQ"/s加例"力"“との関係についても議論するには多くの問題(長谷川, 1998)があり, ここで言及するだけの材料に乏しいので、専ら九州地方で採集された4点の資料について記録することにした.本文中に用いた記号はそれぞれ,次の様になる.KMNHは北九州市立自然史.歴史博物館,NSMTは国立科学博物館.頭骨全長(GL) ,基底全長(CBL) ,眼問部幅,後眼窩部幅,脳匡幅,乳様突起間幅、 P4部幅(P4部の頭骨最大幅) ,犬歯部幅(犬歯部の頭骨最大幅) ,後頭頼幅口蓋長(骨口蓋後縁中央部の湾入及びその両側に後方への突出がある場合はこれを無視する) ,口蓋幅Pz中央歯槽部,口蓋幅P3中央歯槽部, 口蓋幅P4中央歯槽部,上顎門歯間幅(左右I]外縁歯槽部の幅) ,上顎骨歯列長(犬歯歯槽前縁からM2歯槽後縁の距離) ,下顎長,下顎体高(下顎内側MI中央における下顎の高さ) ,下顎厚(M,中央部における~ト顎体の厚さ) ,下顎C-M3長(~ト顎犬歯歯槽部前緑からM3歯槽後縁の距離) .九州産ニホンオオカミの記載 北九州市平尾台のオオカミ遺骸の産出地はこむそう穴と人参窪第一洞の2ヶ所である(図1 ・ 2) ~ こむそう穴から2点,人参窪第一洞から1点が北九州ケイビングクラブ員の協力で採集されたものである.平尾台は,平尾台石灰岩体(松本ほか, 1962a)とそれに貰入した中生代末の平尾花崗閃緑岩などが主体である.標iEI350~680m・テーブル状の典型的なカルスト台地を形成している‘台上には何百ものドリーネが発達し, 100を越える洞穴群が知られている(曾塚ほか, 1982) .肖龍窟は平尾台でも屈指のもので~ とくに曲流現象の顕著なものとして有名であるが.洞内からナウマンゾウ,オオツノシカ(長谷川ほか, 1980)やステゴドンゾウ(岡崎ほか, 1980)が, 目白洞からオオツノジカ,ニホンムカシジカ(曾塚,1982)など第四紀後期の哺乳動物化石が発見されている.このことから台上に生息した動物群は,少なくともステゴ ドン象の生息した数十万年前の時代より古くなることはない. 調査資料及び計測方法 ここでは次の4標本を報告する‘ (1) こむそう穴第1標本KMNHVP、200.007.福岡県北九 州市小倉南区平尾台こむそう穴(頭蓋,左下顎,第2 頚椎) . (2) こむそう穴第2標本KMNHVR200.008.福岡県北九 州市小倉南区平尾台こむそう穴(頭蓋,左下顎) . (3) 人参窪第1洞標本KMNHVP.200-00,福岡県北九州 市小倉南区平尾台人参窪第一洞(頭蓋,左右下顎) . (4) 矢山岳標本NSMT-P9792.熊本県八代郡泉村落合, 矢山岳のたて穴(頭蒸,左右下顎,体'筒'格) . これらは何れも次に述べる特徴からイヌC""jsル"""α"sLinnaeus,1758>及びShikama(1949),Saito(1957)により報告された更新世の化石オオカミQJ"/J/""Linnaeus" 1758などとは異なり,ニホンオオカミCa"的 ルリ“フノ"/αrTEmminck,1839に属するものである‘すなわち, ノ”蝿に比較し小型である. Shikama(1949)による栃木県葛生産の更新世化石オオカミのP4長は26.0mm本報告の4標本はこれより遙かに小さく、巌大のこむそう穴第2標本でも2413mmに過ぎない‘ また今泉(1970a)によれば,骨口蓋後緑中央部が湾入するのは/叩財sでは193点中僅か3点(1.5%)のみであった.本報告の資料はすべて,これまでル“わ〃尚"“とされた標本の多くのものと同じく,骨口蓋後縁中央部に顕著な湾入が見られる. このような点から,本報告の標本はすべて/叩蝿とは識別できる.血""/”応と比較した場合.顔面部の形態の中凹の程度は弱く、前頭甲の膨らみと.正中線部の窪みが殆ど認められない. また,歯,特に裂肉歯(P4及びM,)が相対的に大きい.