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2009.10.20
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カテゴリ:江戸時代を知る
 『耳嚢(上)』から、印象に残った話を現代語訳で紹介する。

 山中鹿之介はかつての武辺場数たぐい無く武勇の男であったが、ある日、割線が住んで、その日が初陣の若武者二人が鹿之介に向かい、一人が、
「それがし、このような初陣で敵と槍合わせの時には、かねてから思っていたのとは違い、敵に向かってはまず体が震え、目指す敵をしかと見ることもできず、幸いに踏み込んで槍を当てて首をあげることができましたが、敵の鎧の色も覚えておりません。こういうものなのでございましょうか」
と尋ねたところ、
「ずいぶん精を出しなされ。あっぱれ武辺の人とおなりになるだろう」
と答えた。もう一人が言うには、
「それがしはそれほどでもございません」
と、目指す敵と名乗り合い、敵はどのような飾りの鎧で何色の馬に乗っていたか、槍を突いたところそのほか鮮やかに語ったところ、鹿之介は同じように答えた。その二人が席を立った後、傍らにいた人がどういうことか鹿之助に尋ねたところ、
「最初に尋ねた若侍は、あっぱれ武辺の士となるだおる。後に尋ねた男ははなはだ心許ない。もしや拾い首ではないか。そうでなければ何度かの戦のうちには打たれてしまうだろう」
と言ったが、果たして後日その言葉の通りになった。鹿之助の言うには、
「それがしなど、初陣あるいは二、三度目の槍合わせには、最初の武士の言ったとおり体が震え、目を開いて敵を見ることもできず、ただひたすら敵を突き倒そう突き倒そうと思い、幸いに首を取ったものだ。たびたび場数を踏んでこそ様子も分かるというものだ」
と語ったそうだ。

(「鹿之助」「鹿之介」と表記が二通りあるが、原文のまま)

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Last updated  2009.10.24 07:42:52
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