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じゃくの音楽日記帳

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2009.07.08
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大植/ハノーファーの偉大なマーラー9番の影に隠れてしまいましたが、6月にもうひとつ、すばらしいマーラーの演奏会を聴きました。大植さんのマーラー9番の興奮がやっと少しおさまってきた今、忘れないうちに書いておこうと思います。

6月13日サントリーホール、東京交響楽団第568回定期演奏会、マーラーの交響曲第6番。指揮はシュテファン・アントン・レックさんという人。この人のことは、この演奏会までまったく知りませんでしたが、風貌がどことなくテンシュッテットに似ているのからして好印象(^^)です。

開演前にステージを見ると、カウベルの配置が実に気合が入っています。ステージ中央奥に、吊り下げられたカウベル8個が並んでいるのがまず目をひきますが、それだけでないのです。ステージ右奥の木琴のところと、左奥の打楽器群の中に、それぞれふたつずつのカウベルが、さりげなくおかれてあるのです。つまりステージの右から左まで、カウベルが実に3ヵ所に配置してあるわけです!(舞台上のカウベルは1ヵ所に置かれるのが普通です。)

カウベルについてマーラーは、スコアに「放牧牛の鈴の音をリアルに模倣して。だが、この技術上の指示は描写的な解釈を許すものではない」と指示していますね。実際、このガランガランという音をきいても、アルプスに住んだことのない僕などには、アルプスののどかな放牧の光景は思い浮かびませんし、それほど牧歌的な感じはしません。しかしともかくカウベルの音が、現実世界ではありえない、平安、調和に満ちた世界を象徴したものだということは思います。あるいは世界そのものというより、そういう世界を志向し希求する存在を象徴するものだ、といったら的はずれでしょうか。

このカウベルが出てくるのが、第一・第四楽章の途中の、平安で静かな安らぎの雰囲気の場面です。これら両端楽章ではカウベルが、このようなユートピア的世界が、はるか彼方の世界であって、現実にはありえないということを意味するかのように、遠くから(舞台裏から)響きます。

そしてもうひとつ、カウベルが出てくるのがアンダンテ楽章です。アドルノのマーラー論をわかりやすく紹介している村井翔氏によると、この楽章は、”第一楽章展開部の挿入部や終楽章の第二主題部と雰囲気的に同質の非現実的な安らぎに満ちた音楽で、この楽章全体をまるごと「一時止揚」としてもよい。”(音楽の友社、「人と作曲家シリーズ マーラー」234ページ)とあります。この楽章の本質をついた表現だと思います。この楽章全体が束の間の平安、束の間の魂の安らぎ、ユートピア的世界をあらわす。だからこそ、この楽章でのみカウベルが、舞台裏からでなく舞台上で、オケの中で鳴らされるのです。

したがって、このアンダンテ楽章でカウベルを舞台上の複数箇所から鳴らすという方法は、通常のように一箇所から点音源としてカウベルの音が出てくるよりも、ステレオ的効果で舞台の広範囲から音が出てくることにより、この舞台全体が、そしてこの会場全体が、今この瞬間において現実と離れた異次元的平安世界である、ということをより明確に表現できる、すぐれた方法と思います。この方法、とっても賛同します。

そもそもこのカウベル複数箇所配置方式に僕が気づいたのは、2006年サントリーホールでのアバド/ルツェルン祝祭管のコンサートのときでした。このときアバドは、大小さまざまのカウベル数個を1セットとして、舞台上の右と左にそれぞれ1セットずつ配置したのでした。いわば「カウベルの両翼配置」に、さすがアバドと感心し、いささか興奮したことを覚えています。この複数箇所配置方式は、それ以後の演奏会で遭遇したことがなかったので、思わず期待が高まりました。

僕がもうひとつカウベルでこだわりたいのが、鳴らし方です。普通は手で持って揺らして鳴らしますよね。ユニークで素晴らしかったのが、今年2月のサントリーでのハイティンク/シカゴ響の演奏でした。このときハイティンクは、舞台上のカウベルを吊り下げておいて、それをマレットでそっとたたいて鳴らさせたのでした。これ、すばらしく繊細できれいな、もはや放牧牛云々を超越し、より抽象的普遍的な、夢のように美しい音でした。「放牧牛の鈴の音をリアルに」というマーラーの指示からは逸脱しているかもしれませんが、カウベルでこんな繊細な響きが出るなんて、驚きの聴体験でしたし、ハイティンクの意外に(失礼!)細やかな感性に、完全に敬服しました。このときはカウベルは1ヵ所配置の点音源方式でした。