頭骨の測定は次の各部位につき行った測定方法は主に哺乳類頭骨の一般的計測方法(今泉, 1970bなど)に従った. (1) こむそう穴第1標本(図版1 ・2) 調査標本:北九州市立自然史.歴史博物館蔵 標本番号:KMNHVP200,007,頭蓋・下顎骨及び 第2頚椎 採集地 :福岡県北九州市平尾台, こむそう穴第 1地点(図2-A-l) 採集時期: 1972年8月13日 採集者 :曾塚孝 頭蓋前半はバラバラになったものを修復した結果,破損は少なくほぼ完全な頭骨になった,上顎歯は左PIを欠くが,その他は欠損なし.骨口蓋後縁中央部の湾入は顕著.側頭下部神経孔は左右とも5個.前蝶形骨外形十字型,鼓室胞外側近遠心方向に平坦面を作り,丸くない.矢状稜あまり発達しない. P4は基底全長の10.2%・軸椎は後述の矢山岳標本とよく似るが,若干大きい.ほぼ完全で横突起小さく斜後方に伸びる‘ (2) こむそう穴第2標本(|叉|版3 .4) 洲査標本:北九州' li lgl然史・歴史|#物帥ル塊 標本番号:KMNHVP200、008,皿擶および/'ミド'W1!| &|- 採集地 :禍'1,1県北ノL州1 1jW世台, こむそう穴箙2 地点(図l-b,図2-A) 採集時期: 1972年8月141=| 採集背 :稗塚孝 吻端部欠撹右傾け弓破批.欠恨する歯は、 リj l噺及びノt歯のすべてと右P1 ,左P' , P2. 'H'口蓋後緑' l 1火部の湾入は蝋著.側頭ト部神経孔は左5佃,右4個.吸擶は棚めて大きく頑丈~M1は~ド顎長の15. 1%~ ノL州産標本の! l 'では,水標本の測定値は特に大きな値を示す(表l) .近年III。i知りIL仁淀村から発見された頭|,|'は,ニホンオオカミとしては雌大級とされる‘その測定仙は、頭'H'全長235.8, |lllIMiW{ ll11,1457,脳| 'i l lli,159.3、PI I邪l l1lil75.1 ,犬歯部||II1146.7,下顎肖長171 .9, P4長22.66,M,lZ26.9(安部、 2001 ;岩| | | , 2001) .本標本を仁淀標本と比鮫した場合, | ll{Ⅲ部| |府及び犬'菊部'胴及びM長は仁淀標本が大きいが,その他の計測値は本標本が大きい.仁淀標本では蝋骨全促に対する下顎長は235.8対171.9mm.水棟水の|<!WI1長は176.5mmであるから, |司じ比率と仮定すると,本標本の頚骨全長は242.1mmと推定できる.この値は肌タミ| |のニホンオオカミでは雄大級といえる(図5及び表4) . このll,'il体はすべての点で大きく ,矢状櫛が発達することなどからニホンオオカミの雄と考えられる.この↑' '1鮪は3段ほどに>ll1れ非常に深い(図2-A) ,洞口標高367.8m,総延長435m,高度蕪98m.オオカミの2標本は第2段1 1の深さ40m地点の落石の間で発見された.採集時に得られたその他の動物遺骸は次のようなものがみられる‘すべて現生極からなり,オオカミの時代は更新1Uまで古くならない. (2) こむそう穴第2標本(|叉|版3 .4) 洲査標本:北九州' li lgl然史・歴史|#物帥ル塊 標本番号:KMNHVP200、008,皿擶および/'ミド'W1!| &|- 採集地 :禍'1,1県北ノL州1 1jW世台, こむそう穴箙2 地点(図l-b,図2-A) 採集時期: 1972年8月141=| 採集背 :稗塚孝 吻端部欠撹右傾け弓破批.欠恨する歯は、 リj l噺及びノt歯のすべてと右P1 ,左P' , P2. 'H'口蓋後緑' l 1火部の湾入は蝋著.側頭ト部神経孔は左5佃,右4個.吸擶は棚めて大きく 頑丈~M1は~ド顎長の15. 1%~ ノL州産標本の! l 'では,水標本の測定値は特に大きな値を示す(表l) .近年III。i知りIL仁淀村から発見された頭|,|'は,ニホンオオカミとしては雌大級とされる‘その測定仙は、頭'H'全長235.8, |lllIMiW{ ll11,1457,脳| 'i l lli,159.3、PI I邪l l1lil75.1 ,犬歯部||II1146.7,下顎肖長171 .9, P4長22.66,M,lZ26.9(安部、 2001 ;岩| | | , 2001) .