「風の民」 ナバホ・インディアンの世界
猪熊博行 2003/10 社会評論社 単行本 276p
★★★★☆
30年以上も前に留学生としてワイオミング大学で学んだ体験があったとは言え、会社員だった著者が、56才になって仕事をやめ、「ナバホの地へ行こう」と決意する。そしてナバホ族立大学でナバホ・ジュエリーとナバホ織りを習い始めるという、いわゆる熟年の意義あるセカンドライフの物語のようにスタートする。
しかし、この本は読めば読むほど、硬派の本。原寸大の自らの身体をもってナバホの社会の中に入りつつ、またアメリカの白人社会とも交流しながら、ナバホの、過去、現在、未来を考える。しかし、その視点はどこまでも、ナバホへの深い愛情が注ぎ込まれている。
ナバホネイションのシンボルはモニュメント・バレーだ。ナバホ語でツェ・ビ・ンジスガイイ。「岩の間が取り払われた所」という意味。
「アメリカ西部の原風景」といわれるここには、今や日本人を含む世界中から観光客が訪れる。ジョン・フォードが、ジョン・ウェインを使ってここで撮影した「駅馬車」を世に出したのは、1939年だった。羊の殺戮によって収入の道を断たれた多くのナバホが、アパッチ・インディアンに扮して銀幕を飾った。だからナバホにとって、ジョン・フォードは恩人だ。以来、多くの西部劇がここで撮影されてきた。「黄色いリボン」「荒野の決闘」「アパッチ砦」・・・・。
「イージー・ライダー」のハーレー・ダヴィッドソンもここを突っ走った。「アイガー・サンクション」もクリント・イーストウッドはここの岩塔をよじ登った。「フォレスト・ガンプ」のトム・ハンクスは、ここでぴたりと走るを止めた。p151
「黄色いリボン」は先日、図書館から借りてきてみた。「イージー・ライダー」は、数少ないわが映画人生の中でもトップクラスに印象の深い映画だ。そのうち、また見てみよう。「フォレスト・ガンプ」は数年前テレビでみた。すこしづつ、ナバホの地が親しみやすくなってきた。
10年ほど前、「ダンス・ウィズ・ウルブズ」という映画があった。インディアン(ラコタ)の視点から描いた西部劇で、アカデミー賞も受賞した。ところがチョクトー族とチェロキー族の混血として生まれた、オーエンスというニューメキシコ大学の先生は、その随筆の中で、こんなことを言っている。
「主人公のケビン・コスナーは、白人女性を連れて、結局は東部の白人社会に帰っていく。なぜラコタと最後まで行(ぎょう)をともにしないのか? 映画ではインディアンの文化に共鳴したように描いているが、しょせん、彼は白人なのだ。一方、映画の中では、何人もインディアンを殺したジョン・ウェインの場合、西部以外に帰る所はない。いつも西部に現れ西部に消えていく。あの粗野なジョン・ウェインには、白人社会に居場所がないのだ。彼からは、大西部の匂いと土埃が漂ってくる。ダンス・ウィズ・ウルブズは確かによい映画かもしれないが、好きか嫌いかと言われたら、私はジョン・ウェインの映画の方が好きだ」
オーエンス先生のこの言葉には、思わず私も納得してしまった。ケビン・コスナーはインディアンの文化に理解を示し、理性では納得はするが、それは白人にとっては対岸の文化なのだ。一方、ジョン・ウェインが土埃にまみれたカーキ色のシャツを着て、ポコポコと馬を進める姿は、インディアン文化そのものなのだ。インディアンの人生観や信仰観にあこがれ、ロマンチックな部分だけを切り取ってきて、自分のインスタント宗教の糧にする人は、ケビン・コスナーに自らを重ね合わせることはできる。しかしジョン・ウェインに重ね合わせることはできない。そしてこの、インディアンの文化的居場所がなくなってきていることこそがいま、かつてない深刻な状況を生みだしているのだ。しかし文化の多様性を標榜する白人は、「それは問題だよね。まっ、頑張ってくれよ」と言いながら、ケビン・コスナーのように帰っていってしまう。p195
「ダンス・ウィズ・ウルブズ」は、大好きな映画だ。ビディオにとってあって、何度も見返した記憶がある。このような新しい地点から、もう一度見直してみようと思った。この本の巻末には「ナバホのクラン一覧」や「メディスン・マンの催す、基本儀式一覧」などがついていて、貴重な資料となっている。一見、お手軽に読めそうな一冊なのだが、実は、ぐっと深みに連れていかれてしまう。しかし、この本が暗示することは、ナバホやネイティブ・アメリカンのおかれている状況は、この本に書かれているより、さらにもっと深いところにあるということだ。