さてさて、話を今回の演奏会に戻しますと、今回は3ヵ所配置の面音源方式、しかも中央の主力部隊は吊り下げ方式なのです!アバドとハイティンクの良いところを合わせた最強の(?)布陣!これはどんなカウベルの響きを聴かせてくれるのだろうかと、いやがうえにも期待が高まりました。ただし一方で、これだけカウベルの舞台上配置を充実させてしまうと、カウベルが出払ってしまっているのではないか、それで第一・第四楽章のカウベルを便宜的に舞台上で鳴らしてすませてしまうのではないか、という一抹の不安がよぎりました。

しかしそれは杞憂でした。レックさん、そんな安易なことはしません。第一楽章ではきっちりと舞台裏からカウベルを鳴らしてくれました。そして曲はいよいよ、アンダンテ楽章のカウベルのところに来ました。3ヵ所のカウベルが同時に静かに鳴らされます。その効果はいかに?

・・・うーん、面音源の効果は確かにありますが、吊り下げ方式のメリットがない。折角中央の吊り下げカウベルから繊細な音が発信されている(はず)なのに、両脇のカウベルが通常の手持ち揺さぶり方式なので、普通のガランガランという響きになり、中央のカウベルの音色の繊細さが消されてしまったのは残念でした。。。

これを聴いた僕としては、すべて吊り下げ方式のカウベルを複数箇所に配置するのがベストかと思います。どなたかそこまでこだわって演奏してくれないでしょうか。大植さんかエッシェンバッハさんあたりに期待したいところです。

カウベルのことばかり書いてしまいましたが、それを別にしても、このレックさんの指揮による悲劇的は、それはそれはすばらしい演奏でした。第一楽章冒頭はやや速めのテンポで開始され、それが楽章全体の基本テンポなのですが、そこかしこに、微妙な「ため」や「揺らし」があって、マーラーのつぼをばっちりおさえ、単調に流れることがありません。第二主題も、躍動性と落ち着きの両面がどちらもしっかりと表現されています。これはなかなかすごいことです。第二楽章スケルツォも、同じようなスタイルで安心してきけました。そして第三楽章アンダンテ。レックさんはこの楽章では終始指揮棒を指揮台に置き、手だけで、ゆっくりとしたテンポでじっくり歌っていきます。レックさんがいかにアンダンテ楽章をいつくしんで大切に思っているか、それが充分に音として伝わってきました。

アンダンテ楽章の演奏で、僕のこだわるもうひとつは、テンポ設定です。多くの演奏では、楽章前半部に比べて、楽章の後半の盛り上がるところ(練習番号59以降)でテンポをやや速めてしまいます。たとえば大植/大阪フィル。この楽章の前半はすばらしかったのですが、楽章後半で著しい加速をして、一気呵成に急いで駆け抜けてしまい、個人的には大きな不満を持ちました。これまで聴いた大植さんのマーラー(6,3,5,9番)で、唯一不満を覚えた点です。多くの演奏ではこれほど極端な加速をしませんけれど、テンポを早めることがかなり多いかと思います。なぜなのか。

スコアを見ると、この楽章の音楽の頂点である練習番号60や61のところにNicht schleppen(引きずらずに)と書いてあります。それで、引きずるまいとして、かえってテンポを早くしてしまう結果になるのだろうか、などと思っています。

しかしレックさんは違いました。ここで歩みをまったく早めません。むしろ、もともとゆっくりの歩みをさらにテンポを落とし、じっくりと頂点の歌を歌ってくれました。結果的にはやや緊張が弛緩する感じもしましたが、こういう方向の演奏は大好きで、うれしかったです。

そして第四楽章。ふたたび基本テンポはやや速めに戻り、マーラーのつぼをおさえた引き締まった演奏が繰り広げられます。この楽章でも、ところどころにある「一時止揚」的な憧憬の部分を、レックさんはとても大切に扱っていて、非常に好感が持てました。

東京交響楽団も、実に良い音を出していました。先日、西村智美さんの指揮で復活をやったときとは別次元のオケの音。やはりオケの音は指揮者次第なのだなぁとあらためて思いました。

なお、この日の楽章順は、いまどき貴重な第二楽章スケルツオ、第三楽章アンダンテでした。長くなりましたので、楽章順については、また別の機会に書こうと思います。

レックさんのマーラー、大注目です。





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Last updated  2009.07.09 01:08:06
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