本標本を仁淀標本と比鮫した場合, | ll{Ⅲ部| |府及び犬'菊部'胴及びM長は仁淀標本が大きいが,その他の計測値は本標本が大きい.仁淀標本では蝋骨全促に対する下顎長は235.8対171.9mm.水棟水の|<!WI1長は176.5mmであるから, |司じ比率と仮定すると,本標本の頚骨全長は242.1mmと推定できる.この値は肌タミ| |のニホンオオカミでは雄大級といえる(図5及び表4) .このll,'il体はすべての点で大きく ,矢状櫛が発達することなどからニホンオオカミの雄と考えられる.この↑' '1鮪は3段ほどに>ll1れ非常に深い(図2-A) ,洞口標高367.8m,総延長435m,高度蕪98m.オオカミの2標本は第2段1 1の深さ40m地点の落石の間で発見された.採集時に得られたその他の動物遺骸は次のようなものがみられる‘すべて現生極からなり,オオカミの時代は更新1Uまで古くならない.ごむそうノf勢の斧維〃〃澄骸群葵コウモリ熱種族未定ノウサギL""Sかαc/zyl"wsTemminck タヌキMノe/eノセ"/eS'〃ノ℃〔”ノ7O/"S(GraV)テンM上"/""7e/αノ叩""F(Wagner)イタチMMz/We/α〃α応/TemminckアナグマMど/""7e/"(Linnaeus)カワウソ L""αsp. (Linnaeus) ノネコ陸"sc""'FLinnaeLIsイノシシS"ssf.γ加LinnaeLIsl、リ奴繩族未定ヘビ奴祁族未定ヒキガエルβ"/b6I(/b/"o"/c"sSchlegel (3) 人参箙鯆一↑liil柳本( IXI版5 ・6) ,リ,'ilffIWMK : _|ヒノL州' ij立自然史・歴史博物館賊 MI!水帝号:KMNHVP200,009,頭鵲及び左右下顎 採集地 : i,' ,Ⅱ所ll,↓北ノL州市平尾台人参窪第1洞下段 ( I)xI2-B) 採集|1,11111 : 1972年8月141 1 採集サf :御塚孝 右加’ ),右|!!ll",fl(の一部と鼻骨が欠損欠損歯は,左11 ,12,C, P' , |く'棚の全切歯と左ィLiC及びィLiM3,左l2C歯冠部破仙する. ′間' I I薇後縁巾央部の湾入は顕著側頚下部神経孔/,ffiとも6州. 11ij蝶形'H'外形十字型鼓室胞丸くならない.12側外{11l1近速心ノ'jlhlに平畑面を作る.矢状稜やや強く後方に向け発進する.'fi・もろく ,化石化は充分ではない. P4は」i鳴底全艮の1 1 . 1%,M1はド顎長の16. 1%.比'|唆的加純な曝穴.洞口標高383m.総延長110m.高度差62m~人'三Iは広く,底はより広い~下段の分l1皮した小さい枇穴より表川採集したものである.この洞底からは二ホンオオカミ以外に次の脊椎動物の遺骸がでている‘ノ(参籠蒻一〃芽維勤勿這發諜美コウモリ知種族未定ニホンザルM""cqjiIscq/q(Blyth)ムササビPa""・/s#/α/e"coge"ys(Temminck)ヒメネズミ 4po火ノ""SaI笘Ew/e"4f(Tcmminck)イヌα,"耐ん"7///L"/sLilmaeusテンM上"/ES/77e/αノ""s(Wagner) エ ーイタチMI/.We/α〃"F/Temminckアナグマ ハ化/es/77e/", (Linnacus)ニホンジカCeノ蘂v“〃/ppo/7Temminckトリ弧称族未定ヒキカエルβ姉6'(/b/叩o"/c"sSchlcgcl以上のものはすべて現生種であり,オオカミのみ絶滅祁となる.オオカミの保存状態からみて化石化はほとんど進んでない. また, I炊体部の付着痕が見られるなど,あまり古いものではない. また, こむそう穴の2点よりこの人参窪第-ilil棟水はかなり新しい時代のものと思われる.人参窪第一il'1からはイヌの辿骸も出ているが,その大きさは|リl暗に小さく 、 j1シ態ともに多くの点で区別される. (4) 矢| | |届楪水(lXl版7-10) 完全なものから不完全なもの,を含めて約50点ほどが収集された.複数の部分骨がふくまれないことから| ' il一(|,'il"のものとして扱う. 調査標本: |'il立科学博物館地学研究部蔵 標本帝号:NSMTP9792(頭蓋NSMT-P9792-1, イi下顎骨NSMTP9792-2,左ド顎'H。 NSMT-P9792-3等) 採集地:熊本県八代郡泉村落合,矢| | |岳のたて穴( '叉'3 .4) 採集時期: 1967年1月261] 採集背:入オ[昭雄 矢1l 1僻標本は矢l l l届の南西斜|mに|ルl l lした深さ約22mの'職'(で‘‘矢| | |岳のたて穴"の唯被物炎liliから採柴された.矢l I l ,'丹は秩父帯に屈し、 l鳥祁石灰キi |ないし二,W系の矢| | |岳fTノ火埼体(松本ほか, 1962b)に化じたl羅穴である. JRlll岳のたて穴からは,ニホンオオカミQ"7/sル()‘〃〕ルノ/αxとカモシカQ"〕ノ・/co/7"sc""".『が採集された(入江, 1969) . この標本については入江(1969)により蚊'| '|'及び体骨格の一部の発見について報告された.今ル&(1970a)は, この頭表2九州の洞窟内発見のニホンオカミの歯(歯冠)の計測値(mm) (1)こむそう 穴第1標本KMNHVP200.007 (3)人参窪輔 -il'1楳水KMNHVP200:009 (2)こむそう 穴鋪2標本l<MNHVP200.008 (4)矢| | |用 標本NSMTP9792 C」jLi"il; '2.()×8.() '4,0×10.5 12,5×80 '2,3×9.5 P |2.0 '2.7 ’9 P 12.8 14.6 '3.2 l3.0 (4) 矢| | |届楪水(lXl版7-10) 完全なものから不完全なもの,を含めて約50点ほどが収集された.複数の部分骨がふくまれないことから| ' il一(|,'il"のものとして扱う. 調査標本: |'il立科学博物館地学研究部蔵 標本帝号:NSMTP9792(頭蓋NSMT-P9792-1,イi下顎骨NSMTP9792-2,左ド顎'H。NSMT-P9792-3等)Pイ 20’7 24. 1 21.6 20.8M' 18.5×14.9 '6.6×20.6 18. 1×14.5 14.8×19」P2 9.6 1 1 .6 |0. 1 9.4P 1 l.6 12 | 1 .3 1 1 .6 P4 12.5 |40 '3.3 '28 M 24‘3 266 24.3 23‘9 H'標本が外」4.道の外絲が後l對節孔のレベルより外|11llに位li'iする,塊状‘| !|'|ハ|桶の前緑'11央に明らかな湾入タイプがある等の特徴が, タイプ標本とされるLeiden「I然史|W物館の弧‘|‘|, (今ルとのCタイプ)に完全に一致するとのことから,Q""sル〔)‘"ルノ/q.xTemminck,1839と |司定した.北村ほか(1999)は熊本県八代{||{泉村京丈山の洞窟で採集されたニホンオオカミ乍身'H'格標本(KCMI-109)の|司定に際しこの櫟イKを比'|暁ヌ、l照として川いた. ちなみに, この)i(丈l l llツリ(水を旅したil'1)術は矢| ||舟と| ' 「|じ泉村で,京丈l l lから|ノLi l ,卜j lノLi18.3km地Jbl、';に矢l l l l門のたて穴がある~班| '|'の特徴: リ,1I'| '|'の前半,右頬に)の賊'H部, 」|1' | |緒の| 、lil1も部等に破仙が見られるが,保存状態は比岐的良好.蓋後緑(翼状'| | |' |ll1術の前縁) 11='央部は強く |ulむ. l11111WIシ'| | |'外形| ・ &i笠ノ'i'1,鼓室胞丸く膨大しない眼窩角は42・でC/""7///αノソム,より小さい. i11l1頭ド部神経孔は左右とも6111'il ,欠状稜発達し後ノ'jに強く突出する次の各歯は欠批する1"I 左P1 , P2、 {iP' , P],M' .下顎右C, PI ,M3、左PI ,M2、M3.'己下とも切1噺なし.犬歯顕著に消耗する~裂肉歯は大きく ,PIはJiL底全腿の1O.5%.M,は下顎臆の15.3%.体'| ‘ |'略( |叉|版9・ 10) :脊帷骨・肋'H'および指'|斗'などほとんどが採集されていないが、その他の主要な骨の大部分は保存されていた~体'| !l'格の計測値は表3に比'l唆して示した.| |"611l l lをすれば、欠批部分が兄つかる可能!|ノヒがある. fi l:腕''1'や12170.0mm,左僥門'全長165.5mm, {i大IIE'| ||'fl&184.0mm. この{l i'Iは,既知の伽cわPル"‘(の骨格概水NSMTMIOO(l'il}72科'γ: |'#物館)及びKCM1-109(熊本|W物帥)と比'lifして、 |:腕'| |i' 、幌'H・及び大腿骨などの何れにおいてもやや小さい.頭骨基底全長においても,MlOOの2023mm(小原1990),KCM-1-109の204.6mm(北1 1 1ばか, 1999)に比較して,本標本は197.3mmでやや小さい1別|体である~環椎(図版10-a) : LIJ央,祁分が破仙し不完全.横突起大きく三角形で後方に発達する.その後縁ほぼ'' 1 |線的、オオカミやコヨーテに似る(OIson, 1973) . 'lilllllt(図版10-b)は前後方| ''!lに良い. l」脚突起尖| '1柱状やや|洞きで突出,帷休腹|MI1大きく |IIIむ、 'li' l 'にそい前方と後方に稜発達する.椎体後部関節lili強く |く恥する.卿突起上ノ'/にあまり発達しないで前後に{|||びる. 1,1ijノ|jは歯突起尖のi↑畷の|を方まで張り出す後方はノfイiに店がり,帷体より後方に伸びる.下関節面の前縁が帷体'11節Ⅲiの上方に位置する~横突起欠如する,横突孔は椎体にそって前後に開口する.最大長53mm.肋骨(図版10,図9, h) :光全な知い肋'|'l' (|叉lh)と下端を約半分欠いた肋'H' (図g)の2本のみ|)il打は'|'1'体あまり湾l lllせず, 'H体上部は川,i狭し, ドユ|皇はかなり腿い. 」|' |'頭は比較的大きく前後に関節面が発達するIノJ'| | |'弧はっきりくびれる.肋骨結節はH'体のIII[上に在る.全瞠80mm. これは左第211ノJ'| ||'と、トll l斬した.後者は外111||への滴l lllが強い~肋!|'1,体前|ノ11!1 llと後外側に肋'H満が発進する. !| &l'皿かなり大きく,肋'H頚かなり長い.肋'H'紬節後ノ‘jの|11節衞大きい.おそらくf「6番目かその前後のものである~雌大長80mmおよび65mm.肩1 | 1骨(図版10,図c」 d) :左イiあり. l , l ,j者共に鰊上窩.林下衞大部分を欠く ~鰊上席は鰊|く1術より広い.肩甲卿直線的局lllfは並三角形をなす,その先端はill節衞のほぼ巾央上にくる‘関節窩は楕円形であるがi11節上結節に向けてはみ| |'す. |腱|節禰最大前後径27mm.上腕|」i' (I~|版9, |Xla, b) :左上腕| 'i' (a)は'| @1.体巾央部より遠心部分を欠如.右上腕'ILI' (b)はほとんど冗余である.上腕 1' '1'蚊l1ii後方lfi」に楕|LI形.人i1'i節発達する,上端は|211#I'肯,頭と| , 「In.大結節稜下端は骨休の|2三分の一イ、I近に達する.三町筋州1面扁平な稜状外{!lllおよび|ノ、ll!1ll上燗1がかなり側方に発達する・ ルl頭窩と鈎突櫛の間は1'i辿し,円い滑車上孔が開く .すなわち, 上腕骨滑'l[ほとんど360。近く |血l転する.最大長170mm.尺,H' (図版9, lXle, D:左右あり.共に速位端を6mmほど欠血l l .左は滑車切痕付近が破批する.肘頭薄く , lllH広い,|ノ1111llに湾曲する.肘突起発達する~鈎状突起内側に強く突川する撲骨切痕鈎状切浪に接して|ノ1側に発達する~右尺骨岐大腱138mm.|#E'H' (図版9,図c, d) :左右あり. イiは完全,ノ「皇はド端の一部を欠く ‘関節環状miは頚術の後外絲に光速し、尺'門'の僥'i | |'切狼と関節する'H'体はl)il後に), , ,il2, 1111iliはやや凸で後1iliは平畑,近位から速位にli1かってゆるやかに|胴広くなる.速位端は内外側に発達し,桃‘| '|,皿より大きい.外側後絲に尺骨切痕の窩があり、 |ノリ側茎状突起あまり大きくない、左僥| ‘|'雌大長168mm.′H'樅( |叉|版10,図e, f) :寛結節と坐骨板を欠くもほぼ完全な左'| ,l・板と腸骨体を主とする不完全な右!| !l・樅よりなる.寛骨はイl''f成1、l'は3純とも結合していて境界不|リlである‘腸骨はM1/~We/(I,L""α,陸/なのように左イ「に広がらず, 1くノ‘jに少しイ''1腱する.寛紡節小さい.仙結節は遠心でAI:くなる吟筋mi比鮫|'I1窪む.坐骨抑発達しない.寛'| 」|'「|はほぼ| ' l形に近い,切狼後方に開く .坐骨板大きくノ,もイiに拡がる. 人14骨結節皿群に州状となる,恥骨結合弱い、 ノ''4'|‘|'結合不明.閉鎖孔大きい.左骨盤最大長十145mm.大腿‘'1' ('又'版9,図9,h) :左右2個,共にほぼ充希.大腿骨"I11形に近い.内側に頭席明瞭.大腿骨頚Iリl l l京炊く内11llに向く .大II賊子よく発達する,上端はH'頭を越えない~小転子| | |状突川する. ′|坐I'体中程で細くなる.そのIWi lil iはほぼ| '」形. ′H'休細と外側噸ほぼ| ,1大‘両者の上方(背側)にそれぞれ伸筋爾が浅く発進,そのため滑市満は速位端で少し狭くなる.最大長184mm.脛H' ( IXI版9, |xl i , j) :/,fイi共膝関節の部分のみ,大,祁分は破批して欠如. l:lil i側で膝|%|節はほぼ三角形をなす. |ノ、1111ll噸,浅い術を形成外側噸低い「1 1 I面を作る.内外| ,l ijIIIIHli,'iniiは低い~脛'| |l'111 1mやや斜傾,表面比I|嘆的平凪脛'| !l・1:l l lili外側と外側H1の|川に深い111筋溝が発達する. イi脛'| ‘''十74mm.膝捺骨( IxI版9, |叉|k) :/fil1lll個ほぼ完全.長逆三角形、 ' l'程から遠位端で)IIIく '~!II降すろ鮭大長33mm.足根H' ( I叉|版9, Ixl 1,m, '') :充全な左右踵骨とZIZIIi'| |l' ' il i骨はL“"s(Schmid, 1972)のように距骨滑巾大きく , | 11ノI状,巾心足根」| 'l' |)LI師部大きく , |11節面はjHifl i形,姉'|!|'の鈍骨隆起|Jll, iは熊む. ,i &|'体は/[fイiに薄い城MIT突起は1Iテlil iに突出した' ' 1〔角に近い|11nil l{liを作る下方内{!!llに卸'|」}'ll21ili lノ、l側との関節部が|ノ1{!lllに他く突出する鐘'H' , I|』'H'は共にL“"ぶと類似する~ ブifIII'| | l・雌人長43mm.左距H最大長27mm.尾椎'H' (IXI版9, |xIo) :近心郡上ド左右に痢状突旭がある'H'体遠心まで| '1じイ籾蔓の大きさで遠心端平坦, IWi lili ! l li四角形. 5~6冊| |の尼帷と思われる‘中手'H' (IXI版10, Ix1k, 1) :左第3中央'骨'一部欠仙は完乍である.節2が太く,鋪5はそれよりやや長いが糸lll, 、 ."3 ・ 第4はほぼ| !il」JZ. 7iの' l 'f'| |l'の先に並べた4点の指| 'l'はl lf位置かどうか不|リlである.ほとんどの指の』H端に'| | i'11錫が兄られる.右' l 'rl,tlを、 |ノ11!!llよりそれぞれ64, 72.5, 72,62mm.巾足'汁(|叉|版10, i, j) :/「こむに完全に四本ずつlliiっている.全休に! | '下'| ‘'.よりわずかに長い.右中足骨艮,内側よりそれぞれ73, 78,80, 72mm.時代に関する考察 前述したようにオオカミの遺骸を表面採集した||、fに. |' il時に採集した汗帷動物の辿骸はすべて現化祁である.しかしながら, 1,'il々のil' i1)'(|ノ1から発見される迩骸の時代については絶対イト代を決定することは難しい.熊本県の矢| | |届の竪穴についても| ' il棟である~オオカミ,カワウソ、などは絶滅しているが江ノ i llケ代にはIIITi種共に九州に生」ILj、していた(安田, 1987 ;北ノL州' liの文化財を守る会, 1977)ことは確かであるが,それ以後の記録は少ない千葉(1995)はlリ1滴巾期(1868)岨から急速にオオカミが減じたようだと述べているが理l l |は定かではないという.巾村(私循)氏のil;ll好,IEKによりニホンオオカミの記録について」|群Mを得たが|リ|治水にはほとんどi氾録がない.北海道のエゾオオカミは,, ifIMとしてIリ1#fi10( 1877) 11北ⅡからWK除が始まり、 '11ifi22( 1889) イド以降には公式の, iu妹がないという(犬飼, 1933) . この上I!にはほとんど絶滅に近かったと思われる。ここに報告した4標本のノ碓地は{I IIれもイi灰#! |地,Ⅲ:にあり,ドリーネ・曝穴及び↑''1席が発進しているiliil旅内には各種の動物遺骸を含む埖砿物が兄られることがあるが,ここに報告した各標本も, il'il"|ノ1唯械物として採莱されたものである何れも,獲物を追跡'l!か走行!IIに| ' |然l戦蒋し擁死したものであろう‘いずれも化行化の狸度は弱い.それらのイ|乏代は,抓戸時代から明淌時代初期に杣推されたとされる民|川信仰の対象として保存されている資料(114[lj4, 1965 ;小ノル(, 1990等)よりは時代的にTITいものと思われる.それは北村ほか(1999)が報告した京丈l l l標本(KCMI-109)の14Cイト代測定仙は約380±90年前との結果がlllている.kl l 1崎楪水NSMT-P9792の産出地,熊本県八代郡泉村滞合矢| | |鵬は, Ji(丈l l lとはl l !1:線距離が18.3kmで比I1"|'|1近く, lil il行のパ訓||状況も弧似していという単純な比岐によるイ!i!皮で, 1 12碓なイ|晶代を決めることは今後の課腿である.られた.~ 今 1 , 1少 3)各地産と, ここに報告した九州産ニホンオオカミの頭'口全長を比較した.九州産3標本はニホンオオカミの測定値としてはほぼ中位の値を示す. しかし, こむそう穴第2標本はI1勿端部が破損しているが推定価頚骨全長は242mm±で既知のニホンオオカミの値のI |'では鍛大級の仙を示す(図5) . これは雄の可能性がある. lノヒi三河(斉藤1938) ,徳島県仁淀(安部, 2001 ;岩H1 , 2001)とともに比較的低緯度地域に特に大型の個体が出現する点は,ニホンオオカミの大きさについて諸説(宮尾ほか, 1984;1 | 1村, 1998等)ある中,ニホンオオカミの変異を考察するにあたり興味深い. 謝 辞 熊本11丁の入江照雄氏には,標本の寄岫と産地の情報をⅨいた.北九州市ケイビングクラブの池内英雄,亀井俊幸、大江弘幸,添!!f#修次,高津浩二,樋'二|脚己の諸氏には平尾台の伺灰ilT1調査に多人の援肋を頂いた.圧|立科学|#物fl 'imj物研究部の速藤秀紀,地学研究部I|I能|自樹,高I | | :雅光の諸氏には1'1館所賊標本の洲査に便宜をお計り頂いた‘ また{ll'奈川県立生命の星・地球博物館の元学芸部長III村一恵氏には未発表情~#|{および文献について教示を1頁いた. 11tびに熊zkl ljl#物餅の北村直司氏には文献の入手および矢i11岳の位。 まとめ l )4川の蚊骨の特徴及び'肘の人きさなどから,ル""//αノソ‘yとは|リlらかに識)lllしうる. また史新| | |:の/"ノブ"Nより遙かに小さい.従ってここに;ト|il'「した商科はすべてCα"ハルocA)/Jル"“と|' il定された. 2)九州産ニホンオオカミの' | 'に+序しい大きさの変)14が耐め置碓認をして頂いた.群馬県立図耆館の|%I I I裕子さんには文献について洲査をして頂いた元'|リ111新|川社lf業部の安田健氏には文献を頂いた‘北九州市立自然史脈史|(Ii物館の藤jl惇志,森康,岡I崎美彦の諸氏には置料1”'1についてilll協力ll'Iいた. 、1館木村敏之氏には資料終JII!のために協力をしてInいた.以上の方々に感謝の意を表するHascbc,Kotondo ( 1924) :Ubcl・ dicSchadel ulldUnterkicibl・vondcI1steinzeitliclljapalliSChcnllulldcrsasscn.ArhA11atlnsLSclldai, IlX,S. 9u.26.長谷部言人(1941) :イI器l1、}代辿跡l11土Ⅱ本産狼二極.人類学鮴誌.56:”0-602.長谷川善和・仲啄紫・汕|Ⅱ他作(1980) : 、え尾台吉龍Ⅲ1ハ';ナウマン象幼児化fi(予測) ,北ノL州I |j立l'|然史博物館柵、2:41-47.長谷川蕪fI I ( 1998) : |水のオオカミ化石の変遷.特)lllIIExl録オオカミとその仲|Alたち イヌ科・動物の世界,pp.62-65、 ネ'll余川リ,いエノ|え命の』,4・地球|!#物m'(.平岩米吉(1981) :狼そのノ|態と歴史.池田書店,東京、308pl).今泉古典(1970a) :ニホンオオカミの系統的地位について 1.ニホンオオカミの棟木. lll li乳動物学雑誌.5: 7-32.今泉古典( 197()b) : l lyIKlllli乳動物催|説,上巻.新思潮社,*)i(,350pp.犬飼哲夫(1933) :北珈迫jノ1';狼とその滅亡経路.植物及び動物, 1: 1091- 引用文献 阿部水( 1994) : | |本ノli!li乳類.東海大出版,東〃(, 195pp.安部みき子(2001) :ニホンオオカミとモンゴルオオカミの数賦的比’鮫の試み.フォレスト ・コール,8:22-23. 千葉他m1995:オオカミはなぜ消えたか.新人物{1;来社,來斯(.279pp.IWMili ( 1969) :人吉・球僻・ I1:4・ハ家1卿山区のイT灰洞穴と動物,”・ 137-158,熊本リ,L人l l『 ・球膳・ ノ':Jk・五家莊地区自然公園候補地学術調frWi'ii'ト,熊本リ14.粁Ⅲ栄,と(20()l) :モンゴル朧オオカミと仁淀村朧ニホンオオカミとの‘冊'学的比'鮫の試み,フォレスト・コール,8: 23-26.加滕滞太郎・ ill lノ、llirl二(1995) :改杵家畜比鮫解剖図説(上) 、萱賢堂,東京,315pp北九ソ、ト| 11jの文化11イ.を§、!」:る会( 1977) :illl川滞「| l l帳」 ,小倉城小倉城洲侮、柵[i,Iト: 65-85.北村IIL(司・小#i( "・ l 、卜j lll:代・ ! 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最終更新日
2020年10月25日 17時49分18秒
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